(2)彼女の流儀
「すっごいあたしのプライバシーの深い部分にかかわってくることなんだけど……」
声に真剣みが増す。
「パパンね、私の本当の父親じゃないんだよね」
「なんだって……?」
「私も最近までよく知らなかったんだけど……。私の本当の父親ってパパンのお兄さんにあたる人らしいんだって」
「らしい?」
「その人、全然家に帰って来なくてほとんどパパンも覚えてないみたいなんだけど、十五年前、パパンが高校を卒業する直前になっていきなり帰ってきたの。しかも、一人の赤ん坊を抱えて」
「それって……」
「そ、私。そんでもってパパンにその子を押し付けてまたどっか行っちゃったんだって」
聞いているだけで重苦しいものがあったが、入果はなんでもないことを話したといった表情である。
「だからなんだって思うかもしれないけど、それを知っちゃってから……まあ、苦しかったわけよ」
入果がコーヒーをスプーンでかき混ぜた。
「家にパパンの高校の時の友達が来た時があってね、それで偶然部屋の外から盗み聞きしちゃったんだ。お前は大学決まってたのに取りやめてあの子を育ててほんとえらいってその人が言ってたの」
「あ……」
入果の言いたいことがわかってきた。
誠司は入果を養育するために自分の進路を捨て、時間と労力を押しつけられた姪のために使った。それも体力と可能性に満ちた青春の二十代を、である。
それは、木乃香にも同じことが当てはまるといって差し支えない。
視界がフラッシュバックする。見えてきたのは父母の葬儀を終えたあの日の記憶。固く握られた手。緒羽途を引き取る意向を伝えた親戚の前に、決然と語ったあの言葉。
『私たち姉弟ですから二人で生きていかないといけないんです、この子は私が育てますから』
なぜ木乃香があそこまで結婚に逡巡を抱いていたのか、察することができなかった自分の鈍さが恨めしい。あの日の誓いを反故にするのではと、ずっと不安だったのだろう。
「ごめんなさい……」
「え?」
「ずけずけと踏み込んだこと言ってるよね私……。すごく勝手に話を進めてるっていうのもわかってる。でも聞いて。木乃香さんがうちに来てからもうはっきりわかってきたの」
「なにを……?」
「食事の時、二人が色々将来のこととか話し合ってるの……。朝には二人でご飯作って同じタイミングで出勤して、夜にはまたテーブルを囲む……。私には、それがすごく自然なことに見えたの!」
入果の声が震え出した。
「これが本来あるべき自然な光景で、私こそが異物なんだって……! だから……!」
入果が両手をテーブルについて立ち上がった。
「もうこれ以上、この二人の邪魔はできないって……そう思った……」
力を感じる声と眼差し。初めて彼女の真の顔を見た気がした。
「だからって……」
「わかってる……だからって俺のところに転がり込んで来られても迷惑だ、でしょ……?」
「い、いや、話がいきなりすぎて……」
「緒羽途くん、私たちって立場が似ていると思わない?」
「……」
「君なら私の言いたいこと理解してくれるんじゃないかと思って今日、ここに来た……」
沈思黙考する。
入果が話したことは確かに理がないことではない。誠司だけが北海道に赴任してしまえば、木乃香との婚姻は遠のくだろう。二人一緒に行けるならそれに越したことはない。
弟としてなによりも木乃香の結婚の実現を考えねばならないと、初めて自覚した。
木乃香が女性の二十代という価値を投げ売ってまで、これまでかけてきた労苦と犠牲にしてきた時間に一度でも報いようと思ったことがあっただろうか。
俺は……。
自分のことばかり見ていたと嫌悪感すら沸き起こってきた。
いつのまにか、入果は直立不動の姿勢で眼前に立っていた。
「堂場緒羽途くん、改めてお願いします。私を、ここに置いてくれませんか?」
入果が静かに頭を下げた。
「……わかった……」
それが木乃香の幸せにつながるなら、やむを得ない、と判断せざるを得なかった。
「ただやっぱり……。……?」
二人と話し合わなければならないと述べようとしたところで、入果が前かがみになって微弱に震えている様が見えた。
「ど、どうした……?」
「う……うう……ウッシャーーーーーーー‼」
両腕を高々と天井に突き上げて豪快なガッツポーズを披露してくれる栗駒地入果であった。
「……」
とんでもない安請け合いをしてしまったかもしれないと思い始めたのは言うまでもない。
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