第30話 誘拐犯

「こちら一郎。6号車で対象を確保。これより帰還する」


 ――了解


 車に積まれている無線で誰かに連絡したのだろう。後部座席から助手席に移った一郎と名乗る黒服の男は、後部座席に座る男に指示を出した。


「次郎、大丈夫だとは思うが、一応見られていないか確認しておけ」

「あぁ、了解」


 こいつ6号車とか言ってたけど、もしかしたあの異常な数の車は全部こいつらの仲間だったってこと? でもなんであたしとマリアちゃんを狙ったの?

 あ、もしかしてマリアちゃんは何処かの国の王女様だったとか? まさか…… いやでもあり得る。てかそれくらいしかあたしたちが攫われる理由が見つからない。


はこの辺りに確認できない。まず見られてはいない。念のため他の車両と位置を交換しながら目的地を目指す」

「了解」


 運転手と助手席の男、そしてあたしたちの中央に座る男の計3人、運転手の男は迷彩服を着た白人、残りふたりは黒服にサングラスをかけている。名前からして日本人?

 ここで下手に暴れてマリアちゃんに危害を加えられたらまずい。とりあえずこのまま大人しくしておくしかないのか。


「あんたら! なんなのよ!? 一体誰の差し金!? 何処の所属よ! 私にこんなことしてタダで済むと思ってるんでしょうね!?」


 マリアちゃんが血相を変えて金切り声を上げている。

 てかマリアちゃんえらく流暢な日本語喋るんだね……


「おい、ベント、こいつは別にいらないんだろ? どうする?」

「やめとけ。下手に刺激すればなにが起こるかわからん。とりあえず口になにか噛ませとけ」


 なんだか物騒な言葉を発しつつ、次郎と呼ばれた男はマリアちゃんの口にタオルを巻きつけた。うーうー唸り続けるマリアちゃんに次郎がボソっと呟いた。


――黙れ、黙らないと永遠に喋れなくするぞ……


 全身の毛が逆立った。こいつら普通じゃない……


「今のところヤツの目に見られてはいないが、いつ発見されるかわからん。妨害電波と、あと、忘れずに出しておけよ」

「言われなくてもやってる。あいつの恐ろしさは嫌と言うほど聞かされてるからな」


 一郎と次郎がなにかを喋ってるけど、会話の意味が全く分からない。

 車はそのまま走り続け、どうやら高速道路に乗るらしい。高速のインターチェンジに差し掛かり料金所を通過する。この車にETCがついてるかついてないかわかんないけど、ついてなかったらここで大声を上げて助けを求める。そう思ってたのに、車はそのままETCレーンのバーに当たるのをなんら躊躇することなくそのまま通過していった。


「ちょ、ちょっと! めちゃくちゃな運転しないで! で、でもこれできっと警察が来るわよ。あんたたちも捕まえられてもう終わりなんだから!」


 あれだけ派手にETCレーンのバーをぶち壊したんだ。きっと警察が助けてくれる。そんな淡い期待を抱いていたのだけれど、黒服の男の言葉でその期待は即座に打ち消された。


「あぁ、それは問題ない。世界がこの車を意識しないようにしてある。あの程度の衝撃はなんら問題ない。あと君が大人しく我々についてきてくれれば悪いようにはしない」

「な、なに言ってんのよ…… わ、分かるように言いなさいよね……」


 何言ってるのよ? 意識しない? 意味が分からない。なんで突然こんなことに巻き込まれなきゃいけないのよ。頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 声にならない声があたしの中で渦巻く。誰の声? 分からない。


 ――こんな奴らやっちゃいなよ


「おい、刺激するな。適合者だぞ。なにが起こるか分からん。とりあえず今は眠らせておけ」

「了解」


 ベントと呼ばれた男が次郎にそう指示すると、次郎は背広の内ポケットから何かハンカチのような物を出してあたしの口元にあてがってきた。


「い、いや! な、なにするのよ! は、離して! いやっ!」

「大丈夫だ。お前に危害は加えない。大人しくしてくれればそっちの女も無事だ。だが分かるよな? 大人しくしてくれなければ……」


 次第に意識が遠のいていく。薄れていく意識の中でふとマリアちゃんに目が行く。彼女の表情は普段の可愛らしい顔から一変して眉間に皺を寄せ、男たちを睨みつけている。せっかくの可愛い顔が台無しだ…… 

 そんなことを考えながらあたしの意識はそこで途絶えた。



    ◇



 ――マリアは別室に連れていけ。そっちは彼女に会わせる……


 ゆっくりと意識が覚醒する。

 一体どれくらい気を失っていたんだろう。まだボーっとして体に力が入らない。視界もなんだかぼやけたまま。あたしはどうやら男に抱きかかえられているようだ。


「しかしうまくいってよかったな。ヤツのもどうやら回避できたみたいだしな。噂はあくまで噂だな。かなりの尾ひれがついているんじゃないか?」

「最後まで気を抜くなよ。奴は使徒のひとり、決して気を抜いていい相手ではない」


 ――ふん、分かってるよ……


 黒服の男ふたりが何か喋っている。覚醒しきらないあたしの頭には、彼らの言葉が只の音声としか認識できない。

 ぼんやり辺りを見渡すと、マリアちゃんの姿が見えないことに気づく。一体どこへ連れていかれたんだろうか。彼女を誘拐することが目的だとしたら…… 

 彼女を守ってあげられなかった。あたしがマンガやドラマの主人公だったら、こいつらをやっつけてマリアちゃんをかっこよく助けてたのにな。力のない自分に憤る。この状況にそんな感情意味がないなんてことは分かってるけれど……


 ふたりの男はあたしを抱きかかえ何処かのビルへ入っていく。エントランスを抜け、エレベーターホールの前で立ち止まった。

 4つ並ぶエレベーター。中央に何かのマークが見える。このマーク何処かで見たことがあるような気がするけど、朦朧とした頭ではそれがなにか思い出せない。でも普段からよく目にするマークなのだけは確か。


「何階だ?」

「えぇと、13階だな」

「了解」


 エレベーターに連れ込まれて、あたしはこれから13階へ行くらしい。何階まであるのか知らないけど、こんなに立派なビルに犯罪者がいるっていうの? いつの間に日本は犯罪大国になってしまったの? ダメだ、まだ頭がボーっとして、思考が定まらない。


 ――ぴんこーん


 どうやら13階に到着したようだ。

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