(3)卑怯者

「東根……」

 一人の野球部部員を捕まえたが、東根の名を聞いたとたん、不快そうに眉をゆがめた。


「あいつのことなんか話したくねえよ……」

「まあ、そういわずに頼む。去年、なにがあったんだ?」


 虎鉄が頭を下げて詳細を求めると、男子生徒はため息をついて重い口を開いた。

 東根は中学野球部の実績によりスポーツ推薦で鴎凛に入ったのだが、実力の方は乏しかったという。


「強かったのはあいつが所属していた中学野球部であいつ自身はお荷物だったんだろ」


 一方で、異常なまでに度量が小さく、些細なことで激昂したり、味方のエラーにはヒステリックな罵声を浴びせたりしたことから、部内では徐々に東根を鼻白む空気が醸成されていった。


 実力が追いつかない分、舐められないよう、存在感を出そうとしていたのだろう。

 また遅刻したりサボったりした同級生を見ると容赦なく責め立て、時には暴力に及ぶことすらあったという。


「最初は顧問も規則に厳格なやつ程度にしか思ってなかったんだが……」

 しかし東根が守っていたのは「自分の中で確立した独りよがりのルール」でしかないことが徐々に判明してきた。


 自分の気の乗らない時は部活に行かない、自分が気に食わない相手にはプレイ中に協力しないなど極端な自己中心主義を平然と貫き、他人からの叱責は不当な攻撃として暴力で報復する。それでいて理由があって休んだ部員に対してはしつこくつきまとうなど勝手な制裁を行うなどした。


「一体なに様なんだよって……」

 自己と他者を同列、同格の存在とは見なさず、独善を独善とも思わない東根に我慢の限界が来た一人の部員が詰め寄り、激しくなじると、それは起こった。


「バットでドカンだ……」

 金属の棒で肩を容赦なく叩いたのだ。


「俺たちはブチ切れたが、先輩たちに止められたんだよ。部内で喧嘩沙汰になったら出場停止だぞ!って」

 結局、東根が退部することで小さく事を収めることになったという。


「そういうわけで俺らもうあいつとは関わり合いになりたくねえんだよ」

「わかった、ありがとう」

 疑惑が明確に確信に近づいた。


「緒羽途、虎徹!」

 渡り廊下から佳樹が飛び出してくると、いきなり叫んだ。


「これ見て! これ!」

「なんだ?」

 佳樹がスマートフォンの画面を向けてきた。


「あいつが机の置きっぱなしにしていたスマートフォンをちょっと拝借して中を覗き見たんだ。そしたらこれが……」

 画面を中止するなにかの文面がある。


「……な、なんだ、これ……?」

「ポエムだと思うんだけど……」

 日葵への愛を綴った文章に、演劇の台本のような件もあった。日葵の名前の下にセリフがつづられている。


「帝都くんわたしずっとあなただけをみつめて……」

 口に出すと中のものを吐き出しそうな気持ち悪さに襲われた。虎徹もあまりにも異常なものを見たかのように顔面の筋肉がひくついている。


 東根が創作した妄想の台本。自身と日葵が愛を紡ぎあう物語が描かれている。


「あいつロックもかけてなかったから速攻でデータ移してきたんだけど、もう気味が悪くて指が震えちゃって……待ち受け画面も恵庭さんだったよ。それも盗撮したやつっぽいの」


「なんなんだあいつは……」

 緒羽途の理解を超越している。一般的な社会性からかけ離れた人格の持ち主か、極端に幼稚なだけなのか。いずれにせよこれまでの人生で遭遇したことのないタイプの人間なのは確かである。


 部室に戻ると、礼美が手招きした。

「ちょっとこれ見て!」


 十枚近い写真が並べ置かれている。体育祭、文化祭など折々のイベントの写真にいずれも日葵と友人たちが写っているのだが、その背後にはなんらかの形で東根帝都が入り込んでいる。事あるごとに日葵の周りを徘徊していたことの証左になりうるものだった。


「うわ、こいつこっわ……」

 入果が、鳥肌が立ったように体を震わせた。


「ずいぶん前から日葵さんに執着していたようですね」

 燕の声はしっかりしていたが、目は軽蔑の色に満ちている。


「日葵はまったく気づいてなかったみたい、東根なんて男の話、一度もしたことがないし……」


「もう間違いなくあいつが犯人と見ていい。だが……」



「警察に突き出すにはまだ証拠が足りないな。もっと決定的なのがいる」

 虎鉄の目元はいつになく固くなっていた。

「証拠か……よし僕に考えがある」

 佳喜が目の奥を光らせた。


 ターゲットを発見した。

「緒羽途、用意はいい?」


「あ、ああ……」

「それじゃ、始めるよ」


 佳喜と並んで歩く。ネクタイはだらしなく垂れ下げてワイシャツの上ボタンを外しっぱなしにするというらしくもない格好を装いながら、である。


「それマジかよ堂場ぁ」

 佳喜の全然似合わないチンピラ声に冷や汗が出てきた。


「お、おう、ったく笑っちゃうよな。まあ、お、おれの日葵に近づいた報いってやつだぜ白地のやつ」

 ターゲットがこちらを凝視していることが知覚できた。


「しっかし、恵庭とあの白地だったか、あいつが付き合ってるなんて誰が吹聴したんだろうな」

「さあ、でもまあいい気味だぜ。日葵の彼氏は俺だからな」


「今日も、デートすんの?」

「お、おう、そのまま、ほ、ホテルに、つ、連れ込んで……」

 あまりに俗悪な表現に顔が引きつった。


 緒羽途しっかり……!

 わかってる……!

 小声で意思疎通する二人。


「一発かましてくるぜ! ガハハ……ハ」

 泣けてくるほどの茶番だった。



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