(3)蹴れない理由
新学期開始から一週間が立った朝の通学路、桜の花はみじかい開花期を終えて初めて、路傍には桃色の花びらが舞い落ちた無残な姿をさらしている。咲いている間はチヤホヤされるが、枝から切り離され地面に落ちればただのゴミ。人間の社会もそんなものであるかと思う時がある。
入果は自主練だとかで、早々に登校してしまった。こっちが先に出ようとすると引っ付いてくるので、今日は気楽なものだった。
「うん……?」
正門を抜けた先の体育館近くの前の広場で人だからができている。
「なんだありゃ……」
なんとなく近くに行って覗き見てみると、
十数名の女子がステップを踏んで跳ねている。ダンスの練習だが、衆目の視線はそのうちの一人に注がれている。
空気と一体となったような自然な動作、流れるような身のこなし、ダンスなどろくに知らない緒羽途でも、洗練されていると思えた。
「あの子、一年?」
「名前なんだっけ?」
そんなヒソヒソ声が聴こえてくる。
曲が終わると、拍手が起こり、部員たちが集まって礼をした。部長と思しき女子生徒が一歩前に出た。
「ご覧いただきありがとうございます。私たち、鴎凛舞踊団は去年に作られたばかりのクラブです。興味のある女子生徒は一度、部室まで足を運んでみてください。五月のダンスパーティーでは演目も予定しております」
熱気が冷めやらぬ中、後ずさりして人混みを抜けた。
初めて見た入果のダンスは、思いのほか胸を打った。
教室に行く途中階段脇のスペースで、虎鉄が誰かと話している姿が見えた。
「……!」
あの白地碧音である。一瞬、緊張の気を感じたが、二人の間の空気は朗らかなもので、特に物騒な雰囲気は感じない。
「あ……やあ、おはよう、堂場くん」
「お、おはよう……白地……だっけ?」
「うん」
「よお、緒羽途」
コクリと虎鉄に会釈を返す。
「今日さ、昼にうちのクリークで集まって飯食うんだけど、お前も来いよ。白地とはまだあまり話したことないだろ?」
「別にいいけど……」
「うん、僕も一度、堂場くんと話したいと思ってた」
自分なんかと交流したがる人間がいたことに驚くというより呆れた。
予鈴がなりクラスへと入る。幸いといっていいのか知らないが虎鉄からは昨日の件を追及されることもなかった。
昼休みに虎鉄、礼美、日葵らを伴って第一食堂に向かう。緒羽途らのクラスが早めに四限を終えたため、一足先に席を取っておくことにした。
席について白地らが来るまで適当に駄弁ることにした。
「そういや佳樹は?」
「クラブに寄ってから来るってさ、来月になんかイベントやるみたいよ」
虎鉄が答える。
「余別くんたちえらいよねえ、みんなのために色々楽しいこと考えてくれて」と日葵。
「別にみんなためとかじゃないでしょ。あいつは中学の時からお祭り好きだったから」
礼美は水をコップに注いでいた。
「立蘭中だっけ、虎鉄たちの中学校」
「そ、立花町の公立校ってだいたい立の字の入る学校なんだわ」
立花町は徒歩での通学圏にあるが、広域な面積を有している住宅密集地でもあるため電車で通学する生徒も中にはいる。
「そういや堂場はどこ中出身だっけ」
礼美が尋ねた。
「鴎鳴中……」
あまり言いたくはなかった。
「知ってる知ってる、なんかおしゃれな校舎だったよね。昔、虎鉄ちゃんのサッカー部の試合にブラバンのみんなと応援行ったことあるけど、礼美ちゃん覚えてる?」
日葵の間延びした声だった。
「ああ、鴎鳴町ってあの高級住宅街よね……。ふーん、堂場ってエリートのご家庭なのかしら?」
礼美が意地の悪い笑顔を見せる。
「おい、緒羽途は……」
気まずそうな表情になる虎徹。彼は家にも遊びにきたことがあり。緒羽途が早くに両親と死別して姉に育てられたことは知っている。
「八乙女と恵庭には言ってなかったな、俺、親はいないよ」
「え……?」
「二人ともずっと昔に死んだ」
「ご、ごめん!」
「いや、気にすんな。それでまあ、親が残してくれた家で暮らしてるってわけ」
「そうなんだ緒羽途くん……」
日葵が顔を伏せる。
「緒羽途は年の離れたお姉さんが面倒見てくれてんだよ」
虎鉄が日葵の肩を軽く叩いた。
「へえ、堂場のお姉さんか、どんな人?」
「すっげきれいで優しい人だよ、な?」
「……まあ普通」
微妙に心配性で束縛が強く、飲んで帰ってきた日には甘えてくるなど鬱陶しいところがあるという忌憚のない感想が出ようとしたが封じることとした。
「木乃香さん元気?」
「あ、ああ、仕事も私生活も充実してるよ、姉さんは……」
今や北の空の下で婚約者と蜜月を送っている姉だが、隠し事をするのが苦手な緒羽途であるので、そう答えるのが精いっぱいであった。
「やあ、お待たせ」
白地が来た。他にもブラスバンド部の生徒たちが何名かいる。
「こ、こんにちは、白地くん……」
「うん、こんにちは、恵庭さん」
日葵が立ち上がって、礼をする。礼美が口を小さく開いた様が見えた。
「堂場くん、この間も会ったし、授業とかで何回か目にしてると思うけど名乗っておく、白地碧音、二組でブラスバンド部に所属してる」
線が細くて朴訥な顔、髪はきれいに整っており、美少年という言葉が似合いそうな男子生徒だった。
「どうも、俺は……」
「知ってるよ、去年まではサッカー部だったよね」
「……ああ」
「ささ、とりあえずメシにしようぜ」
重い話になることを察した虎鉄が音頭を取ってくれた。
歓談しながらの昼食となった。
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