(5)二人のアウトセット
ともあれ、今年度のクラスルームとなる教室に足を進めた。鴎凛は選択科目が多く、半ば大学のように単位を選んでいくシステムのためクラス替えがない。いちいち今年度のクラスメイトを確認することもないのである。
「……あ」
「うん?」
人の視線を感じて振り返った。一人の男子生徒がこちらを見つめている。
「も、もしかして堂場さん……?」
「え? 君は……」
どこかで見た顔だと思うが判然としない。
「折爪です、折爪樹生。『スクール』で一緒だった!」
「……ああ、ミキオくんか……」
ようやく思い出したが、話したくない話を振ってくるのが予想できてげんなりする。
「いやあ! 小学生の時はお世話になりました! 堂場さん鴎凛だったんですね」
「ああ……」
「中学は違いましたけど、エールスに行った後も、堂場さんの話はよく耳にしてましたよ。あそこに入れるなんて俺たちの代じゃ一人もいなくて……」
「……! 折爪……」
「はい?」
「俺はもうエールスじゃない……」
「あ……そう……だったんですか……すみません……。で、でもサッカーは続けてるんですよね? 僕も鴎凛じゃサッカー部に入る気でいるんでまた一緒に……」
「残念だったな……」
「え?」
「折爪……鴎凛にサッカー部はないぜ……」
耐えられず背を向けて階段を昇っていく。呼吸が乱れる。胸が熱を持った石を飲み込んだように焼けてくる。
今、再会した彼もこれまでの経緯を知れば気落ちするだろうか。
そんなこと考えたってしかたない……。
気を落ちつかせると、教室に急ぐことにした。
今年度の教室に足を踏み入れると、既に生徒たちが各々島を作って駄弁っていた。去年からの継続クラスなので、クラス内での人間関係はほぼ固まっている。
決まった机というのはないので、適当なところに腰かけた、ところで声がした。
「おう、緒羽途。新学期おめでとう」
「ああ……」
一人の男子生徒が現れた。ツンツンと尖った髪の毛にラフに着崩した制服。
「なんだよ、元気ないな?」
「いや、別に……。春休みどうだった、虎鉄?」
「サイコー! って言いたいとこだけど……店の手伝いやら、なにやらでくたびれたわ」
虎鉄の家は大衆向けの鉄板焼き店を経営している。結構な広さの店なので虎鉄もよく戦力として駆り出されることが多いようだ。
気は進まないが一応聞いておくことにした。
「試合やったんだって……?」
「おう、船越の社会人チームと」
「どうだった?」
虎鉄が苦笑気味の顔でバツ印を作った。
「全然だったわ。こっちは九人しかいないから、ラグビー部の連中に助っ人に来てもらうありさまで……。あ……わりい、別に催促してるわけじゃないぞ」
「わかってる、こっちこそ力になれなく悪い……」
「いいって、でもまあ今日から新歓がんばって一年生から新メンバー取れたらって思ってる。こんな状況で安々と入ってもらえるとも思っちゃいないが」
折爪のことが頭に浮かんだが口には出さなかった。
「おはよー、二人とも」
男子生徒が一人、やってきた。
「おす、佳喜」
虎鉄が返すと緒羽途も会釈を送った。
「また一年よろしく」
「ああ」
「そんじゃ、これ」
佳喜がなにかチケットのようなものを差し出した。
「なんだよこれ?」
虎鉄が手に取った。
「うち主催の新歓イベント、午後に大ホールで軽音部とかも招いて派手にやるから遊びに来てよ。それあればワンドリンク無料になるよ」
「ふーん」
特に興味は引かれない。佳喜が所属するイベント系クラブは、この手のコンパをよく開催する。ただ、派手な催し物をよくやるため、風紀を重んじる一部の教員たちからはよく目をつけられる。
「かわいい女の子とか見つかるかもよ、うふふのふ」
「うちの説明会終わったら、行ってみようかな、緒羽途は?」
「暇だったら……」
「そんじゃよろしく頼むよ、二人とも」
佳喜は軽快な足取りで去っていった。
校内放送の案内が教室に響いた。新入生の入学式が始まるとの通知であり、この後のクラブオリエンテーションの手順が説明された。
放送が終わるや担任が入ってきた。各自、席について姿勢を整える。
簡単な方針が伝えられると、今日のホームルームは終了した。授業は明日からである。
早い放課後が訪れると、一人の女子生徒が黒板の前に立った。
「今日は新学年を記念して、昼食には、ちょっと早いけど第二食堂で簡単な食事会を開きます。暇な人は、中二階のラウンジ席まで来てください」
甲高い声音の女子生徒は
「相変わらず、マメだね八乙女さんは」
「中学の頃からの知り合いだっけ?」
虎鉄に尋ねる。
「おう、日葵とも中坊の頃から同じブラスバンド部だったぜ」
「ふーん……」
件の女子がこっちにやってきた。
「虎鉄、堂場、あんたらはどうすんの?」
「はいはい、喜んでお供させていただきます。八乙女さん」虎鉄が答えた。
「うん、日葵も来るって」
「そういやあいつ見かけないな、なにやってんだ?」
「ああ、たぶん……」
「あ……俺は悪い俺はちょっと用があるから……」
「なんだよ? 帰ってドラゴンモンスターでもやんのか、メシくらい付き合えって」
「い、いや、その……」
「あ……日葵」
また一人、女子生徒が近づいてくる。
「お待たせー礼美」
「おす、日葵。春ボケしてないか」
「むう、虎鉄ちゃんこそよく進級できたね」
下の名前で呼び合っているあたり、気の置けない関係らしい。
佳樹と合わせて、この四人は同じ中学出身者のクリークに属しており、緒羽途もよく一緒にボーリングなどで遊んだりする。
「誰と話してたの?」
「……ブラバンの人とだよ」
「白地?」
「そう、明日からの練習についてちょっと……」
「日葵、この後第二食堂で食事会あるけど来れる?」
礼美が尋ねた。
「入学オリエンテーション委員会の仕事があるから、そっち終わったら行くね」
さりげなく鞄に荷物を詰めて、退散の機会をうかがう。話している三人に気取られないように、席を立ったが、
「おーっと、どこ行くのかなー?」
後ろからホールドされた。
「よ、佳喜……!」
いつのまにか戻ってきていたようだ。
「さっきからなんか動きが不審だよ、緒羽途ー。僕、そういう人見るとつい捕まえたくなっちゃうんだ」
「用があんだよ……!」
「なにか教えてくれたらリリースしてあげる」
顔が近い。
「堂場くん、どうかしたの?」
日葵が尋ねる。
「その……知り合いの新入生に校内の案内頼まれてんだよ」
ギリギリ嘘はついていないだろう。
「へえ、堂場がねぇ……」
いかにも怪しいといった視線をぶつけてくる礼美。
「おい……緒羽途がこう言ってんだから信じてやれって」
佳喜を振りほどくと鞄を手に持った。
「そんじゃ」
虎鉄に感謝しつつ、教室から脱出を果たした。
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