(4)蹴れない理由

「それで思ったより新入部員が集まって今、大変なのよこれが。特にトランペットは今年は競争激しいでしょうね」


 礼美が興奮気味に述べる。鴎凛のブラスバンド部は全国大会常連で部員の上昇志向も高く、中学時代から高い実績を築いてきた生徒が多いと聞く。


「うん、私もフルートがんばんないと」

 日葵が嘆息気味にアイスココアをストローで吸い上げた。


「白地はトランペットだったか?」

 虎鉄が尋ねた。


「うん、まあ今の話の通り、今年はレベル高い人多いから、大会出れるかわからないけど」

 碧音の箸の使い方は丁寧に見えた。育ちがいいのだろう。


「あんたなら余裕でしょ。それより虎鉄、あんたの方のクラブは?」

「ああ、何とか五人入ってくれたわ。まあ、ようやくチーム作れる程度に人数はそろったがここからだな」


 苦笑しながら答える虎鉄。同好会扱いで、大学推薦の実績作りになるかも怪しいクラブでは人も集まりにくいだろう。


「……折爪ってやつはいるか?」

「え? オリツメ……ああ、折爪樹生だったか? いるぜ。知り合いなのか?」


「昔、サッカースクールで一緒だった」

「へえ」


 入学式で再会した彼も入部を決意したようだ。体格が小さく足元の技術もあまり上手いとは言えないが努力家ではあったと記憶している。


「堂場くんは復帰しないの……?」

 日葵が控えめな声音で訊いてくる。首を横に振った。


「あんた意地になってるってわけじゃないでしょうね。去年の事件は私も知ってるけどあれは別にあんたが悪いってわけじゃ……」


「よせって」

 虎鉄が礼美を制止した。


 仕方ないんだ……俺が入ると……。

 また、すべてを「壊してしまう」かもしれない。


「堂場くん、よくスポーツシティにいるよね」

「え……あ、ああ……」

 白地が温和な笑みを浮かべる。


「ごめん、僕もあそこのレンタルスペースでトランペットの練習をすることあるから、何回か見かけたことがあるんだ」


「そう……」

 鼻先がきな臭くなってきた。


「中学の頃からサッカー部だったの?」

「いや、俺はその校外のサッカーチームでやってたから……」

「エールスだっけ?」

 名前は伏せておこう思ったが、日葵が言ってしまった。


「え? それって、綾浜の二部リーグチームの?」

「……ああ、そこの下部組織の中学生の、ジュニアユースってやつだ」


「すごいね……! プロを目指してたの?」

 碧音が乗り出し気味に訪ねてくる。結構好奇心が強いタイプらしい。


 綾浜エールス、現在Jリーグ二部に在籍しているプロサッカーチームだが、近年新スポンサーの下で急成長しており、一部への昇格を射程内に捉えるほどになっている。


「いや……その……中学校の部活ってのが規則とか上下関係とかいろいろ煩わしかったから、そっちを選んだってだけで……」

 嘘だった。


「どのみち大したことないよ、俺は……ユースに昇格できなかったからな……」

 動悸の気を感じて封じるように指を掌に食い込ませた。


「それでも、すごいと思う」

「ああ、あんがと……。俺ちょっと飲み物買ってくる」

 動揺を悟られまいと席を立った。


 売店横の自販機コーナーに来ると、呼吸を整えた。

「ふう……」

 思い出したくない記憶がちらついてくる。


 決して、実力が伴わなかったわけではないはず、ただわからなかった。なぜ自分が排除されなければならなかったのか。


「緒羽途さん」

「え? あ……」


「こんにちは」

「こ、こんにちは、燕……さん……」

 椛沢燕が音もなく背後に接近していた。


「なにしてるの……?」

「食堂にいるんだから食事に来ているのでしょう」

「そりゃそうだ……」


「お加減がよろしくないように見えますが……?」

「大丈夫……。ちょっと立ちくらんだだけだから」

 力の入らない声で答えた。無理に作った笑顔は傍から見れば滑稽に見えるだろう。


「それじゃ俺席に戻るから……」

「はい、あの……」

「なに?」


「いえ……今度、緒羽途さんの家に遊びに行ってもよろしいですか? あの子の新居を見てみたくなって」

 淡白な声音だが、なんだかんだで入果のことが心配なのかもしれない。


「ああ、いつでもどうぞ」

「はい……」

 結局コップに水だけ入れると戻ることにした。


「……?」

 壁に背をつけている男が一人いる、のだが様子になにか不穏の気を感じる。生気を欠いたような細くて小さな目で不快そうに食堂のどこかを睨んでいた。ネクタイを外して、ワイシャツのボタンを上二つ外しており、髪はワックスかなにかで固めているようだ。鴎凛の生徒らしからぬ不良めいた姿だった。


 あいつ確か……。

 入学式の際に中二階で新入生に粗暴をはたらいていたあの男だった。また自治まがいのことでもしているのだろうか。


 少し気になるが、通り過ぎようとしたところで、耳が拾った。

「……ねよ……しね……っすぞ……」


 本能的に防衛反応を刺激され身構えそうになったが、男はこちらを見ていない。緒羽途に言ったわけではない。あらぬところに視線をぶつけて一人でブツブツとなにか小声で口にしている。怨嗟と憎悪にまみれた声、世界のすべてが気に食わない、そんな澱んだものすら感じる。


「……」

 不気味そのものだったが、関わりたくもないので席に戻ることにした。

 テーブル席ではなにやら盛り上がっている。


「どうした?」

「おう緒羽途、今度の連休にベイサイドパークにみんなで行こうかって話になってんだけど、お前も来いよ」


 海岸沿いにある入園料無料の都市型遊園地である。

「え……」


「ブラスバンド部が今度、あそこのホールでコンサートやるんだけどその下見もかねてってことでね」

 礼美がパンフレットを広げていた。


「……暇だったら」

「そういうとたいてい来ないよね、あんたは」

「う……」


 根が一匹狼気質な緒羽途は、和気あいあいとした空気での集団行動というのが苦手なのである。もっとも自分が嫌いだからというよりは、他の者たちを不快な気分にさせたくないという考えがベースにあると自覚している。


「悪かったな……。……?」

 日葵と碧音が一瞬、目を合わせると同じタイミングでそらしてしまった。





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