(2)黒い風
自宅のダイニングのテーブルを四人で囲むというのはずいぶん久々な気がした。テーブルにはコロッケとキャベツの千切り、わかめの味噌汁に卵焼きとツナサラダ、そして虎鉄が持ってきたタコ焼きが並ぶ。
それぞれ簡単な自己紹介を終えると、箸を手に取った。
「そんじゃ入果ちゃんは、まだここに越してきたばかりなんだ?」
「そうですよー」
虎鉄が微妙に頬を崩してなにか言いたげな視線を横目で隣の緒羽途に送る。
「緒羽途、なんか最近おかしいと思ってたのよね。ふーん……」
「なんだよ……」
「いやいや、こんなかわいい女の子といきなり一つ屋根の下で暮らすなんてなったら、そりゃ落ち着かないよなぁ、緒羽途ぉ」
「そんなかわいいだなんていやーん、んもーこてっちゃーん」
「アホかお前ら……」
虎鉄と入果は気が合うようである。
「こいつが鴎凛に入るからって強引にそういう流れにしたんだよ。ったく、こっちは気楽に独り暮らしやれると思ってたのに、あっさり承認しちゃった姉さんも姉さんだぜ」
味噌汁のお椀で口元が見えないようにした。
「ほうほう、それでも断らなかったっと」
調子に乗っている虎鉄に恨みがましい視線を返す。
「でもこうなってよかったと思います。高校生の一人暮らしは親も不安に思うでしょうし、なにより緒羽途さんと入果、相性がいいみたいで」
燕の言葉で、味噌汁でむせかけた。
「どこ見てそう思うの……」
「雰囲気で……」
「そうそう、私たちずっと昔から兄妹だったみたいに仲良しだよねー!」
「うげえ……」
「おいメシ中にうげえとか言うなよ……」
入果が低い声で突っ込みを入れてくる。
「しっかし、緒羽途もこれじゃあ気が休まらない……いや、そうでもないか。元々あんなきれいなお姉さんと暮らしてたんだしな……」
遠い目になる虎鉄。
「そうですね、木乃香さんとてもきれいな方ですし、緒羽途さんも女性に求めるハードルは大きいですか?」
「知らないよそんなの……」
入果がキラキラした目でこちらを見てくるので、
「ああ! ひどい!」
やつの卵焼きを強奪してやった。
「二人とも料理うまいね、このコロッケなんかうちのメニューに出したいくらいだ」
「うち……? 月山さんのご実家は飲食店でも営まれているのですか?」
「ああ、立花町にある鉄板焼き店の七福八宝だ。鉄板焼きって言っても高級なところじゃなくて大衆店ってやつだから、お好み焼きとかいろいろやってる」
一年の頃はサッカー部の同期生たちと食べに行ったことがある。虎鉄の父をはじめとする体育会系の化身のような店員たちがやたら豪快な掛け声で接客していたのが印象的だった。
「わあ! 行ってみたーい!」
「うん、よかったら今度三人で食べに来てよ。安くしとくぜ」
だいたい食べ終わると、燕が持参した紅茶を用意してくれた。
「ほへー、月山さんはにぃにと同じクラブだったんですか」
「ああ、まあ去年に廃部になっちゃったけどね。……あ、悪い……緒羽途……」
「いや、ほんとのことだしな」
入果が視線を落とした。
「入果ちゃんは舞踊団で椛沢さんはなんのクラブか聞いてもいいかな?」
「学校では文芸部ですが……あまり顔を出してはいません」
「燕は……あー話してもいい?」
こくりとうなずく燕。
「燕は声楽やってて楽団に所属しているんです、お家の方が音楽家の家系で、燕もしょっちゅうイベントに引っ張り出されてるんすよ」
「へーそうだったんだ」
緒羽途も感嘆の声を出した。
「はい……」
「それにぃ、燕は歌だけじゃなくて楽器もいろいろ出来るんす、ピアノやバイオリンにトランペットとかも」
英才教育でも受けていたのだろうか。
「そりゃ驚いた。でも学校の方じゃ音楽系のクラブには入ってないんだ?」
「ええ……興味はありましたけど、スケジュールが合わないでしょうし、迷惑になりますから」
