(2)二人のアウトセット

 風呂を終えると、入れ替わりで入果が入浴することになった。

 リビングで軽く柔軟運動をして疲労感を確かめる。


「ち……」

 あの程度の作業で筋肉痛の予兆を感じ取れたことに情けなさを感じる。以前はこんなヤワではなかったはず。


 虎鉄たちは本気か……。

 クラブを再建、いや新生させようとしている。あの崩壊したサッカー部を。

 だが、そこに自分の居場所などあるわけがない。なぜなら……。


 ドアが開く音を聴いて振り返った。


「お・ま・た・せ♪」

「……」

 バスタオル一枚を巻き付けた格好の入果が出現した。肩にかかったひもがしっかり見えているところに詰めの甘さを感じる。


「そんな格好でいると風邪ひくぞ」

「むう……」

 緒羽途が微塵も動揺をみせないのが面白くないらしい。バスタオルを剥ぎ取ると短パンにキャミソールのラフな室内着姿を見せた。


「にぃに、夜は普段何時に寝んの?」

「十二時……」

 適当に応えた。


「お前ダメだろそれ! もっと早くに寝ないと育つものも育たないぞ! 今日から十一時だ、緒羽途少年」

 やかましいが、口を開く気力がわいてこない。


 床テーブルのスマートフォンが光った。入果のものである。

「お……」

 入果が手に取る。


「パパンから、向こうの社宅での引っ越し作業が大体終わったって。あーしは、明日のために早めに寝るようにって」

「そう……」

 やはり誠司は子煩悩だなと思う。


「テレビつけていい」

 顎を振って承諾の意を示した。


 ちょうど天気予報がやっていた。明日は快晴、全国の学校はちょうど入学日和になるとのことである。


「はあ……」

 ソファにもたれかかかると、二年になる今後のことを考える。少し早いが進学するなら、大学受験のための勉強を始めた方がいい。だが、気が乗ってくれない。


「どっこいしょっと」

 入果が隣に腰を落とした。

 木乃香が使っていたものとは別のシャンプーの匂いが鼻をついた。


「……」

 少し、変な気分になってきたので、

「……なにか観るか? うちサブスクに加入してるからたいていのドラマでも映画でも見放題だぞ」

「マジで⁉」


 適当に気を紛らわしたいと感じた。サブスクの画面に切り替えようとテーブルのリモコンに手を伸ばしたところ、

「……?」

 入果がびくりと震えた、ように見えた。横目で窺うと、目元は明らかに固くなっている。


「……」

 やはりまだ自分は信用されていない、と断じた。


「……ちょっと早いけど俺もう休むわ。お前もほどほどにして明日に備えておけよ」

 ソファから身を起こすとそのままリビングを後にした。


「ったく……」

 どうにも入果が理解できないでいる。自分に気を許していないくせに妙になれなれしく距離を詰めてくる。矛盾挙動も甚だしいが問い詰めたところでまともなアンサーは期待できない気がした。


「ハァ……」

 この同居人とうまくやっていけるのか、考えただけで体の気だるさが二乗される思いだった。

 理解できないものをいちいち理解するようにするのは徒労でしかない、それが緒羽途の人生観だった。





 一人取り残されたリビング入果は体を丸めていた。

 ああ、やっちゃった……。


 恐怖心を顔に出してしまった。本当は男慣れしていないくせに、無理していることなどとっくに緒羽途は見抜いているだろう。


 こんなはずじゃなかったんだけど……。

 彼の気分を害させたかもしれない。そもそも自分は緒羽途からすれば成り行きで同居する羽目になった他人でしかない。距離感というのが大事だろう。近すぎても鬱陶しい、遠すぎてもよそよそしい。


「どうしたらいいんだろ……」

 覚悟を決めて選んだ道なのに、迷いのもやはいまだに先にあるべき姿を示すのを阻んでいる。


 それでも私は……。

 ここに来たのは運命だと思っている。



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