第29話 ミリアちゃんからのお願い
――プルルル、プルルル……
大家さんの豹変に驚いたその日の夜、時刻はよく分からないけれど多分深夜。バイブにしておいたはずなのに、あたしのスマートフォンは小さい、けれどやけに頭に響く着信音を鳴らしていた。
「え、誰? こんな時間に……」
スマホの画面を見てみると相手の電話番号が表示されている。
――0x0-3333-3333
「え? なに? こんな番号存在するの? 誰だろ……」
――ぴっ
寝起きでぼやけてたあたしはよく考えずに通話ボタンを押した。
「もしもし? 蒼ちゃん? 分かるかな?」
「え、あ、も、もしかして……」
――ミリアちゃん!?
電話の相手はゲームの中で出会った少女ミリアだった。
◇
「ミリアちゃ~ん! 来たよ~! 何処~?」
ミリアからの突然の呼び出しにパジャマ姿のまま扉を開けると、そこは前に彼女と出会った高台の公園だった。
ミリアはそこでひとり佇んでいた。
「ごめんね、蒼ちゃん急に呼んじゃって」
「ううん、いいよ、でもどうしたの? こんな時間に」
「あっ、ご、ごめんね、そっちは今は深夜だったんだ。私全然考えてなかった。本当にごめん!」
顔の前で手を合わせてごめんなさいポーズをとるミリアちゃん。あぁ眼福眼福。でも時間は置いとくとして、どうしたんだろう? 突然呼び出したりなんかして。
「あのね、蒼ちゃんにお話しと、あとあの子に、メフィ…… メルに伝えてほしいことがあってね、来てもらったんだよね。えぇと、これ、あの子に渡してくれるかな?」
「う、うん、いいよ。預かるね」
彼女から受け取った1枚の封筒。ミリアちゃんメル先生と喧嘩してるって言ってたけど、そんなことより重要なことが書いてあるのかな。
あたしはパジャマのポケットにその封筒を大事に仕舞った。
「ここからが本題なんだけどね、いきなりこんなこと言われてもなんのことかわかんないかもしれないけれど、蒼ちゃん、次にあなたが対峙する相手がね、とても強いの。今までみたいに甘くないの。だからね、仲間を集めて。もちろん蒼ちゃんも強くなってくれたら嬉しいんだけど、ひとりじゃ無理だから。きっとあなたを助けてくれる人は沢山いるはずだから」
「うん、分かった。あたしには誉さんもいるし、メル先生もいるからね。このメンツにさらに仲間が加わったらもう最強だよ!」
なんだろう、彼女の言葉はあたしの頭になんの抵抗もなく入ってくる。普段ならきっと色々疑問に思ったり、怪しんでしまうような事柄が、今は何故か全て受け入れられる。彼女はなんだか不思議だ。彼女を見ているととても優しい気持ちになる。心が素直になる。
「最後にね、あなたに接触を試みてくる人がいるの。それは女の子なんだけど、どうか彼女の話を聞いてあげて欲しいの。もちろん最後の判断は蒼ちゃんに任せるわ」
「えぇと、ミリアちゃんの言ってることよくわかんないけど、わかった! ミリアちゃんがそう言うならその子の話を聞くね。聞いてから判断する。でもさぁ、せっかくミリアちゃんと会えたのになぁ、家からお菓子持ってこればよかったよ。前に約束したじゃん。ごはん食べに来てって。うちは狭いからね、今度ここでまたミリアちゃんに会えたらお菓子持ってくるね」
「うん! 楽しみに待ってる! 約束ね!」
彼女はそう言うとあたしにむぎゅっと抱き着いてきた。あたしより少し背の低い、可愛らしいワンピースを着た女の子。少しタレ目で下がり繭、でもすごく愛嬌のある女の子。次に彼女と会う時はお菓子パーティだ! 次来る時までにお菓子いっぱい用意しとかないと!
