第6話 現実

「芽久ー!」


 松木先輩がこちらへ走ってくるのが見えた。近くにはあの四人もいる。

 この状況を何回したか私は両手で数えられなくなった頃から数えるのをやめた。そしてあの時と違うことは松木先輩だけではなく夕暮先輩もがこちらへ来ること。

 こんな出来事は初めてで、頭が追い付かなかった。


「美琴ちゃん。名前呼ぶ準備できた?」

「えっと……」

「え、なに⁉ その繋がりあんの⁉」

「え? 美琴どういうこと⁉」


 まあ、そんな会話は私達のことを知らない芽久と松木先輩により遮られた。

 夕暮先輩は面倒くさい、と顔に出ており、私も詳しく説明する気はない。そうなれば色々話さないといけなくなるからだ。それだけは避けたい。

 だけど芽久の興奮は詳しく説明しないと収まらないことを知っているためどうしようか迷っていると夕暮先輩が私の肩に手を回し、引き寄せた。


「ま、こういうこと? な?」

「……黙秘します」

「アホ。誤解させんな」


 近くまできた小田先輩の愛ある鉄拳により近くなった距離は離された。


「助かりました。ありがとうございます」

「こいつ懐に入れた人間には距離近くてなぁ、悪いな」

「いえ。なんか、そう言われて悪い気はしないですね」

「誰だこいつ」


 小田先輩と和やかな会話は冷たい一言により遮られた。

 今まで遠くで聞いていた声、私にかけられると思っていなかった声。生唾を飲むため喉が動くのを鮮明に感じた。


「この子俺の友達。春日井美琴ちゃん」

「夕暮先輩、この子は私の友達です‼ 勝手に盗らないでください!」

「別にどうでもいいんだけど、なんでここにいるわけ。芽久以外の女受け付けないんだけど」


 空気が氷るのが分かった。間接的に分かるのと、直接言われるのでは訳が違う。

 事情を知っている芽久と、夕暮先輩、小田先輩の顔が固まっている。何も知らない先輩二人も桜木先輩の眼差しに気まずそうな表情で。

 〝場違い〟〝必要ない〟これが初めて、好きな人に突き付けられた感情だった。


「ごめん、なさい。かえります」

「ちょ、美琴!」


 それを受けて、私はこの場に留まる理由と勇気はなかった。

 こうなるだろうって予想はしてたし覚悟もしてたつもりだった。でも現実は覚悟していたものよりも厳しくて、辛いものだった。

 涙が止まらない。肩に掛かった鞄が重い。今日は荷物あんまり入ってないはずなのに。

 頭が重い。泣いているから頭痛が酷いし、酸素も薄く感じる。


 私は彼の一言だけでここまで心を揺さぶられる。皮肉なものだ。


「美琴ちゃん!」

「夕暮、先輩……」

「よかった見つかって。心配で追いかけてきたんだ。大丈夫、じゃないよね」


 額に滲む汗、辺りを見渡すと知らない風景。あの場から相当走ったのだろう。息があがっているのか自分も肩で息をしている。


 心配そうにこちらを見る夕暮先輩に縋りたくなった。


「心配、しないでください。私今誰かに縋りたくて仕方ないんです。誰かの善意を踏みにじった行動をしそうで怖いんです。先輩にも迷惑かけます。ごめんなさい」

「美琴」

「え……」

「敬語やめろって言った。名前で呼べって言った。覚えてない?」

「いま、それどころじゃ……」

「美琴の桜木への感情は知ってるけど俺には関係ないことだよね? それに縋りたきゃ縋ればいいじゃん。俺は男だよ? いいように使って」

「で、でも」

「はいはい。言い訳は後で聞くから。俺ら友達じゃん」


 手を引かれていきつく先は公園で。夕暮先輩は濡れたハンカチを差し出した。それを有難く受け取り、腫れてきた目元に当てる。

 夕暮先輩は何も言わず、手を握ったまま。その手が暖かくて人肌を感じたと同時に、先ほどの光景が瞼の裏にこびりつく。


 こんな惨めな女になるはずじゃなかった。何もない顔して、笑顔でさようならする気だった。彼に知られない所で好きでいるつもりだった。

 なのに今のままじゃ好きでいるのも辛い。でも嫌いになんてなれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る