第5話 ずるい人

〝今、電話してもいい?〟


 小田先輩と寒田さんを紹介されて、先輩の過去を知ったあの日から二日が経った。夕暮先輩の姿をあれから見かけることはなくて小田先輩と寒田さんの連絡先は持っていなかったので本人にしかその後を確認することができなかった。

 だけど本人から言ってくるまでは何も聞かないことに決めたので心配になりながら待っていると夕暮先輩から連絡が飛んできた。


「もしもし」

「もしもし。急にごめんな。美琴ちゃんにはすぐに話したくて」

「はい。大丈夫ですよ」


 あの日、あれから桜木先輩の家へ行ったそうで。その場で約束のことについて謝ったそうだ。桜木先輩はそんな約束すっかり忘れていたようだが先輩は筋を通すため、桜木先輩に殴られたらしい。


「美琴ちゃんの言う通りだったよ。ちゃんと話せば、仲直りできた。一方的な喧嘩みたいだったけど、君のおかげでどうにかなったよ。ありがとう」

「私は、何もしてないです。先輩が勇気出して謝れたからですよ」

「……それと、あの時嫌いだなんて言ってごめん」

「え? そんなこと言いました?」

「君って子は……」


 呆れたように息を吐く先輩。私、嫌いって言われただけで傷つきませんよ。まあ、例外はいるけど。


「あとは小田先輩と寒田さんに謝ってくださいね。あのお二人、心配でしょうから」

「分かってる。本当にありがとうな。今度お礼する」

「いや、いいですよ! お気遣いなく」

「……桜木、紹介しようか?」

「先輩。水城先輩紹介するって言ったときより冗談きついですよ」

「本気。俺、桜木に似合う子、美琴ちゃん以外いない気がしてる」

「……それはないですよ。芽久がいる限り」


 私はあの子が松木先輩と付き合うほど、ずっと友達でいればいるほど自分の首を絞め続ける。

 桜木先輩があの子以外を見るなんて思えない。私よりいい子なんて沢山いるし、私よりかわいい子も沢山いる。でも、その中でも芽久は特別。私なんかが、叶いっこない。

 だから私が桜木先輩を諦められるのは、桜木先輩が芽久を諦めたその時だ。先輩が芽久を好きでい続ける限り、私は芽久を好きな先輩を好きでい続ける。

 だって、出会った頃から芽久のことを好きなんだから。


「本当に、気を遣わないでください」

「だが」

「お礼をしたいって言うなら! 今まで通り私と仲良くしてください。友達、少ないんです」

「……分かった。なら敬語を外して名前で呼ぶことだな」

「え⁉ それはちょっと違うくないですか?」

「いいや。友達ならそうだろ? 次会う時期待してるー」


 それだけ言うと一方的に電話を切った。


「もう、ずるいひと」


 夕暮先輩は、ずるい人だ。多分彼は、私を桜木先輩とくっつけるためにこれから奮闘するだろう。私がしたことを恩に感じているだろう、彼の性格上。

 桜木先輩を好きでい続けると決めたのは自分の意思だ。だけどこれ以上、好きにもなりたくない。だから、夕暮先輩のすることはずるいことだ。

 そして、私が夕暮先輩を諦めないようにすることだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る