第2章:大清蘭王国
第7話:大清蘭王国
乾いた風が吹きつける砂漠。冬の砂漠は凍り付くような寒さで、湿度のない冷たい風が衣服の中に容赦なく入り込む。ラクダを率いるリフ・カーフィラの面々は、寒そうに身を縮こませながら、砂漠の道を歩いていた。空は晴れてはいるものの、吹きつける風が根こそぎ体温を奪っていく。どこまでも続く砂の景色。ユバが顔をあげると、砂の向こうにようやく、赤い門を見つけることができた。
「みんな、清蘭が見えてきた。門をくぐるまで、油断しないように」
「おっ!りょーかい!!」
「ああ、了解」
「やったー!清蘭に帰ってきたのね!!」
もともと清蘭人であるセリンは、故郷への帰還に両手をあげて喜んだ。キャラバンに入隊するという形で故国を出たはいいものの、やはり生まれ育った故郷への帰還は、うれしいものがあるのだろう。
ユバの言葉を受けて、4人は列をなすラクダの荷車を見張るように、それとなくばらけた。ライテルがそっと冷たい視線を送った先には、数人の盗賊たち。砂漠に住み、キャラバンを襲って積み荷を奪う盗賊たちだ。彼らは舌打ちをするように顔を歪め、砂の向こうへ消えていった。
キャラバンの列は、やがて大清蘭王国の国境門の前に辿り着いた。ユバがキャラバンの通行証を門番に差し出す。門番がそれを確認し、頷くと、ひとりが門を開けにかかり、もうひとりは歓迎の笑みを浮かべた。
「リフ・カーフィラさん、大清蘭王国へようこそ、おかえりなさいませ!
リフ・カーフィラさんがグロワールで『黒龍』を追い払ったウワサは、もう国中に知れ渡っていますよ!」
そうして、門が開かれる。門の先には、大勢の国民たちが出迎えに訪れていた。
「さあ、お通りください!王宮の者も市井の者も、皆さんの来訪を、首を長くしてお待ちしておりました!!」
門番が道を開けて、中へと促す。集まった国民たちも道を開け、晴れやかな笑顔で拍手を送りながら出迎えた。ユバは門番に礼を言い、清蘭の国土へと足を踏み入れた。
大清蘭王国は、4国の中で最も広い国土面積を誇り、「雅楽と水の国」と呼ばれる、風雅で美しい国である。大通りに連なる建物は、黒い屋根にオリエンタルな赤い柱や装飾が異国情緒を感じさせ、店先に吊り下げられた赤い提灯が並ぶ景色は、清蘭独特の賑わいを演出していた。ライテルは出迎える国民たちの笑顔につられて、顔を安堵に輝かせながら、グロワールとは全く違う町並みを見渡した。
3階、4階建ての石造りの建物が多いグロワールとは全く違い、国土が広く自然豊かな清蘭の建物は木造で、平屋が多い。高くても2階建てで、2階建ての建物のほとんどが、店と住居が一体になったものだ。1階を店、2階を住居にして暮らすのである。そのうちのひとつ、大通りに居を構える飲食店の店頭からは、蒸しまんじゅうの甘い香りや昼食のニンニクの香りが漂い、食欲を掻き立てられた。
道を開けて出迎える人々は、それぞれ清蘭の美しい漢服や胡服を身にまとい、顔を輝かせてリフ・カーフィラの行進を見送る。群衆の道はまっすぐ清蘭王宮まで続いており、ライテルはなんだかむずがゆくなった。
荷車は国境門のすぐそばにある馬の繋ぎ場で、ラクダから馬につなぎ変えた。ラクダの足は砂漠を往くのには適しているが、町の石畳など固い地面を歩くには適していないのだ。砂漠を越えてきたキャラバンは、そうしてラクダから馬につなぎ変え、まずは王宮や法人などの大口の取引先へ商品を納品するのである。
馬車を率いて、清蘭王宮へと向かっていく。王宮へ続く大通りは美しく整備されており、各地から訪れたキャラバンや地元の商人が営む商店が軒を連ねる。また、あちこちに水路があり、清蘭の国境を作る天界山脈から流れる美しい水が流れている。グロワールの王城区にも負けない賑わいだが、買い物客も商人も、商売の手を止めてリフ・カーフィラの行進に視線を向けた。何台もの馬車が大通りを通る様は、一種のパレードのような見応えがあった。
王宮の門をくぐり、手前の広い区画に馬車を並べると、王宮の担当者数名がリフ・カーフィラを出迎えた。
「リフ・カーフィラ殿、清蘭へようこそ、おかえりなさいませ!」
「お世話になっております。本日も、ご注文いただいたお品物の納品に伺いました」
「ええ、いつもありがとうございます!では、確認いたしますね」
