第六章 一輪咲いて
(1)一輪咲いて
空には雲はまばらで太陽が燦燦ときらめく。絶好の行楽日和となったはいいが、頭のモヤモヤはいまだにぬぐえない。
「ベイサイドパークってずっと工事やってなかった?」
「ええ、四月に再オープンしたばかりで、ほら、このミュージックホールも新しく造ったってお母さんから聞いてる」
隣の席から入果と燕の話声が聞こえてくる度に、こちらは鼓動が早足になる。
「新しい乗り物とかもあるみたいだね、ほらほらメリーちゃんも。一緒に乗ろ」
「……私は乗っている入果を撮ってあげる」
気をそらそうと窓から外を眺めると、海に降り注ぐ陽光が淡い光を放っていた。
ベイサイドパークは綾浜市の半公営のアミューズメント施設で、規模は小さいが入場無料であるため散歩がてらに訪れる人も多い。
「にぃには来たことある?」
「……小学生の頃に、学校行事で……」
木乃香に連れ行ってもらったこともあるのだが、それは黙っておくことにした
「そんだけ?」
「ああ、それ以来一度も行ってないな」
サッカーにすべてをささげていた緒羽途は行楽に興味があるはずもなく、学校の友
人たちの誘いに応じたこともなかった。
「よーし、そんじゃ今日はあたしがリードしてやるぞ。入果ちゃんはベイサイドパークマスターだからね」
父親が仕事のつながりでよくアトラクションの利用券をもらうことが多く、幼少のころから二人でよく遊びに行ったという。
それにしても入果のやつ……。
一晩同衾したことなど微塵も気にしていないようである。
男として眼中にないというなら、それはそれでこちらも安心できるのだが、なにか化かされているような気がしないでもない。
「緒羽途さん、睡眠不足ですか?」
「べ、別にそんなことないよ。ハハ……」
チラリと視線を向けた先にいる、彼女は楽し気にパンフレットに見入っている。
大きく息を吐くと、両頬を叩いて気持ちを切り替えた。
入場口は駅から降りてすぐ先にある。歩きながら、同輩たちを探していると、
「おーい! こっちだ、こっち」
虎鉄の声がした方向に向き直る。
「ああ、あっちだ」
虎鉄のすぐそばには、日葵、礼美、佳喜といういつものメンバーと碧音の姿も見えた。
「こてっちゃん、おはよう!」
「おはよう入果ちゃん、椛沢さんも」
「おはようございます」
驚いた様子でこちらを見る日葵と礼美、まさかあの緒羽途が女の子を二人も連れて
くるなんて、と見事に顔に書いてある。礼美が寄ってきた。
「ど、堂場、あの子たちって……」
「……あっちのうるさいのは、俺の……妹だ」
「うっそーーーー‼」
礼美の絶叫が炸裂である。
「堂場くん、妹さんがいたんだ……」
ほのぼのガールの日葵すら心底意外という顔を容赦なくしてくれるのには、グッサリしたものが胸に打ち込まれた心地になった。
「ふーん、緒羽途にねえ……」
佳喜の反応はなにか疑うような気配があった。
「みんなにも紹介しておく、二人ともこっちに」
入果と燕が五人の前に立った。
「妹の入果と、その友人の椛沢燕さんだ。二人とも鴎凛に入ったばかりの一年生だから」
「はーい、栗駒地入果でーす!」
姓が違うのを今、思い出したが時すでに遅しであった。
「椛沢燕と申します。本日はお日柄もよく……」
丁寧に礼をする燕に、慌てて礼を返す五人。
それぞれ名乗り終わると、入場することとなった。
「うはー、すごい変わってるね」
入果が手帽子であたりを見回す。
「ねえねえこてっちゃん、どうやって回るか決めてるの?」
「いや、特には……」
「それじゃあ、あたしが決めちゃっていいですか?」
入果が礼美たちに尋ねた。
「え、ええ、自由に決めちゃって……ねえ、日葵?」
「う、うん、私、ここはあまり来たことないからよくわからないし……」
「よーし! そんなら任せてくださいお姉さん方、この時間は……」
詳細に回遊プランを披露する入果。ここは相当、遊び込んでいるようである。
「それじゃあ、レッツゴー!」
入果の背中を半ば唖然とした表情で追う礼美と日葵。碧音と虎鉄は苦笑していた。
「なんかすごいね緒羽途の妹さん……」
「ハハ……そうだね……」
佳喜の言葉に生気を欠いた返事を返す。ぼろを出さないでいる自信は早くもなくなっていた。
入果の先導に従って、ジェットコースター、迷路、お化け屋敷とアトラクションを楽しむ一行。時間の空費を極力抑えた無駄のない行程で、たった一日で全アトラクションを制覇できそうな勢いだった。
「大したもんだねあの子」
佳喜が日葵と仲良さげに話している入果を見て述べた。
「そうね、目端が利くっていうのかな。やたら明るくてはきはきしてるし、初対面であんな喋る子初めて。堂場の妹とは思えないくらいコミュ力あるわね」
礼美が横目でにやけた視線を送ってくれる。
「はいはい、俺は陰気で人づきあいが苦手なダメな兄ですよ」
「栗駒地さんねえ、なんで兄妹なのに苗字が違うのって訊いたらだめかしら?」
「……そこはちょっと複雑で」
「ああ、それならいいの。詮索する気はないから」
なら最初から訊くなと心中で愚痴った。隣で入果をほほえまし気に見つめる燕に目を向けた。
「燕さん、大丈夫? 疲れてきてない?」
「はい、私、口数が少ないからよく勘違いされることが多いんですが、これでも楽しんでるんですよ。入果も楽しそうでなによりです」
「なんだかそちらの椛沢さんの方が緒羽途の妹っぽいよね」
「へ?」
佳喜のなんとなく言ってみたという一言に口が変な形に歪んだ。
「まあ……」
燕がキョトンとした顔になる。
「おいおい、そりゃ彼女に失礼だろ佳喜」
「そりゃどういう意味だ虎鉄! あ……」
初めて、燕が口を開けて笑ったところを目にすることができた。
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