「そんなことないと思うぜ、俺の友人にも吹奏楽やってる連中がいるけど、割と自由に楽しんでるみたいだし。あ……」
虎鉄がなにかを閃いたように口を開いた。
「明日、俺たちのクリークでベイサイドパークで遊ぶことになってんだ。ブラスバンド部のやつらも何人かいるんだけど、よかったら緒羽途とお二人もどうかな?」
「お、おい虎鉄……」
「はーい! 行きたーい!」
入果が右手を大きく上げていた。
「ねえねえ、行こうよにぃに!」
「別にいいけど……」
燕に目線を合わせた。大人し気な文学少女といった雰囲気の燕は、やはり見知らぬ人間や騒がしいのは苦手そうなタイプに見える。
「私もですか……?」
「うん、よかったら俺の友人たちのブラバンの子らとも話をしてみたらどう?」
「ねえねえ、行こうよ燕ー」
「虎鉄、入果もちょっと待て……。燕さんは話したことない人たちと騒々しい場所に行くのは……あまり好きじゃないんじゃないのか?」
燕の様子を窺うように述べてみた。
「……いえ、それで入果が楽しめるなら私も行きます」
「やった!」
右腕を高々と突き上げる入果。
「大丈夫?」
「はい」
「まあ、そこは俺と緒羽途でちゃんとフォローするからさ。それに気のいいやつらばかりだから、そんなに不安になることないって」
「燕さんさえよければどう……? 明日も」
「わかりました、お任せします」
そういう運びとなった。
談笑を続けて夜も七時半を回ったところで、一駅離れた場所に家がある燕を見送るために駅前のロータリーまでやってくることとなった。
「みなさん、今日はお世話になりました」
駅の入り口前で燕が丁寧に頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそお世話になりました。コロッケおいしかったよ」
虎鉄に先を越された。
「うん、夕食、ありがとう。また遊びに来てよ」
「はい、ありがとうございます」
「燕ちんまた明日ねー」
入果が手を振って燕を見送る。
「明日、ベイサイドパーク前に十時に集合だから」
「ああ、燕さんは俺と入果と一緒に行くから……それとさ、ちょっと頼みたいんだけど……」
「なんだよ?」
「入果のことなんだけど……俺たち当面は兄妹ってことで通すことにしてるから、みんなには、そういう風に話合わせてもらえないか?」
虎鉄が吹き出した。
「別にいいけど、シャイ過ぎないか? そんなもん誰も気にしないぜ」
「い、いいだろ……ともかくそういうことで頼むぞ」
「はいはい」
入果はまだ離れた場所で燕に手を振ってる。
「ところで、今日は俺になにか用でもあったのか? 話したことがあるみたいなこと言ってたけど」
「……いや、まあ……くだらないことだよ。別に考えたってしょうもないようなこと……」
「ふーん?」
虎鉄の目はどこか遠くを見ているかのようだった。
「ウイーン!」
飛行機ごっこのごとく両手を翼のように広げた入果が走ってくる。
「いくつになるんだ、お前……」
「ハハッ! 入果ちゃんはなんていうか、バイタリティあふれててこっちも見てて楽しい気分になるよ」
「ありがとーこてっちゃん」
「いいコンビだと思うよ、二人とも」
「冗談きついぜ……」
「それじゃ、また明日な」
虎鉄の背中が夜の街に埋もれていく。後ろから見てもわかる安定した体幹は日ごろの訓練の結果の表出だろう。
俺は……このままでいいのか……?
迷いが生じ始めていること自覚してはいる。しかし、同好会に入ることに踏み切れないのは意地や弱さだけでなく、虎鉄たちの努力に水を差す結果になるのではとの恐怖もある。
「にぃにー、早く帰って寝よー」
「ああ……」
結局答えを出すのはいつも先送りだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます