第28話 猫を好きになる秘孔


「主、これが今回回収に成功した悲願石の欠片です。お納めください」

「ご苦労、しかし誉君、前回といい今回といい、君は全く役に立っていないな。君が適任だと考え送り出した私の責任でもあるのだが、次からは代わりの者に行かせるか」

「あ、主! その件に関しまして、何の申し開きもございませんが、次こそは! 次こそは彼女のお役に立ってみせます。何卒わたくしにもう一度挽回の機会を……」

「ふんっ、まぁいい。おかげで彼女の適正が見れたしな。それに対象を即座に発見したのは誉君の手柄なのだろう? よくあの短時間でヤツの潜伏先を発見できたものだ」

「あ、あの、そ、それはぁ……」

「ん? なんだね?」

「いえ、なんでもございません……」


 誉は医院内の一室で彼女の主徳倉メルに、今回の事の顛末と最重要アイテム悲願石の回収成功の報告をしていた。彼女は今回唯一功労と認められた緑川とどりの居場所特定が、自分の手柄ではない、そのことを主に報告することができないでいた。


(申し訳ございません、主。これはあのお方との約束なのです。決して疚しい気持ちがあるわけではございません……)


「しかし、しかしだ。ヤツを、緑川とどりを唆した人物はまず間違いないのだな? 誉君」

「はい、愛玩動物に成った緑川とどりから直接聞きだしました。背格好や相手の言動から見てまず間違いなくあの方の使徒のひとりであると思われます」

「本当に…… 本当にあの女は私の邪魔ばかりしてくる。道から外れた分際で醜くもこちら側へしがみつく忌諱された存在…… 本当にバカな妹弟子を持つと苦労する」


 ――くそアナフェマめ……



    ◇



「そういやあんたさ、前にこの世界がどうちゃらって言ってたじゃん? あれってどういう意味だったの? あの世界ってゲームでしょ? あんたなんか知ってるなら教えなさいよ」


 夢の中で猫のトドリとお喋り。せっかく夢なんだから色々とお話ししようと思い、ふとあの時こいつがボヤいていことを思い出した。


「あ、いや、それはぁ、すまん、言えない、じゃなかった、忘れた」

「はぁ!? あんた今言えないって言ってから忘れたって言い直したでしょ!? 怪しい~。なんであたしに隠し事してるのよ! 言いなさいよ!」

「近い! 顔が近い! それと怖い! 顔が怖い! いや、わりいんだけどよ、言えねえんだよ。言えなくされてるみたいだわ」


 なんじゃそら。言えなくされてる? 誰に、何の為に? あっ、言えないのにそんなこと教えてくれるわけないか。物分かりのいいあたしはいい子だ。


「じゃあさ、代わりにひとつ教えてよ。あんたがあたしの名前を知って、あたしを自由にできるようになったのに、なんであんたはあたしを殺さなかったの? あたしの自由を奪った時点であんたの勝ちだったんじゃないの?」


 これずっと気になってた。まぁ誉さんがいたからって理由かもしれないけど、誉さんがあたしに従ってたのはこいつも気づいていたはず。だったらあたしを完全に操り人形にして誉さんをどうにかしようと思えばできたんじゃない?


「あぁ、それは…… 一言で言えばブラフだったんだ」

「は? どゆこと?」

「いや、だから、名前を知って相手にどうこうできるのは、首から下の自由を奪うだけ。相手の全てを支配なんてできないってわけ」


 なるほど。だからこいつはあたしにキスをして完全な操り人形にしようとしたのか。


「あとキスをしても相手を支配できるわけじゃないぜ。ただ相手が俺のことを無条件に好きになるだけだ。なんでかお前には効かなかったけどな」

「は!? そうなの? あ、あの~、っていうことは、相手を完全に服従させるには~、あの~、その~、セッ、セッ、せっっ、いや、なに恥ずかしいこと言わせてんのよ!」

「何ひとりで赤面してんだよ…… 見てるこっちが恥ずかしいわ。いや、実際そうなのかもしれないけど、断じて俺はやってないぞ! そんな破廉恥なことできるか!」


 え、意外…… こいつのことだから貞操観念なんて破綻してるんだろうって勝手に思ってたのに、意外と身が固いヤツなのか? いやでもあたしに与えたあの恥辱は忘れない!


「あの黒いコートのヤツに変なカプセル飲まされたあとおかしくなっちまったんだけどよ、それだけは譲らなかったんだぜ、これでも。酒だって自分からは飲まねえしな。だって俺まだ18だし」

「は!? あんたあたしより年下だったの!? なのにあんな上から目線で色々講釈垂れてたわけ!?」

「いやだってあんた物凄く芋っぽかったから。いや、ごめん、ごめんなさい。これからは姉御って呼ぶからよ。それで許してくれよ」


 姉御…… なんだよその昭和っぽい呼び方は。嫌だよあたしはそんな呼び方……

 だけど目の前にいるトドリという猫は目をキラキラさせてこちらを見ている。なんだろう、姉御と言う呼び方がよほどしっくりきたのか? とにかくあたしはそんな呼び方嫌だ。

 って黒いコートの奴とか言ってなかった? なんだ? そいつのせいでこんなややこしい展開になったっていうの?


「ねぇ、さっき流しちゃったけどさ、黒いコートのヤツってどんなんだったの?」

「え、上から下まで黒いコートでさ、話してる感じは若い男だったと思うけど、すまねえ、姉御、正直なところあんまり覚えてねえ」

「だから姉御言うな!」


 結局なんにも分からず仕舞いかぁ。でも敵か味方かで言ったらどう考えても敵だよね。はぁ、なんでゲーム内であたしの味方をしてくれる人が現れないんだろ? 普通主人公を助けるキャラがいるもんでしょ?

 そんな愚痴をボヤいていると突然頭の中にドンドンという大音量の騒音が響いてきた。


 ――志岐谷さーん! 志岐谷さん! いるんでしょ! もしも~し!


 頭の中に響く女性の大声。あたしとニャーの夢の時間はあっけなく終了した。


「え、え、なに、なに!? 誰? なんかドアめっちゃ叩いてる!?」

「おぉ、蒼ちゃん起きたか? あいつとは会話できたかい?」

「え? え、えぇ、なんかできた。なんか変なかんじ。いや、それより……」


 とりあえずドアについてる覗き窓で外の様子を伺う。


「あ! まずい! 大家さん! ヤバい、猫がいるのバレたらまずい! ここペット禁止なんだよおばあちゃん!」

「ちょっと~! 開けますよ~! 志岐谷さ~ん! あ、あら開いたわ」


 誰も開けていいなんて言ってないのに、勝手にドアを開ける大家さん。

 大家さんはこのアパートの一室に住んでいるのだが、クルクルパーマですんごいつり目の見た目どおり性格が非常にきつい。声はデカいし、部屋で大きい音を立てるとすぐに怒鳴りこんでくる。なのに自分の声がデカいので、いつも彼女の声が外に漏れまくっている。

 そんな彼女は大の猫嫌いだ。野良がいるといつも追い払おうとするのだ。


「志岐谷さん! あんた猫飼っとるでしょ! 臭いで分かるんだわ! うちはペットは禁止なんだわ! ルール守れんのだったら出てってもらわなあかんよ!」

「え、いや、これはぁ、違うんですよ、この子が勝手に部屋に入ってきちゃったんです」

「そんな言い訳聞きとうないわぁ! その子どっかにほかるか、あんたが出てくか決めやーよ!」


 くそっ! 最悪のタイミングで来やがったなこのばーさんは。どうする? この子を手放すのもなんか嫌だし、かといってあたしがここを出ていくのもなんだか癪に障る。

 どっちをとっても角が立つ選択に頭を悩ませていると、おばあちゃんが突然大家さんの前に仁王立ちした。


「あ~、あんた大家か?」

「はぁ? あんた誰? そうやぁ、あたしがここの大家だがね! 志岐谷さん! なにこのちんまい子は? あんたの妹さんかね?」

「え、いや、違います、祖母です」

「はぁ!? こんなちんまい子が祖母て! 大家さんバカにしとったらあかんよぉ!」

「いや、本当なんですけど……」

「蒼ちゃん、おばあちゃんに任せとけ」

「は?」


 おばあちゃんはそう言うと大家さんのおでこに人差し指をコツンと当てた。


「大家さん、猫飼ってもええな?」

「そんなもん! ええに決まっとるがね! 私もたまに見に来るでね~!」


 さっきまでの大家さんは何処へ行ったのか、突然笑顔になり、そのまま靴を脱ぎ猫の頭をひと撫でしたと思ったら、そのまま帰っていった。


「おばあちゃん! な、なにしたの!?」

「ん? 猫を好きになる秘孔をついたんじゃ」


 マ、マジかよ…… にわかには信じられなかったけどまぁいいや。突如訪れた危機が疾風のように消え去ったんだ。今はおばあちゃんの言うことを信じてあげよう。そう心に決めたのだった。

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