馬車から商品をおろし、担当者たちが品物と数量をチェックする。ワインやチーズ、コーヒーの生豆やオリーブオイルなどの食品から、金や銀などの貴金属、宝石、写真機などの最新の機械まで。とくに食品の注文が多く、グロワールやスールエ特有の生ハムやソーセージ、バター、香辛料などは高値がついた。高値とはいえど、リフ・カーフィラから買えば、他のキャラバンから買い取るよりもずっと安く買える。厨房で働く料理人たちも食品のチェックにやってきて、生ハムやチーズの品質を見ては感嘆のため息をついた。
「さすがはリフ・カーフィラさん、上質な食材が揃っていますね。毎度、本当に助かっていますよ」
「ありがとうございます。グロワールやスールエの商品は、やはりまだ需要があるのですね」
「ええ、最近はとくに魔物も強くなって、盗賊も増えてきました。魔物や盗賊にやられて、崩壊するキャラバンも多くて……砂漠の向こうの食材がなかなか手に入らなくて困っていたところなのです」
「リフ・カーフィラさんは確実に商品を届けてくれるので、ありがたい限りですよ」
料理人たちは、貴重な食材を目にして、うれしそうに笑った。その笑顔に、ユバもそっと微笑んだ。
決済を済ませ、商店や法人に注文の品を納品する。納品を終えて借家に積み荷をおろす頃には、もうすっかり日が暮れていた。借家はリフ・カーフィラが清蘭でいつも利用している、使い慣れた家であり、主人が前もって確保しておいてくれた家屋だ。借家の主人は、リフ・カーフィラがグロワールに巣食っていた黒龍の検挙に貢献し、清蘭へ向かうという情報を他のキャラバンから聞きつけ、わざわざこの借家を空けて、綺麗に掃除までしておいてくれたということだった。ユバたちは借家の主人に感謝して、酒好きの主人にグロワールから仕入れたワインと生ハムをプレゼントした。主人は大喜びで受け取り、今はさっそく、ワインを開けている頃だろう。
そんな他愛のない話をしながら、セリンとライテルは夕食の買い出しに、夜市を訪れた。清蘭は美しい国である一方で治安も悪く、いくらセリンが鍛えているからといっても、女性の独り歩きは推奨されない。ライテルがついてくるのは、荷物持ちも兼ねた護衛の意味もあった。リリ地区の生まれでスリや盗賊の気配に敏感なライテルであれば、怪しい輩が狙っているかどうか、すぐにわかる。ライテルはそれとなく辺りを見渡しながら、夜市の風景を楽しんでいた。
頭上に吊り下げられた提灯には明かりが灯り、屋台にも至る所に赤い光が掲げられている。商人たちの活気のある呼び込みの声、お客が商人と交渉する声、屋台の席で酒を交わすお客の声。グロワールにはない独特の賑わいは、何度見ても新鮮な心地だった。
セリンは道をまっすぐ進み、行き慣れた商店に顔を出す。そこは鮮魚店で、リフ・カーフィラのように夕食の買い出しに訪れるお客向けに、魚介類を販売している店だった。店主はセリンとライテルの顔を見ると、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「おや、リフ・カーフィラじゃないか!そっか、今日着いたんだっけな」
「ええ、そうなの!お久しぶり、おじさま!元気そうで何よりだわ!」
「やあ、セリンちゃんもライテルくんも、元気そうだな!若い子はやっぱり元気じゃねーとな!!」
「へへっ、ありがとうございます!!」
ライテルは照れくさそうに笑った。馴染みの店の店主から顔を覚えられるというのは、なんともむずがゆく、どこかうれしいものだった。
セリンはさっそく、店に並ぶ食材を眺めた。ソウギョ、ハクレン、コクレンなどの清蘭独特の魚から、マダイ、サケ、タラなど、清蘭~光煌間ではポピュラーな魚も並ぶ。その中で、セリンはエビに目をとめた。
「あら、エビがたくさんあるわ」
「ああ、もうすぐ年が明けるからな。年末からエビを使う家庭もあるから、多めに仕入れてんだ」
「そうよね、もう年末なのよね……早いわ」
ライテルが首をかしげていると、セリンはライテルに視線を寄せて言った。
「清蘭では、年始にシェンジャ祭りが行われるの。その時の縁起物として、エビを使った料理が各家庭で出されるのよ。
仕事柄などで、年始にお祭りができない家庭は、年末にエビ料理を食べて、良い新年になるように祈るの。清蘭の年末年始には、エビ料理が欠かせないのよ」
「へえー……どうしてエビが縁起物なんだろうな」
氷の上に並べられたエビを見てライテルが呟くと、店主が答えた。
「エビは今の、この生の状態だと白っぽいというか、灰色に近い色合いだが、火を通すと赤くなるだろう?
