第4話 不透明

「さてと、本題に移るぞ」

「ごめんなさいね。脱線しちゃって」

「いやいや寒田さんのせいじゃないよ。悪いのは」


 こちらをじとっと見てくる夕暮先輩。

 私全く悪くないです。小田先輩しかいないと思ってたらこんな美少女がいて動揺しないわけがない。しない人がいたらその人のメンタルほしいもん。


「まあまあ。んで? 俺と春日井を会わせたわけは?」

「……美琴ちゃん、桜木が好きなんだよね」

「な⁉」

「桜木くんを……それは困ったわね」

「そういうことか。納得だな」

「なんで。なんでお二人に言うんですか! 私付き合いたいとかないって言いましたよね⁉」


 それに何もしないでって、これ以上好きになりたくないからって。分かってるのに、どうしてこんなことするの。なんで、味方を増やそうとするの。


「美琴さん。桜木くんを、好きなの?」

「……はい」

「そうか。んで、景は俺と冬実に何を望んでるんだ? 見たところ本人は何も望んでないみたいだが」

「俺と、桜木が結んだ約束のこと覚えてるか?」

「まさか」

「そのまさか。だから黎じゃなくて小田に頼んでるんだ。寒田さんは保険」

「そういうことなら早く言え! 俺もやらないといけないことがあるだろ」


 何を、話しているか全く見当がつかない。

 約束? 小田先輩に頼んで、寒田さんが保険? どういうこと?

 でも小田先輩の焦った顔、初めて話した時以上に真剣な夕暮先輩の顔を見て、口を挟むことはできなかった。


「このこと、美琴さんには言わないつもり? 彼女はここに連れてきたのに」

「ただ、俺が本気だってことを証明したかったんだ。巻き込む気はない」

「彼女は当事者よ。巻き込む、巻き込まないの問題じゃないわ」

「景。お前がここで言うことは一つだ。分かるか?」

「……ああ」


 そういうと小田先輩と寒田さんは席を外した。

 隣に座っていた夕暮先輩は私の正面へ席を変えた。何を言いたいのかは検討もつかない。

 でも今感じる憂いと、寂しさを私は知っている。


「俺と、付き合ってほしい」


 なんで、そんな顔で言うの。なんでそんな声をしているの。

 恋心なんて一つも感じない告白なんて、私は初めてだった。


「どうして、ですか。先輩は私を好きじゃないですよね。先輩は、私を通して誰を見ているんですか」

「……君は本当に鋭いね。そういうとこ、嫌いだよ」


 ぽつぽつと夕暮先輩は過去の話を始めた。

 五人とは幼なじみで、夕暮先輩と水城先輩は幼稚園から、他の三人は小学校からだった。桜木先輩と夕暮先輩は今こそ違うが、昔はよく似ていたようで。違いは目がつりあがっているか、髪がストレートか。ただそれだけだった。背格好も同じで声変わり前は声も似ていて雰囲気も一緒。そんな二人は比べられることが多かった。そして二人は好きな女の子が次第に被るようになった。

 最初は夕暮先輩が譲っていたけどいつかそれはなくなった。先輩が好きになった子はみんな桜木先輩を好きになるから。


 それを聞いた時、私は思った。夕暮先輩は私を通して過去桜木先輩に奪われてしまった子を見ている、と。


「本当は、こんな話するつもりじゃなかったし今更こんな約束掘り返すつもりもなかった」

「どんな、約束したんですか」

「〝今後、俺のことを好きになる奴は全部夕暮のもの〟それだけ」


 だから、誰かに似ている私に桜木先輩を好きか確証を得るためにあの時声をかけた。そして証言人である小田先輩を用意して、ファミレスじゃなくてここを選んだ。ここなら同級生と遭遇する可能性も少ないし聞かれる可能性だって低い。


「……先輩は、どうしたいんですか。本当に私と付き合いたいんですか?」

「ああ」

「嘘、ですよね。こんなことで付き合って本当にいいんですか?」

「よくないに決まってるだろ! でも、佳子に似てる君が桜木を好きって分かって心底嫉妬した。アイツは女嫌いなのに俺の好きな奴ばっか無意識に盗っていくから!」


 涙を浮かべる夕暮先輩。もう、どうしたらいいかなんて本人が一番分かってる。でもそれを行動に移す勇気が彼にはなかった。

 桜木先輩に告白する勇気がない、私と一緒。


「先輩。私は、人として先輩を尊敬してます。私だったら好きな人を譲るなんてできないです。どこかで、ズルしてくっつけないようにします。でも、先輩はそうじゃなかったんですよね?」

「……」

「お説教のようなことしてごめんなさい。でも、私は先輩に私みたいになってほしくないんです。先輩の心は透明なままです。不透明な、私とは違う」

「……巻き込んで、すまなかった」

「いいえ。桜木先輩と、ちゃんと話してください。大丈夫です、先輩なら」


 先輩を立ち上がらせ、出口へ背を押す。


「いってらっしゃい」


 ただ、それだけ言うと先輩は振り返ることなく走って出て行った。

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