(3)一輪咲いて
日も西に傾き始めた午後四時には、さすがに疲労の気を感じた。他のみんなも同様のようだが、リード役の少女の声は衰え知らずだった。
「みなさーん、お疲れさまでした。このベイサイドホイールで無事全アトラクションコンプリートとなりまーす!」
腰に両手をつけて高らかに宣言する入果。この観覧車が締めになるようである。
「入果ちゃん、ほんとにタフね……私もう夏場の合宿並みにくたびれてきたわ」
礼美が日葵に寄りかかる。
「すごい……ほんとに一日で全部回れちゃった」
日葵がパンフレットのチェックを確認しながら感嘆をもらした。
列に並び、軽く伸びをすると緩慢な疲れが体に拡がっていく。大して混んでもいないので、五分とかからず乗れるだろう。
「緒羽途、ちょっといいか……?」
虎鉄が耳元近くで声をかけてきた。
「うん? なに?」
「先に入果ちゃんと燕さんを連れて乗ってくれないか?」
「別にいいけど……なんでまた?」
このゴンドラは、六人は余裕で乗れそうである。
「理由は後で話す、今は頼む……」
「わかったけど……」
虎鉄は佳喜にもなにか話し始めた。
誘導員の案内に従い搭乗口まで来たところで、
「それじゃあ、入果ちゃんたちお先にどうぞ」
「よーし、行くよ、燕」
「お先に、失礼します」
「……」
言われた通り三人で乗り込んだ。虎鉄が腕を仕切りにしてここで区切る旨をスタッフに伝えるとドアは閉じられた。
「あり? みんなは?」
「狭いから別々に乗るって、くたびれてんだろ」
「そうですね、私もこんなに歩いたのはずいぶん久しぶりです……」
「大丈夫?」
「ええ、心地よい疲労感というものです」
ゴンドラが上方に上がっていくと入果が、興奮気味に窓に手をついて橙色に染まった海を見渡す。
「おおー! あの船おっきくてプールもついてんぞ、豪華客船ってやつだ。せれぶりてぃ~」
「ほんとに小学生みたいだぞお前……」
「なにをー」
燕がクスリと口元を崩した。
「あの……今日は楽しかった……かな?」
「はい、とても……来てよかったです」
燕の顔は最初に出会った頃よりもだいぶ穏やかに見えた。
「みなさんいい人たちばかりで、八乙女さんや恵庭さんからは、今度クラブにも気軽に遊びに来てほしいと言ってくださいました」
「そりゃよかった。でも驚いたな、燕さんの家がそんな有名な音楽家の家系だったなんて。燕さんもリトルディーバだっけ、すごい歌手みたいで」
燕が黙って首を横に振る。
「私などまだ駆け出し以下です。ほんとはそのあだ名もあまり好きじゃなくて……」
珍しく入果が黙って聞いている。
「私、緒羽途さんが思ったようにあまり他人と、特に知らない人と同じ空間を共有するのは苦手なんです。幼いころから音楽関係の大人たちと接する機会が多かったことで、どうしても祖父や母の名を貶めないように、楽団に悪いイメージを持たれないように礼を持って接しなければならないという重さのようなものを感じてしまって……習い性と言ってもいいです。でも月山さんたちにはそういったものはあまり感じません。馴染みやすいというのでしょうか、緒羽途さんがみなさんと仲良くなれたのもなんとなくわかった気がします」
「あ、ああ……俺も鴎凛に入ったばかりの頃はサッカーのことしか頭にない……まあ、ぶっきらぼうなやつでクラスやクラブのみんなともろくに交流しようとしなかったんだ。痛い中学生とかにありがちな、他人に興味がないやつを地でやってたような気がする」
思えば、それもクラブ崩壊の遠因だったのかもしれない。
「なのに虎鉄のやつは練習中でも馴れ馴れしく話しかけてきてな、最初はなんなんだこいつはってイラついたくらいだけど、結局根負けするみたいな形で遊び付き合いにも応じるようになったよ」
それがどれだけ得難いことだったのか、あの頃はまったく気づけなかった。
「あいつらのクリークと遊ぶようになるまで、同年代の連中との遊びってのがが全然わかってなかったな。ボウリングやカラオケすら行ったことなかったんだぜ。虎鉄と同じ中学の余別、八乙女、恵庭とも知り合って、クラスじゃつるむようになっていった」
「そうでしたか……」
ゴンドラはいつのまにか、下降し始めていた。
「あの緒羽途さん」
「うん?」
「私に、さん付けすることはありません。燕と呼んでいただけませんか……?」
「う、うん……。つ……ツバメ……ちゃん……」
燕の隣にいる入果が吹き出した。
「こいつ!」
笑いに包まれるゴンドラは、静かに地上へと降りて行った。
観覧車の出口で、他のメンバーを待つ。太陽はいよいよ海の向こうに沈むようで、上空では星々もその姿を現しつつある。
「お、来たか。……?」
虎鉄、佳喜、礼美がまずやってきたが、様子に違和感を覚えた。なにか緊張している気配がある。
「お疲れ、どうかした?」
「いや……」
虎鉄が観覧車に振り返った。
「さて、どうなりますやら……」と、佳喜。
「まあ、ダメだったらダメで元気づけてやりましょ」
礼美が嘆息するように述べた。
「なんの話?」
「すぐわかるわ……」
入果と燕が顔を見合わせて、頭に疑問符を浮かべた。
「そういや、恵庭と白地は……お」
日葵と碧音が並んでやってくる。そして、自分たちの前で立ち止まった。真顔というか心ここにあらずといった顔である。
二対六で向き合う構図となったまま静止する。
「……どうしたの?」
さっきから状況がわからず訊いてばかりの緒羽途である。碧音がなにか言おうとしているが声にならないように見えた。
「お、おい、一体……」
緒羽途の声を待たずに正面の日葵が一歩踏みだした。そして、
「みんな!」
思いがけない大声にのけぞる。
「……わ、私たち……! 付き合うことになりまし……た……!」
しばらくその言葉の意味がわからなかった。
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