清蘭では、赤は縁起のいい色なんだ。火を通して赤くなるエビは、主神の加護を受けて幸運を運んでくれると信じられているんだよ」
「そうなんだ!」
初めて知る情報に、ライテルは顔を輝かせる。純粋な眼差しを受けて、店主は少しおかしそうに笑った。
「光煌に行くと、最初から赤いエビもあるのだけれど、清蘭でとれるのは、こういう白っぽいエビなのよ。
せっかくだし、今日はエビチリにしようかしら。おじさま、エビチリ用にエビ4人分詰めてくださる?」
「はいよ、毎度あり!!」
店主は威勢よく笑って、エビを詰め始めた。セリンは他の魚介類に目を向けて、明日の朝ごはんはどうしようかしら、と呟きながらメニューを考えていた。
不意に、通りの先から大きな音がした。何かが派手に壊れるような音とともに、荒々しい怒声が聞こえてくる。たちまち人だかりができ、物々しい雰囲気が流れた。
「あら、何かしら」
「何か揉め事か?」
セリンたち3人も、人だかりの方に顔を向ける。人だかりの向こうから、誰かが大声でわめくような声が聞こえる。セリンは近くの女性に話しかけた。
「すみません、何か揉め事ですか?」
女性はセリンの方を向くと、不安そうな顔で話した。
「あら、あなたはリフ・カーフィラさんの……なんでも、柄の悪い男たちが、お店の陳列棚と商品を壊して何かいちゃもんをつけているみたいで……」
「まあ……」
セリンは少し顔を歪めて、ため息をついた。清蘭では揉め事は日常茶飯事とはいえ、物を壊すほどの荒事は見過ごせない。セリンはライテルに向き直った。
「ちょっと様子を見てくるわ。ライテル、お会計とお荷物をお願い。ついでにおじさまに、明日の朝食におすすめの食材を聞いて、それも4人分買ってくれる?」
「ん、わかった。気をつけろよ」
セリンはユバから預かった財布をライテルに渡し、人混みを搔きわけた。前に出ると、体格のいい数人の男たちが、何かわめきながら店の棚やカウンターを叩き壊していた。店主は物陰に隠れて怯えており、男たちに手が付けられずにいる。男たちの言葉は呂律が回っておらず、また目を見れば、焦点が定まらずぐるぐると回っているように見えた。明らかに正気ではない。男たちからは、酒の臭いは感じない。
(―――麻薬か)
セリンはそう直感し、近くにいた男性に声をかけます。
「軍に通報を!麻薬による暴動です!!」
「は、はい!!」
声をかけられた男性は一瞬驚いたが、すぐに気を取り直して頷き、軍の駐在所へ向けて走っていった。
セリンが男たちに近づくと、男たちは焦点の合わない目でセリンの前に立った。
「なァンだァ嬢ちゃん、オレたちと遊んでくれンのかァ?」
そう言って下卑た笑みを浮かべ、棍棒を向ける。セリンも構えをとり、不敵に笑った。
「お生憎様、夜遊びは趣味じゃなくてよ。あなたたちには、少し大人しくしていただくわ」
「ほォ~?そんな細っこい腕で、オレらとやり合おうってのか?」
「美人は金になるぜェ!ひん剥いて売りさばいてやるよ!!」
男たちは棍棒をセリンに向けて振り下ろした。セリンはその屈強な腕を横にいなして、そのまま首根っこを掴み、別の男めがけて投げ飛ばした。
「うおあ!?」
投げ飛ばされた男は目を回し、そのまま泡を吹いて気絶した。もうひとりの男は石畳にしたたかに打ち付けられ、木箱に頭をぶつけて気を失った。
セリンは素早く棍棒を拾い、残ったひとりの男に向けて構えた。男はすっかり戦意をなくし、顔を青くしてセリンを凝視していた。
「さあ、あなたは大人しくできるいい子かしら?」
セリンはそう言って、ニヤリと笑った。口は笑っているが、その目は鋭く男を射抜く。セリンから発する殺気にあてられ、男は目を白くしてその場に倒れ伏した。
周囲から拍手が沸き起こる。たった一撃で相手の戦意を喪失させた、やはりリフ・カーフィラは強い!あちこちから称賛の言葉が飛び交った。人混みを搔きわけて、ライテルが荷物を持って歩み寄った。
「解決した?」
「ええ、これで大丈夫なはずよ。あとは軍に任せましょう」
「りょーかい。んじゃ、帰るか」
そう話しているうちに軍が到着し、男たちを連行していった。セリンは何事もなかったような顔をして、食材の買い出しを続けた。
+++
「というわけで、じゃーん!今日はエビチリでーす!!」
借家の台所から、セリンが大皿を持ってダイニングにやってきた。甘辛い香りが食欲をそそるエビチリが大皿に盛りつけられ、丸いダイニングテーブルの中央に差し出される。今日の夕食はエビチリと、炊き立ての白米、タマゴとわかめのスープ、その他野菜など。清蘭の伝統的な家庭料理である。積み荷をおろして片付けを終えたユバたちは、そのいかにも美味しそうな料理に顔を輝かせ、それぞれの席についた。
「おー!!今日も美味そう!!」
「セリンちゃんのエビチリは美味しいからねえ、今日もありがとう」
「ああ、ありがとうセリン。さあ、冷めないうちにいただこうか」
そうして全員で食卓を囲み、4人揃って、両手をあわせた。
「いただきます!!」
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