(2)卑怯者

「昨日の夜、日葵から連絡があったんだ。緒羽途たちがちょうどうちの店から帰る直前だったから、八時四十五分くらいだったかな……。白地と連絡がつかない、家の方に電話してもまだ帰っていないと」


 虎鉄が口元に手を当てた。

「その後、ご両親から白地が病院に搬送されたって連絡があったのよね?」

「ああ……。八乙女。単刀直入に訊きたいんだが、白地はクラブ内で誰かと揉めたりしたことはなかったか?」


「あんたまでそんなことを!」

「頼む! 大事なことだ」

 佳喜が礼美の肩をつかんで、いさめた。


「あるわけないでしょ! 白地はトランペットメンバーでも抜群にうまいけど、他の人を見下したりなんかしないし、おせっかいなくらい他の子の面倒も見てたわよ。それでなんで恨まれるってわけ……⁉ 一年にも親身になって指導してくれて、多くの部員が次期部長と思ってるくらい慕われてるっての!」


「ふむ……」

 部内の犯行という可能性は低いだろう。


「僕たちでなにか思い当たるような人間はいるかな?」

 佳喜が尋ねた。


「いや、全然だ……」と虎鉄。

「ああ、そもそも俺は白地とは最近話すようになったばかりだし、あいつの人間関係はよくしらない。もちろん入果と燕ちゃんも」

 うなずく二人。


「まったくの通り魔という可能性は……?」

 燕が控えめに述べる。


「もちろんその可能性もあると思うが、それならあそこまで執拗に傷めつけた理由がよくわからない。まるで白地個人に深い恨みでもあるような……」


 腕を潰したという点は気になっている。白地のアイデンティともいえる演奏の技術を剥奪してやりたいという強烈な悪意の表れ、とも思える。警察もそういう推察から部内での犯行を疑っているのだろう。


 しかし、そうでないとなると……。

 複数の推論から、動機を解明することを試みた。


 恨みが起こる理由、金銭トラブル、突発的な喧嘩、常日頃からの確執、どれも碧音とは縁のない話であるように思える。


 あるいは……。

 嫉妬などが思い浮かぶ。


「嫉妬……」

 緒羽途のつぶやきに全員が目を向けた。


「にぃに、どうしたの?」

「……いや」

 頭を押さえる。なにかがつながりそうでつながらない。


「ここで、話していても仕方ないわ。一旦、戻りましょう」

「ああ……」


 結構な数の生徒が集まっていた。野次馬目当てなら身内からすれば迷惑千万だろう。

 教員たちが来ると生徒たちに解散するよう促した。


 いたたまれない思いで控え室のドアを開くと、白地の両親が丁寧に礼を述べてくれた。


「すみません、息子のことで騒がせてしまって」

 こんな時でも碧音の父親は毅然としており、その態度に胸を打たれた。


「いえ……碧音くんのご回復をお祈り申し上げます」

 全員で頭を下げる。


 一方で、近くの椅子に幽鬼のような表情で腰かけている日葵を見ると胃が痛くなってきた。

「日葵、一旦帰ろ……ろくに寝てないんでしょ……」

 礼美が述べるも日葵は首を横に振った。


「恵庭さん、ここは私たちに任せて一旦お帰りなさい。ご両親も心配なさっているだろう……」

 碧音の父に促されても、日葵は腰を上げようとしない。


 ほどなく日葵の両親が来るとようやく動いてくれた。

 結局その日はなにもわからないまま各自、帰宅する運びとなった。


 翌日、学校は午前授業までの条件付きで再開された。教室はいつもの様子であるが、ブラスバンド部の部員たちの表情は暗く疲れも見える。授業のほとんどは自習となり、その間も緒羽途は思考し続けていた。


 白地を……恨む理由は……。

 知恵熱が出そうだった。


「ああ、ダメだ……わからない」

「あ……虎鉄、八乙女!」

 病院に寄っていくと言った二人が現れた。


「白地と恵庭は……?」

 黙って首を横に振る礼美。昨日から状況は好転していないということだ。


「緒羽途、三、四限の体育が終わったら、そこで話し合いたいんだが……」

「わかった、入果と燕ちゃんも来るだろう」

 また六人で対応を考えることとなった。


 その日の体育もやはり自習ということで校庭でソフトボールをするだけとなった。

 ベンチに腰掛けながら推論を巡らせる。

 白地……嫉妬……日葵……。あ……。


 一本の線がようやく見えてきた。

「まさか……」

 碧音と日葵の関係に横恋慕した果ての凶行、という推論である。


 でもそうなると……。

 犯人は皆目見当もつかない。


「お……?」

 その時だった。


 一人の男が見えた。よそのクラスの男子。体操着に着替えもせず歩き回りながら携帯の液晶をニヤニヤと眺めている。


 あいつは……。え……?

 これまでの記憶が強烈にフラッシュバックされる。


『手伝いたいというから規則を曲げてくわえてやったのに、さっきから問題ばかり起こして一体何のつもりだ⁉』

『あの子って競争率高いから……』

『お兄ちゃん……実は日葵ちゃんのことが好きだったりして!』

『俺は戦わずして、負けた……。不戦敗だよ……』

 汗が首筋に垂れ落ちる、あと少しですべてがつながる。


『入学式オリエンテーション委員会で一緒だった人』

『じゃあな、日葵』

 ようやく靄が晴れて、答えが見えた。犯人は、


「まさか……」

 点と点がか細い糸で結ばれた。

 


 話し合いのために借りたラウンジルームに飛び込むや、緒羽途は叫んだ。

「あいつだ‼」

 緒羽途の絶叫に全員が振り向いた。

「わかった、わかったぞ!」

 虎鉄が両肩をつかんだ。


「犯人がか⁉」

「あ、ああ……たぶん……いや、ほぼ間違いない……が……」

「はっきり言いなさい!」

 礼美も詰め寄ってきた。


「東根?」

 礼美が尋ねた。


「ああ、犯人はたぶんあいつ……いや間違いなくあいつだと思う」

「確かに、うちの学校に似合わないチンピラめいた男だが……どうしてそう思う?」と虎鉄。


「あいつは……恵庭に好意があったんだ。恵庭に近づきたくて恵庭と同じ入学式オリエンテーションの委員になったり、恵庭がいる時間を見計らって図書館内でウロウロしたり……。とにかく恵庭の目につくような行動を取っていた」

「でもそれだけじゃ……」


「わかってる証拠がいるな……。八乙女、悪いんだけど今までのブラスバンド部の活動をまとめた写真ファイルとかあれば持ってきてくれ」

「わかった」


「それに不審な男が写ってないから、確認するんだ。入果と燕ちゃんも頼む」

「はい」

「らじゃー」

 

「よし、僕はあいつのクラスまで行ってちょっと様子を窺ってみることにする」

 佳樹が腕まくりをする。


「頼む。虎鉄、俺たちは野球部に行くぞ、去年何があったのか、あいつがなにをやらかしたのか訊いてみるとしよう」


「わかった」

 まだすべての生徒は下校していないはずなので急ぐことにした。



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