ささくれ@たん

すらなりとな

ささくれなんて、お姉ちゃんが治してあげよう!


「たんちゃーん、ちょっとお願いがあるんだけど?」


 放課後。

 私は友達のさっちゃんに呼び止められていた。


 正確には、呼び止められたのは私じゃない。

 妹のたんちゃんだ。


 自称研究者のお父さんが作ったゲームをやっていた私は、ゲームで設定したアバターの宝石になってしまい、宝石(私)を拾ったたんちゃんに憑りついてしまった。

 今は、お父さんが元に戻す方法を研究中。

 最近、元に戻る方法が見つかって、試作品の実験に付き合ったが、所詮は試作品。私がたんちゃんから離れられるのは一日程度。しかも、その後、一週間は離れられなくなる。


 ――ホント、さっさと戻してもらいたいわね。


 たんちゃんと一緒の間は、こんな感じで、頭の中で意識を共有している。

 でも、身体はたんちゃんだから、私はたんちゃんの学校に通っていて――たんちゃんの友達とも、友達として過ごしている。


「どうしたの? さっちゃん?」

「隣のクラスのノロちゃんなんだけどさ、不登校になったって話したじゃない?

 で、隣のクラスのヤツらが、何とかしてノロちゃん引っ張り出そうとしてるんだけど、上手くいかないらしくて。

 ほら、たんちゃんって、ハコちゃんと仲良かったじゃない?

 ハコちゃん、ノロちゃんと似てるから、手伝ってくんないかなって」


 ノロちゃんは、隣のクラスの転校生だ。

 ダンボールでできたロボットの格好をしている。

 ちなみに、本名は野呂井八子のろいはこという。


 ハコちゃんは、私のクラスの転校生だ。

 ダンボールでできたロボットの格好をしている。

 ちなみに、本名は只野葉子ダダノハコという。


 なぜダンボールロボかというと、それがお父さんの試作品だからだ。

 たんちゃんから離れた私は、元の身体に戻るのではなく、宝石のまま。

 このままだと、また誰かに憑りついてしまう。

 そこで、私を封印するため用意されたのが、ダンボールロボ。

 封印、といっても、動くことも、喋ることもできるし、制服だって着られる。

 つまり、ハコちゃんはたんちゃんから離れた私の姿というわけだ。

 なお、ダンボールロボなのは、お父さんの趣味らしい。

 ちなみに、ノロちゃんは試作品のうちの一つを盗んだ幽霊さんが、憑りついて動かしている。


 ――ホント、意味不明ね?

(え? でも、ダンボールロボだって転校生で通用してるじゃない?

 底辺高じゃ、これが普通なんじゃないの?)


 そう、たんちゃんの学校は底辺高なのだ。

 今ではすっかり慣れたが、私の今までの常識とはかけ離れた世界が広がっている。

 ダンボールロボが登校するくらい普通なのだ。

 何か言い返したげな雰囲気を醸し出す、頭の中のたんちゃん。

 もうちょっと反応を待とうかとも思ったけど、返事を待っているさっちゃんに気づいて、口を開いた。


「いいけど、ほら、ハコちゃんって病弱だから。

 あと三日くらいは学校に来られないと思うよ?」

「ハコちゃん、頑丈そうなのに不思議よねー?

 じゃ、三日後でいいから、ハコちゃんの説得、よろしくね?」


 手を振って去っていくさっちゃん。


 ――ていうか、あのダンボールノロちゃんが不登校になったのってさ。

   お姉ちゃんが追っかけたのがトラウマになったからじゃなかった?

   お姉ちゃんが行っても逆効果なんじゃない?

(うーん、まあ、隣のクラスのみんなにも、何か考えがあるんだよ?)


