(7)蹴れない理由
宿宮区に流れる一級河川は海に通じ、時折、アザラシやアシカなどの海獣が迷い込んで小さなニュースになることもある。
その河川敷の自然公園で、沈む夕日を見つめながらベンチに並んで腰かける二人。微妙な間合いが今の距離感を表しているかのようだった。
どこから話したものかと、視線を宙に遊ばせる。
「……つまんない話になるけど」
「うん」
入果の声ははっきりしていた。
「サッカーは小学生のころは地域の少年サッカーのチームでやってたけど、下手でな……。それでも勝ちたい、試合に出たいって一心でがんばった……。けど……」
瞳に虚ろなものが落ちてきた。
「ああいうところは、結構シビアでな……。一度、監督やコーチの戦力構想から外れてしまうとそこから挽回するのは難しい。俺はどこでもいいから、使ってほしいと努力した……つもりだったが、無理だった……。お情けというか保護者向けのエクスキューズみたいなもので練習試合に数分出してもらったことはあるがみじめさに拍車がかかっただけだったよ……。結局、ここじゃ浮かぶ瀬がないと思ってやめることにした」
カラスが隣のベンチに飛来して、足を乗せた。
「そんな時、姉さんが宿宮北にあるサッカースクールに通うことを勧めてくれたんだ。俺が腐らないようにするための配慮だったんだと思うが、ともかく俺はそこで一からサッカーを学びなおすことにした」
欧州のフットボール教育のシステムを導入したスクールで、個人の能力向上に重点を置いていた。自分の弱点と克服すべき課題を合理的に示され、これまで見えなかったものがよく見えるようになった。
「フィジカルの鍛え方や足元の技術だけじゃない、チームプレイに必要な戦術眼から急場でものを言う個人戦術まで徹底的に叩き込まれて、自分を磨きなおした」
昼夜を問わず、貪欲に学習した記憶が思い起こされる。スクールの仲間とも気が合い、講義終了後も近くの公園で日が沈むまで自主練に励み、グロッキー状態になったところで迎えに来た木乃香の車で帰宅した。
「今思えばあの頃が一番サッカーを楽しんでやれてたよ……」
黄金の日々といってもよかったのかもしれない。技は進歩し、体力も向上した。スクールのチームで試合にも出られるようになり市大会で優勝を収めるなどの成果も出した。
次第に緒羽途はスクールでも有望の選手として注目されるようになりそれを見た綾浜エールスのスカウト部が、ジュニアユースのセレクションへ招待したのである
「俺はセレクションに合格して、エールスに入団することができた。そこでの競争も過酷だったが、半年もしないでAチーム、ようするに一軍入りして、中盤のポジションでレギュラーにもすぐ定着した」
「すごー」
入果が口を大きく開いた。
「そこまではよかったんだが……」
熾烈な競争につぐ競争で、次第に緒羽途の人生観は硬直化していった。
「自分が生き残るには人より優れる存在になるしかない。やめるやつは負け犬、相手に遠慮して目の前のチャンスを失うやつは馬鹿だと、そう思うようになっていった……」
もはやサッカーを楽しむということから逸脱して、ルールのある戦争のようなものとさえ思うようになった。
「それでも俺はミッドフィルダーとして、中央のボランチで勝ち続けた、高校世代のユースの試合に飛び級で出たこともあった。当然、俺自身もエールスのユースに昇格する以外の進路は考えてなかった」
緒羽途自身だけではない、チームメンバーの誰しもが緒羽途の昇格は確実と見ていた。
だが、中学三年の秋、ユースへの昇格を認めない旨を育成部から直々に伝達された。
「呆然としたよ……。ここまでエールスの勝利と成長に貢献してきた俺を切るのかって……」
監督はただこう言った。
「お前は、人の心がわからない……だったかな……」
いずれにせよエールスのユースになるには、欠けているものがあったらしい。
「怒ったりしなかったの?」
「怒るっていうより、理解できないって気持ちの方が大きかったかな。あとは、俺のことが個人的に気に食わなかったんじゃないかとか……まあ、負け惜しみだな……。そうでも自分に言い聞かせないとやってられなかった」
チームを放逐されたようなものだったが、実績自体は評価され、名門鴎凛高校へのスポーツ推薦で入学する運びとなった。
「もちろんサッカーをやめる気はサラサラなかった。高校サッカーで名を上げて、エールスを見返してやりたいと思ってたよ。でも……」
「でも?」
「……ここのサッカー部の連中とはあまりにも意識が違い過ぎたんだ……」
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