第四章 蹴れない理由
(1)蹴れない理由
リビングのソファに身を沈めながら、ぼんやりとする。待ち人はいまだ来ず。スマートフォンを眺めながら時間をつぶす。姉と出かけるときも、こんな感じだったと想起する。
「おまたしー」
気だるさの残る体を起こして、ドアの向こうからやってきたサイドテールに顔を向けた。白いブラウスに水色のフレアスカート姿。普段着ではないだろう。活動的な彼女だが、ファッションには年頃の少女なりに気をつかっているのかもしれない。
「ウフフ……見とれてるかぁ」
「さっさと出るぞ」
「ああん、待ってえ!」
今日は中通りのショッピングモールで買い出しに入果と出かけることとなった。
「なにが必要なんだ?」
「せくしーならんじぇりー……」
「なにが必要なんだ?」
「ちょっとくらい乗れよー。クラブで使う練習着ちょっと新調したいのよねー。中学の時のぼろくなっててこれでみんなとやるのちょっと恥ずかしいなって、あとシューズも底がつぶれ気味になってるからこっちも見たい」
「わかった」
その他の生活必需品はメモにまとめてある。細かいものは通販で済ませてしまえばいいと思うが、こうして入果と買い物に行くことで生活感というものが身についていく、とは木乃香の談である。鴎鳴町にはまだ不慣れな入果の案内もかねての外出となった。
「電車で行くぞ、すぐ隣の駅だけど」
「らじゃー」
入果が水たまりをひょいと飛び越えた。
数分後、電車を降りると、駅ビルから高架橋をたどってショッピングセンターに入った。
まずは入果の買い物からとなった。
「にいやん一緒に見る? 服選びって時間かかるかもだけど、どっかで暇つぶしでもしてれば終わってから行くよ」
「別にいいよ、まあ、お前が俺といるのが嫌だっていうならそうするが?」
「いていて、お兄ちゃんと一緒がいい~!」
「やっぱり俺、ゲーセンにでも行ってるわ」
「冗談だって!」
ほんとにこの妹らしき存在と話すのは疲れる。
店に入ると、ダンスウェアのコーナーへとやってきた。
「おお、これかわええ!」
入果が手に取ったダンスウェアはフリルがついており、微妙にアイドルっぽさを感じるものだった。
「って今日は練習着だったんだ。こっちこっち」
伸縮性のあるシャツにスパッツ等を手に取り真剣に見入る入果。
十数分経ったが、入果はまだ決められず、時折うなったりしていた。迅速な決定を催促するほど狭量ではないが、あまり女性ものの衣服コーナーで立ち往生はしていたくないのも本音である。
「俺向こうのベンチにいるわ、終わったら来い」
「はーい」
近くの休憩所になってるベンチに腰掛けた。
「ふう……」
姉とはよく買い物に行っていたので相方の都合に合わせるというのは慣れているが、どうも入果は行動が読めず突拍子もないことを言い始めたりするので疲労度は段違いだった。
それでも……。
彼女なりに距離を縮めたいという努力は感じている。今日のショッピングに誘ったのも入果の方からである。
「どうしたもんかな……」
しばらくベンチで携帯をいじりながら暇をつぶしていたが、それも飽きて軽く伸びをした。
なんとなしに視線を向けたテレビはローカル局が映っていた。そこでやっていたのはスポーツ番組、それもサッカーのニュースである。
『綾浜エールス、アーマーズを下し、これで三連勝です』
眼球回りの筋肉がこわばってきた。
『いよいよ念願の一部昇格が見えてきました。一部リーグチームともなれば、綾浜初のこととなり、郊外のスタジアム新設計画にも弾みがつくでしょう』
瞳が暗む。緑の芝生が生い茂った舞台、今は果てしなく遠い。いつか手が届くと信じてひたすら駆けあがった日々のことが止めようもなく思い起こされる。
『エールスは人材育成にも力を入れており、下部組織としてユースチームを抱えています。こちらも近々ユース選手権に向けて……』
葉を食いしばり、立ち上がる。今見たものを忘れようと顔をそらした、先に、
「あ……!」
入果がいた。先ほどのスポーツショップの紙袋を抱えており、買い物は終わったものと見える。ただ、目を丸くしてながら、緒羽途を見つめていた。
「終わったのか……?」
「……どうかした?」
彼女にしては驚くほど小さな声だった。
「いや、なんでも……」
入果の手が緒羽途の服の袖をつかんだ。
「……ちょっと屋上に行きたい。フラワーガーデンやってるんだって」
「そうか、行ってみるか……」
活力が欠如したような声で応じる緒羽途。
「ほらほら、はよはよ」
入果に背中を押されながらエレベーターに向かった。
ビルの屋上は赤、白、桃色の花が辺り一帯の花壇に咲き誇っており、家族連れやカップルでにぎわっている。
隅のベンチに腰を下ろして言葉もなく時を過ごす二人。
「……シューズはどうする?」
「今日はいいや。学校の購買でも扱ってるし」
「……行ってみてもいいんじゃないか」
入果がこちらに顔を向けた。透き通った瞳に射抜かれると、自身の中の澱んだ感情が心底醜く思えてくる。
「あまり心配させないで」
「心配ってなにが……?」
大きくため息をつく入果に虚ろな視線を投げかける。
「今の緒羽途、普通じゃないよ」
「……普通ってなんだよ……?」
「そういわれると困っちゃうんだけど、普通の人は楽しい楽しいショッピング中にそんな鬼気迫る表情になったりしません」
子どもを肩車している父親と紙袋を持った母親の親子連れが目の前を横切っていく。
「なにがそんなににぃにを焦燥させているのか……。ま、話しちゃくれないんでしょうねー」
あたりが暗む。雲のうねりが日差しを閉ざして黒い幕が降りてきた。
「ちょっくら飲み物買ってくる、なににする?」
「……こーら」
「おーけー」
売店に向かう入果の足取りが少し頼りなく見えた。
「ああ……」
嘆息する。せっかくの休日の買い物だというのに、入果もこれでは楽しめないだろう。
悪いことしたな……。
入果が戻ってくるまでに気分を整えようと両頬を軽く叩いた。
「お……緒羽途?」
「え?」
顔を上げた先にいるのは見慣れた旧友だった。
「こ、虎鉄……と」
私服姿の虎鉄がポケットに手を突っ込んで立っている。さらに横にいる人物に視線を移した。
「堂場くん、こんにちは~」
どこか間延びした朗らかで小学生のような声。恵庭日葵が両手をパラパラと振っていた。
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