 若干の不安を感じながら、私もたんちゃんと一緒に家に帰った。

 お父さんに言って、もう一回、試作品を貸してもらおう。



 ―――――☆



 三日後。

 私はたんちゃんと分離、ダンボールのハコちゃんとなって学校に登校していた。


「あ、ハコちゃん久しぶりー」

「もう治ったの? 大丈夫?」


 みんな、当たり前のように挨拶をしてくれる。

 たんちゃんの学校は、ダンボールロボも差別しない素晴らしい校風なんだ。


「さっちゃん、ハコちゃん連れてきたよ?」


 そんな中、私から分離したたんちゃんが、さっちゃんに声をかける。

 さっちゃんは机の上で体育座りでお化粧をしていたけど、私たちに気が付くと、手を振ってくれた。


「ありがとう! じゃ、さっそく行こっか?」


 普通の学校なら、これから授業が始まるのだが、底辺高ではそんなものはあってないようなもの。さっちゃんは私とたんちゃんの手を取ると、廊下で座り込んでいる隣のクラスの不良さんの群れへ向かった。


「おーい、連れてきたよ?」

「おお! ハコちゃんが来れば、もはや勝ったも同然!」

「おう! 今日こそ首持って帰るぞ!」

「突撃じゃ~!」


 殴り込みに行くかのように盛り上がる不良さん達。


「えっと、不登校のノロちゃんを迎えに行くんだよね?」

「いいのよ、このくらいで」


 たんちゃんが納得している。

 ということは、これでいいのだろう。

 釘バットやら鉄パイプやらを持ってバイクで爆走する不良さんに、空飛ぶダンボールロボが混じっても、きっと違和感なんてないのだろう。

 (注)このような運転は危険ですので絶対におやめください。


「うん、もういいの、諦めたわ」


 さっちゃんの運転するバイクから、たんちゃんの声が聞こえた気がしたが、とにかくも、私たちはノロちゃんの家へと向かった。



 ―――――☆



「すみませーん、ノロちゃんいますかー?」


 ノロちゃんの住んでいるというアパート。

 お行儀よく不良さんたちがインターホンを鳴らし、返事を待っている間。

 私はたんちゃんに話しかけた。


「ねえ、たんちゃん、このアパートって、野倉先生の住んでるトコだよね?」

「ん、そうみたいね?」


 野倉先生というのは、たんちゃんの学校の社会科の教諭だ。

 ただの先生ではなく、なんと幽霊とかにとりつかれやすい体質をしている。

 ノロちゃんも、そんな先生に呼び寄せられた幽霊の一人で、少し前に、私がゲームのアバターの力を使って除霊したものだ。

 除霊、といっても消滅させたわけではなく、追い払っただけ。

 高校に転校してきた時は驚いたが、まさか、もう一度先生の家に戻ってきているとは思わなかった。


「はいはい、みんな来てくれたのね?

 あら? 七瀬さんに只野さんも一緒? 先生びっくり」


 出てきたのは、やっぱり野倉先生。

 びっくりされてしまったが、私たちの方もびっくりである。


「先生、ここに野呂井さんがいるって聞いたんですけど?」

「ええ、七瀬さんに除霊して貰ったんだけど、その、幽霊さんが新しい身体を手に入れて戻ってきてね? もうご迷惑はかけません、だからもう一度ここにおいてくださいって、泣きながら頼むものだから、先生かわいそうになっちゃって」

「大丈夫なんですか?」

「ええ、まあ、おばあちゃんも『他の人に憑りついて悪さをするよりは良かろう』って言ってるし、とりあえず様子見かなって」


 そんな話をしているうちに、不良さんたちは遠慮なく先生の部屋へ入っていく。


「おらっ! 野呂井! 出てこい!」

「ツラ貸せやコラッ!」

「引きこもってるとぶっ○すぞ!」


 なかなか斬新な説得方法だ。

 (注)このような説得は危険ですので絶対におやめください。

 しかし、奥の部屋から返事はない。

 面倒くさくなったのか、バットを振り上げる不良さん。

 先生が慌てて止めた。


「あっ! 待って! カギはかかってないから! 普通に開けて!

 この間、保険屋さんともめちゃって、もう保険おりないから!」

「あ? すみません」


 素直に謝って、普通に扉を開く不良さん。

 奥には、先生のおばあちゃんが、いた。


「なんだい、騒々しいね」

「あ、すんません。ノロちゃんいます?」

「ノロちゃん? ああ、ダンボールの知り合いかい?

