(3)彼女の流儀
その日の昼のうちに誠司から電話がかかってきた。やはり一旦、四人集まってこのことを話し合う必要があるという事で合意した。
そして、夕方五時を回ったところで誠司が到着した。木乃香は少し遅れると聞かされている。
「どうぞ、誠司さん」
ダイニングまで案内すると椅子を引いた。
「ありがとう、緒羽途くん。えっと……入果は?」
「それが……」
隣のリビングに目を向けると柱の後ろに隠れた猛獣がこちらを顔半分だけ出して睨んでいた。
「おい、こっち来て話せよ……」
「ガルル……」
「さっきからあんな感じで籠城してます」
両手でお手上げのポーズをとる。
「入果、ここは緒羽途くんの家だ。勝手な真似はよしなさい」
「フーッ!」
猫科の雄たけびとともに、今度こそ完全に奥に引っ込んでしまった。
「ハァ……すまない」
「なんか……大変ですね、普段からあんな感じですか彼女?」
「うん……。僕があまり時間を作ってやれないのが悪いんだと思うが……。こんな突拍子もないことを言い始めるとは……」
急須からカップに紅茶を注ぐ。
「ほんとなんですか? 急に北海道転勤が決まったとか?」
「ああ、前から札幌に支社を作る話は進んでいたんだ。札幌に限らず今、北海道は電気インフラへの投資が活発化していてね、うちも流れに取り残されないために足場を固めようと急いでいたんだ。本来なら僕の上役の人が現地で取り仕切る予定だったんだが、急病で倒れてしまってね」
「それで……」
「うん、僕に行ってもらいたいとのお達しが来た」
「はー! それじゃ誠司さんが支社長になるわけですか、すごいですねそれは」
「まあ、そんな大きな規模でもないんだけどね……。断ることもできなくはないようだが」
「いえ、余計なお世話かもしれませんが、行くべきだと思います。ご婚約したばかりで大変だとは思いますけど……」
北条電工は今急成長している電設会社であり、誠司にとっては大きなチャンスだろう。将来の役員への足掛かりにもなるだろうと思い述べた。
「ただ……」
「ああ……」
チラリとリビングに目を向けると、またしても猛獣がこちらを覗いていた。
「だからこっち来いって」
「シャー!」
猛獣は身を翻すとリビングを飛び出した。廊下から階段を駆けあがっていく足音が聴こえた。
「お、おい! 俺の部屋には入るなよ!」
「すまない、緒羽途くん」
「い、いえ……」
普段からの誠司の苦労が目に浮かぶようだった。
「入果さん、鴎凛に入学するみたいですけど」
「ああ、別の公立高校に行くと言っていたんだが、こっそり併願してたみたいで、僕にも内緒で受験していたんだ」
鴎凛高校、綾浜でも有数の難関校であり、文系理系の他、スポーツ、芸術、音楽と多様なコースを有している私立高校である。学校設備の充実さに加えて、その自由で国際色豊かな校風から高い人気があり市外から通う生徒も少なくない。
「まったくなにを考えて……いやこういうのに疎いのは男親の粗忽なところだ」
「いえ……しかしそうなると、彼女の今後の生活といいますか」
「ああ、今から北海道の高校に編入というのも、入果は嫌がるだろう。綾浜に残る意思があるなら尊重してやりたいと思うが……」
「……娘さんから聞きました。今の賃貸マンションは引き払って、誠司さんと姉さんは札幌に、入果さんはこの家を生活拠点にしたいと、彼女はそういう意思なんでしょう?」
「うーん……」
誠司が眉間にしわを寄せて考え込む。
「正直、困惑してます」
「そうだろう、やっぱりこの話は……」
「でも、まあ、構いませんよ。誠司さんさえ不安がないなら……」
「え?」
「姉が残るにしても婚姻に向けて誠司さんと生活を始めて間もないのにいきなり別居になるっていうのも不幸な話ですし、その方が経済的にも合理的だと思います」
「だが……」
息を整えた。
「その方が姉さんにとってもいいでしょう」
「そうか……君は木乃香さんのためを思って」
柄にもなく殊勝なことを言っていると鼻先がきなくさくなってきた。
「緒羽途くん、入果は僕とあの子の関係について話したんじゃないのか?」
「ええ……」
「聞いての通りあの子は僕の実の娘というわけじゃない。兄さんの子……だと思うんだが、それすら本当のところわかっていないんだ……」
「え……?」
「木乃香さんは既に知っていることだ。君にもすべて話しておこう……」
誠司の瞳に暗いものが宿った。
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