「蒼ちゃんありがとうね。会えて嬉しかった。また会おうね」
「うん! あたしもミリアちゃんをモフモフできて嬉しかった!」
「モフモフ? あはは、変な蒼ちゃん~!」
こうしてあたしたちの2度目の邂逅は幕を閉じた。
◇
翌朝あたしは早速ミリアちゃんから預かった封筒をメル先生に渡す為、徳倉ウィメンズクリニックへ向かった。
おばあちゃんに行ってきますの挨拶をして階段を下る。その先にはまるで絵画から飛び出してきたかのような、金髪碧眼の美少女が座っていた。相変わらずタバコの煙をくゆらせながら。
「オォゥ! 蒼さぁん! おっはようございまぁす! 何処かお出かけですカァ?」
「おはよう! マリアちゃん。うん、ちょっとね、勤め先の医院に用事があってさ」
「オォゥ! もしかして徳倉医院ですカァ? 実は私も今からそこへ行こうと思っていたのでェす! よかったらご一緒オッケー?」
「えっ!? そうなの? マリアちゃんどっか調子悪いの? 大丈夫?」
「大丈夫でぇす! 定期検査に行くだけでぇす! 全然大したことないのでぇす!」
「そっか~。じゃあ一緒に行こっか!」
医院までの短い道のりに可愛い同伴者。身長はあたしの肩くらいかな。小さくてなんだかすごくいい匂いがする。どう見ても年下にしか見えないのに、20歳越えてるんだよね、この子。あ、この子なんて言ったら失礼か。
他愛のない会話をしながらふたりで歩く。
住宅街なので車通りも少なくすぐ近くには公園もあったりなんかして、とても住みやすい街。実家からは離れているけれど、なんだかもうずっとここで暮らしてたみたいに感じる。
そんなぽわぽわしたことを考えながら歩いていると、1台の車があたしたちの真横を通り過ぎていった。
「うわっ、あっぶな! 今の車結構スピード出てたよね。しかもギリギリだったし! ホントこんな住宅街であんなにスピード出さないでほしいよ全く」
「オォゥ! そのとおりでぇす! 歩行者優先でぇす! でもぶつからなくてよかったでぇす!!」
マリアちゃんがそう言うと、何故だか右手をあたしの目の前に差し出してきた。意味がわからずぽかーんとマリアちゃんの掌を見ていたら彼女は顎で掌のほうに向けてクイックイッ。一瞬さらにわけが分からなくなったけど、すぐに気づいた。あぁ! ハイタッチね。
ぱちーん! なんでハイタッチを要求してきたのかよくわかんないけど、マリアちゃんは『イエェイ!』といって喜んでいるのであたしも釣られて笑顔になる。
そんなことをしている内にさらに車が1台、2台と通っていく。なんだか今日はえらく車の数が多い。さらにもう1台、もう2台、次々と通り過ぎていく車。
「ねぇねぇマリアちゃん、なんか今日車の数やたら多くない? この辺ってさ、住んでる人しか滅多に車とおんないじゃんね。なんかあったのかなぁ」
「ウ~ン、私もよく分かりませ~ん」
多分10台くらいの車が通り過ぎていった頃だった。突然あたしたちの隣に1台の黒い車が停車した。
「え? なに? なになに?」
「なんでしょう、怖いでぇす。車の中が見えませぇん」
窓にはスモークが貼られていて中の様子を窺い知ることができない。不審に思っていると突然後部ドアが開いた。中には黒いスーツ姿の男性がふたり。
その男性は急にこちらへ向けて飛び出してくると、マリアちゃんの腕を掴み、そのまま車内へ引きずり込んだ。突然の出来事に呆然としてしまったあたしももうひとりの男性に羽交い絞めにされ、そのまま車内へ……
――確保成功
男のひとりはそう呟くと、車は走り出した。
どうやらあたしたちは白昼堂々拉致されてしまったみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます