(8)二人のアウトセット
体育館では、野球、バスケ、テニス等、主に球技系の各クラブが紹介を始めていた。
「えっと……」
スケジュール表に目を通す。虎鉄たちのクラブは最後にやるようだ。
暇を潰す必要がある。散歩がてら体育館裏まで気の向くままに足を歩かせた。
「うん?」
男女の声がする。近づいてみた。
「あれって……」
恵庭日葵である。その前に一人の男子生徒が佇立している。色白で端正な顔立ちをした少年、見覚えがある気がする。同学年だろう。
「でも、そんな……」
「……ダメ……かな……」
「う、ううん、ダメじゃなくて……! あ、あの……」
何やら深刻な印象を受ける。
「恵庭?」
心配になって声をかけてしまった。
「ど、堂場くん……」
「どうかしたの?」
チラリと男子生徒を窺うと、乱入した緒羽途に特に不快感を示すこともなく笑顔で会釈してきた。脅していたなどの事情ではないだろう。
「あ、あの堂場くんこの人は……」
「
男子生徒は名乗った。
「……堂場緒羽途です」
「ええ、知ってますよ。元サッカー部の方ですよね。何回か見かけてますし、月山くんから聞いたこともあります」
穏やかにほほ笑む男子生徒。朴訥そうな少年で、悪人には見えない。
「恵庭さんとは同じブラスバンド部で、これから新歓コンサートやるんです」
「そうですか……」
それだけの話だったようにはちょっと思えないが、首を突っ込むほどの事態ではないだろう。
「恵庭さん、この話はまた後で……」
「う、うん、また後で……白地くん……」
碧音という男子生徒が去っていく。
「……俺、余計なことした?」
「え……う、ううん! 別にそんなことないよ」
日葵が両手を振って笑顔を作るも、隠し事をしている目に見えた。
体育館に戻った。虎鉄たちの順番が回ってくる。
「続いては鴎凛フットボール同好会です。どうぞ」
司会が述べると、虎鉄たち部員九名が出てきた。ほとんどが二年生、三年生は二人だけだった。虎鉄がマイクを手に取る。
「初めましテ、し、新入生の皆さん!」
少し固くなっている虎鉄である。
「ええっと、まず最初に……。既に聞き及んでいる方もいるかもしれませんが、鴎凛高校のサッカー部は去年に、その……問題があって……」
嫌なものがまたせり上がってきた。吐き気を封じるように歯を食いしばる。
「廃部となりました」
ざわざわとする会場。壇上の部員たちは顔を伏せていた。
「ただ、今年から僕たちで新たにフットボール同好会を新設しましたので、興味のある方はぜひこの後のクラブ説明会に参加してみてください。堅苦しい上下関係もない、自由で協力し合えるクラブを目指してます!」
虎鉄と部員たちが一礼する。
「まあ、同好会扱いなんで、公式戦にも出れない状態で内申書とかにもそう記載されますけど、これからがんばって正式な部に昇格できるよう全員で努力しています。あ、最初にこれ言っておかないと詐欺になっちゃうんで」
体育館が笑いに包まれる。一方で緒羽途は海溝の底に沈んだような気持の暗さが瞳に現れてしまった。
身をひるがえして体育館を出ると、柱に手をついて息を整えた。近くのベンチに腰を落とすとぼんやりと空に流れる雲を見つめた。
どこで間違ったのだろうか。
俺は……。
望んだものをまっとうな手段で手にしただけのはずだった。そこには一切の卑怯も偶然も運の良さもなかった。ただ純然たる実力の結果であったはずだ。だが世の中にはそれすらよしとしない人間というのが一定数いるということも思い知った。
「……ヒャ!」
頬に刺すような冷たさを感じて飛び起きた。
「顔色悪いぜ、にいやん」
後ろから両手で頬に触れてきた下手人の声はよく知っている。
「お、お前……」
いつのまにか、入果が背後に立っていた。
「なんか用かよ……?」
「んー、舞踊団の説明会からまだ時間があるからブラブラ探検してたら、ベンチで人生の無意味さについて考えてそうな男子生徒がいたからつい」
「あっち行け、俺様は忙しいのだ」
「とてもそうには見えませんが、っと」
入果が隣に座った。
「あっち行けって言ってんだろ!」
「おお、こわ」
微妙に距離を取る入果。
「にぃにさあ、サッカー部だったんでしょ?」
「……それがどうかしたか……」
「さっき廃部になったって聞いたけど……」
「……」
「なにがあったん?」
「お前には関係ない……」
「うわ、出たよ。俺の個人的な問題だお前には関係ないキリッってやつぅ、かっくい~」
いらだちで肩が震えてきた。
「あの人たち、元は仲間だったんでしょ? なんでにぃには一緒にやらないの?」
「……っせえな……」
「喧嘩しちゃってるとか?」
「そんなんじゃねえよ!」
とうとう立ち上がって入果を睨んでしまった。
「堂場!」
大声に振り返った。礼美がこちらを目を丸くしてみていた。
「あ……八乙女……」
「なにやってんのよあんた? その子……」
入果が起立すると、礼美に一礼した。
「こんにちは、ちょっとこちらの方に校内を案内していただいてたんです」
「あ、ああ、そうなの……」
最悪のタイミングに歯噛みする。
「えっと、日葵見なかった?」
「さっき体育館裏にいたぞ」
「なんでそんなとこに?」
「俺が知るわけないだろ……とにかくそこにいて……あ」
あの男子生徒と何か一悶着あったようなことを思い出した。礼美がなぜかジト目になった。
「……あんたが呼び出したんじゃないでしょうね?」
「はぁ? なんで俺がそんなことすんだよ……?」
突然の詰問に濡れ衣をかぶせられたような気がした。
「ふーん、あの子って競争率高いから……」
「なに?」
「こっちの話、それじゃあんたはその子の案内がんばんなさい」
それだけ言うと礼美は踵を返して去っていった。
「なんなんだ……」
「今の人、にぃにのクラスメイト?」
「ああ! ほら、お前もさっさ……。うん?」
視線を感じる。チラホラと通りすがりの男子がこちらを、いや入果を盗み見るように横切っていく。
「あ……そろそろ説明会始まるみたい、あーし行ってくる」
「あ、ああ……」
「ほんじゃ」
踊るような動作で身を起こすと入果が歩いていく。その背を何人かの男子生徒が振り返っては、見つめ始めた。
あいつ……ひょっとして……。
男の目を惹きつけやすい。モテる、タイプなのかもしれない。
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