(9)二人のアウトセット

 校舎を出た頃はもう日は西に傾き始めていた。

 そしていつものようにあそこに行く。なんの目標があるわけでもないというのに。


 綾浜スポーツシティ、複合運動施設でテニス、バドミントン、地下には武道館もある。

 足を運んだ先は五階の、フットサルコートだった、


 フリーエリアとされる一区画の利用券を購入すると、ボールを一つ受け取った。

 そして壁打ち用のウォールをめがけて、ボールを蹴る。


「……」

 返ってきたボールを最適な動作で無駄なく受け止めると、再び壁に向けてシュートを放つ。


 ただひたすら、止めて蹴る、を繰り返す。


 誰一人、他人を必要としない孤独な球技。そこでひたすらボールと対話し続ける、それが緒羽途の目的もない、たった一人のクラブ活動だった。


 スポーツシティを出た際は既に空は暮れなずみ始めていた。


 携帯を確認する。虎鉄からメッセージ、説明会を終えたところ。入部に関心を持ってくれているのが何人かいるらしい。あの折爪樹生もいるかもしれない。緩くやるから緒羽途もたまにでいいから顔を見せてほしいとのことだった。


「悪い、虎鉄……」

 通り過ぎていく車の排気音がやけに耳障りだった、


 自宅前まで帰ってきたころ、庭先から中に視線を向けた。

 室内に灯りはともっていない。入果はまだ帰宅していないのだろう。


 あいつ……大丈夫か……?


 不慣れな街で道に迷っているのでは、あるいは食堂でナンパされたようなことがまた起こってないか、少し、不安になってきた。


 ドアを開いて靴を脱いだ。夕虫の合唱が窓の外から響いてくる。

「迎えに行った方がいいか……」


 リビングはガラス戸から差し込む金色の夕照と影だけしか見えなくなっていた。携帯で入果に連絡を取ろうかと電気をつけたところ、


「……? おわああああ‼」

 何者かが既に部屋にいた。ソファの上で少女が一人、体育座りしていた。


「……おかえり……」


 どんよりとした声。何者かが不法侵入でもしていたのかと思いかけたが、そこのいるのは紛れもなく入果である。


「な、なにやってんだお前……?」

 様子が何かおかしい。目は虚ろいでおり、昼までの覇気をまったく感じない。鞄はその辺に打ち捨てられるように転がっていた。


「どうしたんだ……?」

「……なにが……?」


「なにがって……調子悪いみたいだけど……」

「……別にわるくないよ……」

 身じろぎもせず答える入果。体を小さく丸めて視線は床に落としたままである。


 なんなんだ……?

 思い当たりそうなことを考えてみた。


「……ぶよう団だったか? ダンスのクラブ、面白しろそうじゃなかったのか?」

 入果が首を横に振る。


「すっごい楽しそう……あたし、あそこに入ることにした……」

「それなら……またなんか変な男に言い寄られたりでもしたか?」

 やはり首を横に振る入果。


「なら、どうしたんだよ……?」

「……にぃにだって、自分のこと教えてくれないじゃん……」

「あ……」


「ごめん、うそ……。あたしこれがフツーだから……」

「普通?」


「……電池切れ……になるとこうなる、ってだけ……」

「ロボットかお前は……⁉」


 まさか二重人格ではあるまい。はしゃぐだけはしゃいだら、抜け殻のようになる。アッパーとダウナーが完全に分かれているタイプかと、思案する。


 そんなやつ見たことねえぞ……。

 入果がのっそりした動作で立ち上がった。眠そうな目元に髪は日差しで黄金色に染め上げられており、別人のような雰囲気をまとっていた。


「ご飯作るね……」

 のっそりとした動作でキッチンに向かおうとした入果の腕をとっさにつかんだ。


「ま、待て、そんな状態で料理なんてするな」

「でも……」


「今日は俺が……いや、どこかに食事にでも行くか」

「……ダメだよ、いきなりそんな贅沢……。ちゃんと節約して生活するってパパンたちに約束したでしょ……」


「お前の入学祝だよ」

 そういう名目なら入果も納得するかと提案してみた。


「わかった……」

「よし、ちょっと休んだら。近くのモールまで行くぞ。それにスーパーの場所も知っておきたいんだろ? 普段利用している店も見せておくから」


「うん……」

 まだ調子が戻らないようだ。


「着替えてくるからお前もちゃんと充電しておけ」

 入果が携帯を取り出した。


「そっちじゃねえよ……」

 半時ほど後、私服に着替えると、リビングに戻った。


「入果いるか?」

 ドアを開ける。


「プー……! イルカイルカだって……」

「……アホめ」


 期せずしてダジャレを口にしていたようだ。


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