(4)二人のアウトセット
綾浜市宿宮区鴎鳴町、堂場家の位置するこの区域は市内でも高所得者向けに整備されたヨーロッパ風の建築が立ち並ぶ。治安はよいが景観の維持を重視する住民たちの意向でコンビニ等の雑貨販売店は少ないため、坂を下りた先の町まで買い込みにいかなければならないのが面倒だった。
数名の人間とすれ違ってから、いつもとは違うということに気づいた
「……うかつ」
「ほ?」
当たり前のように入果と家を同時に出たのは軽率だったかもしれない。近所の人に目撃されたら堂場の家の高校生が女を連れ込んでいた、などと噂されるかもしれない。
いや……仕方ない……。実際同居してるんだから……。
気にしたところでどうにもならないと考え直した。
「ねーねー、鴎凛の学食ってどんな感じ?」
目立ちたくないというのに隣に並んで遠慮なしにおしゃべりを持ち掛ける入果に閉口する。先を歩こうとしたが、誠司と木乃香のことを思って、我慢することにした。
「どうって……まあ、和洋中華とあるし、メニューは豊富な方かな。あと、一年は中二階にあるテーブル席には行かない方がいいぞ」
「なんで?」
「一部のクラブやおしゃれたクリークの連中が縄張りみたいなの作ってんだよ。仲間内以外の生徒が使うと、因縁つけてきやがる」
去年、入学したばかりのころ、クラスメイトたちと適当に空いているところに座ったら、名前を訊かれた不快感がよみがえってきた。
「くりーくってなに?」
「仲良しグループみたいなもんだ」
クリーク、準クラブ的な位置づけとして学校も一応その存在は容認している。届け出をすれば空いている部室やラウンジルームを占有することも許される。
「にぃにはどこのくりーく?」
「俺はそんなものに入ってない」
昔から、「群れる」のは嫌いだった。
「……」
気の置けない友人、安心感を得るための馴れ合い、フィールドに立てばそんなものなんの意味もない。自分を勝たせてくれるのは自分の優秀さだけだ、それが自分の信念だった。
「……ツッ!」
入果が耳たぶをつまんでいた。
「なんだよ⁉」
「いや、あんた話してる最中にいきなり考え事する癖やめなよ」
「なんでお前に……!」
そんなこと言われなきゃいけないと口に出かかった言葉を飲み込んだ。つまらない口喧嘩で新学期初日から無駄に体力をすり減らすような真似はしたくない。
交差点に差しかかった。
「なんかおしゃれな商店街が見えますなー」
「ああ……、ゲーセンやファーストフード店もそろってて、鴎凛の生徒も帰り際によくあそこでたむろしてる」
「にぃに、今度、案内してよ」
「時間があればな……」
携帯を取り出して一応、「あの施設」の営業時間を確認しておいた。
「そういえば、にぃに学科は?」
「総合」
一番数が多いが、個性がない学科ともいわれている。
「あたしも総合だよ」
「ああ、そう……」
「もうちょい、リアクションがんばれよ……」
春風が街路樹を揺らし、葉がざわめきの音を響かせる。
学校が見えてきた。広大な敷地に巨大な校舎、一見すれば大学にも見えるほどの規模を誇る鴎凛高校である。
「あそこだ、受験で行ったことあると思うが」
「おお……」
入果が感嘆の吐息を漏らす。なんだかんだでこの娘も今日からこの名門の学子となる興奮と歓喜で心躍っているようだ。
校門までの大路に至ると、鴎凛の制服姿があちらこちらに目に入ってきた。
学年別カラーは、今年は一年が白、二年が青、三年が赤といった分類になる。
「あっちに見えるでかいのが大講堂、入学式はあそこだぞ」
校舎を指さす。
「うん……」
「……? どうかしたか?」
「ううん……」
いきなりしおらしくなった入果に怪訝な視線を向ける。
あ……そうか……。
正門前近くは、保護者と写真を撮っている新入生たちであふれている。正門前広場では、数多くの女生徒が胸にコサージュをつけ、保護者が持っているカメラに笑顔を向けていた。
入果はこの場に父親がいないのに寂寥感を抱いているのだろう。
しょうがないな……。
あたりを見回す。ちょうど桜の花びらが舞っているスペースを見つけた。
「携帯貸して」
「え……?」
「ほら、記念になるか知らんが撮ってやるぞ」
「あ……う、うん!」
入果のスマートフォンを手に取るとカメラモードを起動させた。
軽く頬を朱色に染めた入果を、五枚ほど撮影した。こうして写真に収めてしまえば、このやんちゃな少女も初々しく見えるものである。
「こんなもんでいいか?」
「うん、ありがとう、にぃに……」
「いや……後で誠司さんに送って見せてやれ」
「うん!」
正門をくぐったところで、
「あ!」
入果が走り出した。
「お、おい……」
「おーい!
一人の女生徒がこちらを振り向いた。白いリボン、新入生だろう。
「入果……?」
「うぃーっす! 入学おめでとー、つーばめ!」
「ありがとう、でもちょっと声のボリュームを小さくして」
同感だった。やや小柄な少女、入果の知り合いらしい。大方、中学の頃の同級生だろう。
「また三年よろしく頼むぜ、姉さん」
「はぁ……そうね……」
どこか気だるそうに応じる燕なる少女。入果にはいろいろと振り回されてきたのかもしれない。
「それよりクラス決めの掲示見たの? 私たち同じクラスみたいなんだけど」
「うおおお! ほんと⁉ ヒャッホー!」
入果はそのまま掲示板まで飛んで行ってしまった。
「……」
取り残される二人。
「あ……俺……」
「初めまして、
「堂場緒羽途……です」
燕という少女と相対する。髪はショートカット、身長は入果と同じくらい、目元は新入生らしからぬ落ち着きが見られる。
まずいな……。
入果を以前から知っているなら、彼女と縁戚になったばかりの緒羽途が何者か知るはずもない。なぜ、入学式で友人が男を連れているのか怪訝に思っているのではないだろうか。
「あの……」
「元気ですよね、あの子」
「え……? ああ、そうね……」
春の風を受けて、眼前の少女が髪をかき上げた。髪留めがきらりと光る。
桜の花が舞い散る空間で、言葉なく立ち尽くす二人。ほどなく入果が戻ってきた。
「四組だね私たち、あっちの二号館だって」
「ええ、行きましょうか。混んでるし少し急いだほういいかも」
「あ……ちょっと待ってね」
入果がこちらを向く。
「にぃに、お昼はどこで食べよっか?」
「え……あ……」
勝手にそういう予定でいるらしい。普通に燕という少女の耳に入る距離である。冷汗が汗腺を突破して皮膚に表出してきた。
入果とは仲良くやると姉と約束した以上、突き放すわけにもいかない。
「第一食堂の屋外テラス前まで来い……」
「わかった、そんじゃまったねー」
入果が両手を振る横で燕という少女も小さく礼をした。
狐に包まれた心地で、その場を離れる。
なんなんだ……あの子……。
微塵も入果との関係を追及する気配がなかった。既に説明を受けている可能性もあるが、緒羽途の存在自体に対して関心を払ってないような印象を受けた。
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