(4)覚知不能

 翌日、四限終了後に第二食堂に向かう途中、廊下でなにか騒ぎが起こっていた。生徒が人だかりを作っており、すり抜けて覗き見てみると、

「……なんだこれ?」


 ガラスの破片が散らばっており、細切れに破られた紙が散乱している。あたりには目に涙を浮かべながら床のガラス片のかたづけをしている数人の少女。


「あ……緒羽途?」

 何事かとあたりを見回している佳喜が緒羽途に気づいた。

「佳喜、なにがあったのこれ?」


「いや、向こうの音楽室に飾ってあったブラスバンド部の賞状らしい、去年の全国大会で銀メダル取ったときの」


「え……? なんでそんなものが?」 

「わからない、嫌がらせかも」


「誰がそんなことを?」

「さあ……?」


 駆け寄ってくる足音、やってきた日葵と礼美も慌てて破片を拾い始めた。佳喜と顔を合わせて手伝うことにした。


「堂場?」

 麗美が身をかがめて破片を拾う緒羽途に気づいた。


「手伝うぞ」

「ありがとう、二人とも」


 日葵にしてはひどく固い声だった。憤りと悲しみを押し殺した表情にこちらもやるせない気分になった。




 食堂で席に着いた後も嫌な気分を拭えない四人であった。

「あの、昨日は入果が世話になったみたいで感謝する……」

「ううん、一緒に遊んだだけだから」

 日葵の笑みはまだ弱弱しい。


「そういや虎鉄は? 今日来てなかったよね?」

「え? ああ、医者に寄ってくから午後から来るって、昨日練習でちょっと足傷めたみたいで」


「おーす!」

 噂をすればなんとやらである。虎鉄がやってきた。


「こんちは……どうした?」

「いやちょっとね……。それより、足の方は平気なのか?」


「なんともなかったわ、これなら病院に行かなくてもよかったってくらい。ちょっと神経質になってたな」

 部への昇格をかけた試合が近いのではそうもなるだろう。


「日葵、なにかあったのか?」

「い、いや、大したことじゃないから……」

 虎鉄を除く四人の間において一瞬で、仲間のこととなると熱くなりがちな虎鉄に心配はかけないという暗黙の合意がなされた。あんな無法があったことを知れば激昂して犯人を捜し始めるだろう。



 食事を終えると適当に駄弁りながら昼休みの時間を潰す。

「それで五月にうちのクラブ主催のダンスパーティがあってね、みんなもどうかな?」

 佳喜がパンフレットを配る。


「恵庭さん、碧音くんと来るでしょ?」

「うん、行ってみようかな」


「緒羽途は?」

「なんで俺に聞く? 行くわけないだろ……」


「入果ちゃんがいるでしょ?」

 コーラが気管に詰まって窒息しかけた。


「な、なに言ってる……?」

「そっちこそおかしいぞ~。兄妹で舞踏会に行くなんて欧米じゃ普通なのに、なんでそんなに意識してるのかなぁ?」

 にやける佳喜は、既に入果とは兄妹などではないと看破している気配がある。


「ここは日本だ、つまらないハッタリはやめろ。だいたいあの猛獣がダンスなんて……ああ、ダンスのクラブかあいつは……」

 話せば行きたがるだろうし、もう知っているかもしれない。


「舞踊団の人たちともこれから話し通してみるから、よかったら二人で来てよ」

「はいはい……」


「そういや、今日、白地は法事だって?」

 虎鉄が日葵に顔を向けた。


「うん、結構遠くでやってるから、帰りは夜になるって」

「そっか、……うまくいってんのか?」


「う、うん……まだ、お互い遠慮しちゃってるとこあるけど……」

 虎鉄が苦笑する。


「今度、一緒にハイキングにでも行こうかって」

「ああ、がんばんな……」

 予鈴がなると、教室へと戻った。


 放課後が来ると、重い足取りで、職員室へと向かった。入口ドアの窓ガラスから目的の人物を探すと、有機性を失ったようにかたくなった指でドアを開いた。


 あの男の席の近くまで歩みを進めると静止し、のどを振り絞って声を出した。

「あの……」

「……なんだ……?」

 大東がこちらに目線だけ向けた。


「今、お時間よろしいですか……?」

「よくはないが、要件があるなら手短に話せ」


「はい……」

 大きく深呼吸した。


「俺……去年の地区予選の一回戦の後のこと……反省してます……」

「……」


「怒りに任せて、あんなことを口走ってしまったのは……未熟だったと思います。もう少し冷静になってなぜあのような事態になってしまったのかちゃんと総括して、先生の判断を仰ぐべきだったのに……」


「……そんなことを今更言いに来たのか……?」

 あたりの重力まで倍になったのではと思えるほどに重い圧がのしかかってきた。


「……俺自身……あの時の……あの瞬間まで遡って考え直さないと……もう二度とサッカーはできないと思って……言ってます……!」

 くだらないとでも言いたげなためいきの音を聴いた。


「お前の内面の処理に俺を付きあわせるな、自分の中で答えが出たんならもうそれでよかろう」

 手のひらから流れる汗を握りつぶした。


「言いたかったことはそれだけです……失礼しました……」

 回れ右して、大東に背を向けた。


「……堂場」

 大東の低い声を聴いて振り返った。


「俺は人に説教をするのが苦手な男だ……。だからこれだけしか言えん。今、お前が口にしたことでは、まだ五十点だ……」

「え……?」

 大東は、それ以上はなにも言わなかった。


 その後もすぐ帰宅する気にはなれず、適当に校内をぶらついた。

 五十点……あとなにが足りない……?

 黙考しているだけでは答えが出そうにない。


「行くか……」

 静かな場所でじっくり考えてみたいと思い、部室に行ってみることにした。どうせ、今日は休みで誰もいないはず。



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