 アイツなら、買い出しに行ってるから、そろそろ帰ってくると思うよ?」

「あ、そうっすか。騒がしくして、すみませんっす」


 素直に謝る不良さんに、先生のおばあちゃんは「うん、なかなか礼儀正しくてよろしい」と上機嫌だ。

 が、さっちゃんは首をかしげた。


「っていうか、ノロちゃんって、引きこもってるんじゃなかったの?」

「うーん、お手伝いはしてくれるのよ?

 だから、引きこもりっていうのとちょっと違ってね?

 ただ、学校に行くのを嫌がっているだけなの。

 みんなこんなにいい子なのに、なんでかしら?」


 同じく、首をかしげる先生。

 それはきっと、除霊した私というトラウマが、学校に通ってるからだと思うよ?

 そう答える前に、後ろから、悲鳴が聞こえた!


「アーーー! アナタハ! ちーと女子高生!?」


 ノロちゃんだ。

 震えながら、スーパーの特売品の入ったエコバッグを取り落とす。


「サテハ、マタ除霊シニキタノデスネ!」


 そして、ロボから飛行機に変形すると、空を飛んで逃げ始めた。


「待てやコラ!」

「隣のクラスのモンにビビるなんざ不良の恥さらしよ!」

「止まらないとぶっ○すぞ!」

「よし! 捕まえて根性叩き直してやりな!」


 一斉に追いかける不良さん。

 なお、最後のは先生のおばあちゃんである。

 きっと、先生のおばあちゃんも底辺校に通っていたのだろう。


「ワー、ゴメンナサイごめんなさいゴメンナサイ!!!」


 謝りながら空を飛ぶノロちゃん。

 が、そのせいで前方不注意になったせいか、電柱に激突した。


 紙がつぶれる音とともに墜落!

 不幸にも落ちた先は車道!

 見事にトラックにはねられる!


 横断歩道の上に転がるダンボール。


 不良さんたちは、青信号を待ってから、ノロちゃんに駆け寄った。


「おい! 大丈夫か!?」

「はねられたくらいで死ぬんじゃねえ!」

「こんなとこで死んだらぶっ○すぞ!」


 すごい! 友情を感じさせる会話だ!

 こんなの、ベタな映画でしか見たことがない!

 しかし、ノロちゃんは致命傷だったようで、


「アア、皆サン! ゴメンナサイ! 私ハモウだめデス!

 皆サントノ思イ出ハ、キット胸ノ中ニ!」


 涙を流す不良さんたち。

 私も一緒になってもらい泣きする。


「あー、それ作ったの、お父さんなんでしょ?

 しかも、ダンボール製なんでしょ?

 すぐ治せるんじゃないの?」


 そこへ、たんちゃんが、やる気なさそうに突っ込んだ。



 ―――――☆



「うん、つまり、私の発明品、試作型ただの箱くん十九号を修復したいわけだね?」


 やってきたのは、お父さんが研究所だと主張している、我が家の物置。


「すみません! 何とかなりませんか!」

「お願いします!」

「俺からも!」


 土下座する不良さんたちに、お父さんはなぜか上機嫌だ。


「うん、幽霊相手でも育まれる友情、素晴らしいじゃないか!

 安心したまえ! 研究者たる私が、見事治してみせようじゃないか!」


 こういうのを調子に乗っているという。

 やはり、自称研究者にロクなのはいない。

 私とたんちゃんのそんな感想を置いて、お父さんは続ける。


「さて、この十九号の修復だが、修復には大量のダンボールが必要だ。

 みんなで手分けして探してきてくれ!」


「おう! 任せろ!」

「待ってろよ、野呂井!」

「助ける前に死んだらぶっ○すぞ!」


 不良さんたちはうなずくと、威勢よく飛び出していく。

 そんな中、さっちゃんが、どこか気まずそうに話しかけてきた。


「あー、一応、たんちゃんとハコちゃんも付き合ってくんない?」

「はあ、もう、こうなったら仕方ないね」

「あれ? たんちゃん、あんまり文句言わないね?」

「あのね、おねえ……じゃない、ハコちゃん。転校して来たばっかで分からないかもしれないけど、うちみたいな底辺校は結束が命なの。この場合は、ただのその場のノリと勢いだけど!」

「そうなんだ。でも、ダンボールって、どこで探そう?」


 心当たりを聞く私に、答えたのは、さっちゃん。


「あ、それは大丈夫。

 私のバイト先がスーパーだから、そこで腐るほど余ってるわ。ついてきて?」



 ―――――☆



「店長に聞いてきたよ?

 ここにあるの、持って行っていいってさ」


 やってきたのは、近所のスーパー。

 裏手に、大量にダンボールが積まれている。


「うげ。これ全部持って帰るの?」

「まあ、小分けにして、ちょっとずつ持ってけばいいでしょ」


 嫌そうにするたんちゃんをなだめながら、ダンボールを運ぶ。

 自転車も使って、家とスーパーの間を往復していると、


「あ、イタッ!」

「ん? あ、たんちゃん、ささくれできちゃった?」


 途中、たんちゃんがけがをしてしまった。

 さっちゃんがしまった、という顔で駆け寄ってくる。


「あー、ダンボールって、素手で触ると水分吸われて、さかむけできるんだよね」


 そう言うさっちゃんは、しっかり軍手をはめている。

 このあたり、バイト経験の違いだろう。

 ちなみに私は、今はダンボールボディなので問題ない。


「うー、もっと早く言って欲しかったかな?」

「ごめんねー、気が付かなくて? 予備の軍手あるけど、使う?」

「うーん、とりあえず、いま運んでるのはこのまま持ってく。

 家で絆創膏つけたら、後で借りるかも?」


 そんな会話をしながら、ダンボールを運ぶこと数時間。

 ついに運びきった私たちは、再びお父さんの研究室へと向かっていった。


「うん! これだけあれば十分だ!

 と、言いたいところなのだが」

「スミマセン、復活デキテシマイマシタ!」


 なんと、小さな空きビンで出来たロボが、ふよふよ浮いていた。


「うん、やはり元から霊体だと扱いが違う。

 私は今までの発想を転換し素材を変更することで――」


 なにか意味不明な説明を始めるお父さん。


「うおおお! おい野呂井てめぇ!」

「心配かけやがって!」

「ぶっ○すのはまた今度にしといてやる!」

「うん、まあ、よかったんじゃない」


 そんなお父さんを置いて、ノロちゃんをもみくちゃにする不良さんたち。

 ちなみに、最後のはさっちゃんだ。

 さっちゃんまで、一緒になって喜んでいる。


「は? なに? 私ってば、ささくれ損?

 ていうか、この山積みのダンボールどうするのよ?

 これ、全部資源ごみにするわけ?

 ささくれ増えるんですけど?」

「まあまあ、ほら、私とノロちゃんのキャラかぶりもなくなったんだし。

 もうちょっと、頑張ってみようよ?」


 ぶつぶつ文句を言うのは、もちろん、たんちゃん。

 私はゲームのアバターの魔法で、ささくれをこっそり治しながら、たんちゃんに声をかけた。



 ―――――☆


 後日。

 昼休み、たんちゃんボディで、さっちゃんと一緒にお弁当を食べていると。


「すまねぇ! 助けてくれ!」

「野球してたら! ボールが野呂井にあたって!」

「ビンでできてたもんだから! 割れちまった!」


 不良さんたちに土下座された。


 ――嫌だからね?

   またささくれになるとか、絶対嫌だからね?

   だいたい、今日、資源ゴミの日だったんだからね?

   もう、この間のダンボールないんだからね?


 どうやら、たんちゃんは心までささくれてしまったらしい。

 これは魔法では治せない。

 たんちゃんのささくれをケアすべく、私は一生懸命、頭の中で話しかけ始めた。

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