(2)一輪咲いて

 太陽が中空に来た頃に施設内のファーストフード店で昼食となった。

 食事とともにお互いについて少し話してみる流れになると、疲れも知らないような入果の口はよく回った。


「ほんで毎日驚かされてばっかりなんですよ、にぃにったらこんなだらしない生活今まで続けてたのかよって、あたしがいなかったら今頃ゴミの山に沈んでいたんじゃないかと」


「大きなお世話だ、お前こそ奇怪な栄養食品やドリンク類詰め込んで冷蔵庫を占有するな」


「十五年一緒に暮らしてきたとは思えない口ぶりね……」

 礼美の言いように肝が冷えた。


「堂場くん、お姉さんがいるって聞いたけど三人暮らしだったの?」日葵が尋ねた。

「ね、姉さんは北海道に転勤になって……まあ、今はこいつと二人でやってる……」


「そうなんだ、大変……だけど、なんか楽しそうだね」

 なにがだ、と返す気力も起きなかった。


「あ……オーダー準備できたみたい。僕が取って来るね」

 白地が立ち上がった。


「ああ、俺も行くよ」

 二人でカウンターまで向かう。


「白地、どうかしたのか?」

「え、なにが……?」


「いや、さっきからなにか考え事してるみたいだったから」

「だ、大丈夫」

「ふん……?」

 トレーをもって席に戻るとすさまじい騒ぎが起こっていた。


「なんだありゃ?」

 小走りに駆け戻る。礼美と日葵がテーブルに乗り出して燕に詰め寄るようにした。


「お、おい、どうしたんだよ?」

「それじゃあなた……あのリトルディーバ⁉」

「え……? ああ……そういう呼び方をする人もいるようですけど……」


「すっごーい……」

 二人とも緒羽途の言葉など届いていないほど興奮している。


「へえ……あ、緒羽途」

 佳喜の声にようやく二人がこちらに気づいた。


「なにやってんだよ?」

「堂場、彼女、椛沢家の人間なんだって……」


「そう名乗っただろ?」

「そういうことじゃなくて……あんた知らないの⁉ 椛沢京次郎を⁉」


「誰それ?」

「私の祖父です……」

 燕が答えてくれた。


「現代音楽の大作曲家よ! 全日本吹奏楽競演会でも主席審査員を務めてる!」

「知らんけどすごいの?」


「超すごいの!」

「お、おい、礼美、ちょっと落ち着け……。椛沢さん怖がってるだろ」

 虎鉄が礼美の服の袖を引いたが止まらない。


「そんでもってその娘の椛沢雀は、楽団クラロスのソプラノ歌手でその娘も、リトルディーバの通り名で知られてる音楽界隈では超有名な天才シンガーなの!」

「へえ?」

 燕に目をやると少し困ったといった感じに息を吐いた。こういう事態には慣れているといった感じがする。


「私もクラロスの公演は何度か見に行ったことあるんだけど、同じくらいの年の女の子がすごくきれいな声で歌ってて……あれが椛沢さんだったなんて……」

 日葵も言葉が途切れ途切れになるほど驚いている。


「驚いたな……。僕も母親がピアノやってて、椛沢京次郎氏には一度会ったことがあるけど、君はその孫なのか……」

「すみません、なんだか騒がしてしまったみたいで……」

「いえいえ!」

 同じ反応を見せるブラスバンド部の三人。


「あのお茶目なおじいちゃんそんなすごいんだ?」

 入果は事情に通じていなさそうである。


「会ったことあるのか?」

「うん、燕の家で何回か将棋で戦ったことあるよ。猟で熊撃ったり、サーフィンとかもやってるアクロバティックなおじいちゃん」

「す、すごいんだな……」


「いやあ、それほどでも」

「お前じゃねえよ……」


 興奮し切りに燕を質問攻めにしている礼美と日葵をとりあえず放置して、ドリンクを追加注文しに行ったところ、

「……お」

 虎鉄と碧音がなにか話している。


「ああ、いいんじゃないのか、いい機会だと思う」

「でも月山くん、やっぱり……」

「だから誤解すんなって、俺は別に……」


「虎鉄」

「あ……な、なんだよ、緒羽途?」

「そろそろ出ようと思うんだが、あの二人どうにかしないと……」


「そうだな、戻ろうぜ」

「うん……」

 午後はゆったりめの乗り物を中心に回ることにした。



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