(7)二人のアウトセット

 その後は、緒羽途と入果は学食で買ったサンドイッチ、燕は親が用意した弁当で昼食となった。


「そう、お父さんが札幌に転勤に……」

「うん、ちょっと不安なんだよね。パパン、私がいないと食事もわりといい加減になるから。でもまあ、今は木乃香さんもついていてくれるから心配ないか」


「木乃香さんも……? それじゃ今、入果、一人なんだ」

 サンドイッチが喉に詰まった。


「ううん、そういえばまだ言ってなかったね。ちょうど昨日、にぃにの家に引っ越したから、にぃにと二人暮らしだよ」

 誰が聴いているわけでもないというのに、あたり見回す。


「へえ、それなら安心ね」

 やはりというか、燕は微塵も動揺する様子がない。一方の緒羽途はクラスメイトの耳に入ったらと思うと気が気でなかった。


「そ、そういや、入果はクラブどうすんだ?」

「ぬっふっふっふ……知りたいか? 緒羽途よ……」

 不敵な笑みを浮かべる入果。


「入果はダンスをずっとやってきたんです」

 燕があっさり答えてしまった。


「あーーーーーー! 燕、ずるいー! もうちょっと焦らして遊ぼうと思ったのに!」

「お前な……」

 呆れてテーブルに肘を落とした。


「この学校でも続けるんでしょ?」

「そうだけど、はぁ……。もうちょい、にいやんのことからかいたかったなー」


「そうかよ……。ダンス……ね。ダンス部なんてあったか、うち?」

 鴎凛には数多くのクラブがあるが、あまりメジャーではない気がした。

「うん、まだ去年出来たばかりらしいけど、この……鴎凛舞踊団っていうの。女の子たちだけで立ち上げたクラブなんだって」

 入果が一枚のビラを取り出す。みんなで作る新しいダンスなどのうたい文句が踊っている。


「ふーん、お前がダンスね……」

「なんだよー」

「入果のダンスはきれいですよ」

 燕がミルクティーに口をつけた。


「ウヒヒ、あんがと。燕はどのクラブにすんの?」

「……学校では一応文芸部にでも……」

 なにか言いよどんだ気がした。


 学校では……?

 なにか校外で活動でもしているのだろうか。


 その時だった。

「な、なにすんだ⁉」

 大声と暴力的な音が食堂に響いて全員が首を回した。中二階のテーブル席の方である。


「誰に許可もらってここに座ってんだ、クソガキ……」

「な、なに……」

 腕章をつけた男が新入生の男子に詰め寄っている。


「ここは部外者立ち入り禁止なんだよ……」

「ぶ、部外者って……」

 狼狽する新入生数人。男の方を注視する。


 あれは……。

 見覚えがある。前に体育の時間に担任を怒らせて逆上した挙句に、帰宅処分をくらった男と記憶している。


 数人の腕章をつけた生徒が駆けよった。入学式のオリエンテーリング実行委員だろう。

「ちょっと、東根くん……! ここを一年生が使っちゃいけないだなんて決まりはないだろう」


 暴力を用いた男が細い目で止めに入った男子生徒をねめつけた。

「俺らはそうしてきたんだからこいつらも従わせろよ」

「だから、ここを一部のクラブだけで占拠するのは、学校も認めてはいないし、生徒たちからも反発の声も強くなっている。こういう悪習はもう僕らの代で終わりにすべきだ」


「それで舐められたらてめえ責任取れんのかよ……?」

「せ、責任って……」

「潰すぞ……」

 狼狽する委員の後ろから、もう一人の体格の大きい生徒が踏み出た。


「おい! いい加減にしろお前! 手伝いたいというから規則を曲げてくわえてやったのに、さっきから問題ばかり起こして一体何のつもりだ⁉」

「てめえ……」

 にらみ合う二人の男。食堂中の人間がおしゃべりをやめて緊張の視線を送る。


 相手に引く気配がないと見るや、アズマネ、と呼ばれた男は舌打ちをすると、その場から去っていった。


「君たち、すまなかった……」

 実行委員たちがからまれていた新入生たちに頭を下げる。

「い、いえ、ぼくたちが不注意だったみたいで……」

「そんなことはないよ」


「移動しますんで……」

「すまない……」

 中二階から退散する新入生四人、実行委員の二人は蹴り倒された椅子を元に戻し始めた。


 ほどなく食堂は再び人声であふれたが、全員がどこか後味の悪いものを胸に残しただろう。


「なにあれ、うわあ、にぃにの言ってた通りだったね。あそこは選ばれた人たちの席だっけ?」

「いや……それはあくまで慣習的な話で、あんな乱暴なやり方で追い出すようなやつは見たことがないが……」


 下手にトラブルを起こせば学校の介入を招いてもおかしくないので、そのあたりは中二階のスペースを使っている生徒たちもわきまえているはずである。

「鴎凛にもああいうのがいるんですね……」

 不快感を隠そうともしない燕のため息だった。


 午後は裏庭と体育館、そして大ホールを使って各クラブが宣伝と勧誘を大々的に行う。

 食事を終えると、二人に大体の位置を説明した。


「それじゃあ、俺はもう行くから」

「うぃー」

「今日はありがとうございました、堂場さん。あの……」

「なに?」


「私のことは、燕と呼んでください」

「あ、ああ、燕さん。俺も緒羽途でいいから」

「はい、緒羽途さん」


「緒羽途さん、私のことも入果と呼んでください……」

「そんじゃ」

 踵を返して背中を向けた。


「おい、待てやこら」

 入果が後襟をつかんできた。


「なんだよ⁉」

「にぃに、帰りは何時に校門前で待ち合わせにすんの?」


「一人で帰れるだろ!」

「ブー!」

「……五時までには帰るから、お前も暗くならないうちに戻れよ」

 そのまま、逃げるようにその場を後にした。このままでは顔見知りに見つかるのも時間の問題だろう。


 ロッカーに戻り鞄を取り出すと、

「……」

 あの事が気になってきた。虎鉄たちは、クラブオリエンテーションに参加するはず。当然、あれも説明するはずである。


 時計を見る。あの施設に行くにはまだ時間がある。

「はぁ……」

 自分にもあの件は責任の一端がある。見届けるべきだろうと思い、体育館に足を向けた。

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