(2)蹴れない理由
「こんにちは……」
席を立つと軽く伸びをした。
「今日はどうしたよ、緒羽途。買い物か?」
「え? あ、ああ……」
「なんだよ、はっきりしねえな」
ヘラヘラ笑う虎鉄。一方の緒羽途は、日葵が気になってきた。先日、あの男子と一緒に夜の逢瀬を目撃してしまったことが頭に浮かんでくる。
「堂場くん、どうかした?」
日葵の大きくて丸い目に射抜かれると軽く心臓に波が走った。さすがにあのモールでニアミスしかけたことは気づいていないとは思うが、隠し事をしているような後ろめたさを感じないでもない。
「あ……いや……」
「ああ、こいつ?」
虎鉄が日葵に目を向けた。
「緒羽途は知らなかったっけ? 俺ら、まあ幼馴染ってやつで幼稚園から、小中高とずっと同じの腐れ縁なのよ」
「へえ……」
「エヘヘ、昔は家族ぐるみでキャンプとかも行ったよね」
同じ中学出身のクリークとは知っているが、そこまで付き合いが長いとは思わなかった。
「つうわけで、今日はこいつの買い物に付き合ってやってんの」
「むう、虎鉄ちゃんだって、アカバシカメラでスマホの新モデルみたいって言ってたでしょ」
ふくれっ面で抗議する日葵は、学校で見るよりもさらに幼く感じた。
しかし……あの白地碧音だったか、うまくいかなかったのか……?
日葵に好意があるのを感じたが、告白が成功していたなら今この場で、彼女が虎鉄とデートか何か知らないが、ともかく二人だけでいるはずがない。
「ああ!」
日葵が大声を出したのでのけぞってしまった。
「あれあれ、ペンタギンいる!」
ペンタギン、なにかのゲームのペンギン風のマスコットキャラクターだったと記憶しているがその着ぐるみが風船を子どもたちに配っていた。
「ちょっと行ってくる!」
そのままダッシュで向かっていった。
「な、なんか……すごいな恵庭って……。あんな……」
子供っぽかったのかと初めて知った。
「ハハッ、小坊の頃からあんな感じだよ、あいつは」
その虎鉄の姿は、妹を見守る兄のようにも見えた。
「……ああ、いちおう言っとくけど別に付き合ってるとかそんなんじゃないからな。勘違いしないでよね」
「はいはい……」
「お待たせしました、ご主人様」
「え?」
「へ?」
緒羽途と虎鉄、二人同時に首を回した。
「ペプカでよかった? つーかペプカしかなかったけど」
入果が、ストローが刺さったコーラのカップを出してきた。
「あれ君は……?」
「ほ?」
虎鉄が入果を見て目を丸くする。
や、やべえ……!
「あ……」
虎鉄が左手の掌を右手で叩いた。
「悪い緒羽途! そういう事情だったか……!」
「違う!」
「あー!」
今度は入果が絶叫した。
「ペンタギンだー!」
「お前もか‼」
説明している場合ではない。入果の腕をつかんだ。
「行くぞ!」
「待って! ペンタギンが……!」
「ぺんたぎんは今度にしろ今は急ぐ!」
「お、おい緒羽途なにも俺に隠さなくたっていいだろ!」
「勘違いするな! ともかくまた明日学校で、ばいびー虎鉄!」
「ば、ばいびー…」
「ペンタギーーーン!」
入果を強引に連行するとフラワーガーデンから脱出した。
その後、拗ねる入果をなだめながら、買い物を終えると帰路についた。
「ペンタギン……」
駅のホームで、まだ無念に沈んだ顔の入果が恨みがましい視線をぶつけてくる。
「またいつかどこかで会えるさ……」
げんなりした顔であのペンギンもどきの顔を思い出してしまった。
「ところでさっきのツンツン頭のあの人ってにぃにの友達?」
「そうだよ……」
「なんで逃げたりなんかしたんだよー」
「お前のこと説明するのめんどくさいだろ……」
「んもー!」
とはいえ、変な誤解をされた恐れがある。虎鉄は噂話が好きなタイプではないが、明日からの学校がちょっと不安だった。
向かいのホームがなにやら騒々しい。小学生の集団がスポーツバッグを背負いながら談笑に耽っている。
「……」
少年サッカーのチームだろう。
少し記憶にある。確かチーム名は宿宮ストライカーズ、その名の通り攻撃性に重点を置いたチームで中学、高校生年代のチームも抱えている。
試合の後だろうが疲労を感じさせないハキハキした快活な笑顔、それがどこかまぶしかった。
「にいやーん」
「あ……な、なに?」
「電車来るよー」
「ああ……」
腰を上げると、乗車口前にならんだ。背中に入果の視線を感じた気がした。
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