第27話 ニャーとお喋り

 ――何者かがサルベージされたようです


 スマートフォンから聞こえてくる音声。それはどうやら女性の声。

 抑揚のない、淡々とした口調は聞くものに安らぎか、もしくは不安を与える。


「嘘でしょ!? なんで? あいつはそのことについてまだ把握してないはずなのに! くそっ! 完全にあいつを甘く見てた。アホそうなツラしてるからまさかそんなことするなんて思ってもいなかった。ごめん、ミネルヴァ、完全に私のミスよ」

「起こってしまったことは仕方がないわ。でも次は許されない。一刻も早く彼女に接触して、私達の現状を伝えて説得すべきよ。お願いね、今はあなただけが頼りなの。お願い、彼を、彼らを助けて……」


 ――マリア……



    ◇



「蒼さァん、おっはよゥございまァす。唐突ですけどォ、蒼さん、死者の世界ってあると思いまスゥ?」

「マ、マリアちゃん、ほんとに唐突だね。う~んと、どうだろ? あるんじゃないかな? 死んだ後に皆楽しく暮らしてたらなんかうれしいじゃんね!」

「ふ~ん、そうデスカァ」


 ゴミ出しで1階へ降りていくと階段の片隅に佇む、妖精のような神秘的で美しい女性がいた。彼女はタバコの煙をくゆらせ、ひとり物思いに耽っている様子だった。

 挨拶をしようと思ったらくだんの会話。唐突過ぎて返答に困ったけど、彼女にもセンチメンタルな一面があるのだろう。誰しもそんなこと考える時期があるしね。

 ていうかあの子20歳越えてたんだ。年下かと思ってたら年上だった。



    ◇



「ンニャー、ニャーニャーニャー」

「う~、ニャー、ニャーゴ、ニャー、ンニャー」

「ナ~ゴ、う~、ニャー、ンニャー、マ~ゴ、にゃー!」

「ンニャー! ミャーゴ、ウ~、ンニャー」

「え、お、おばあちゃん、何やってんの?」


 部屋へ戻るとおばあちゃんとトドリが向かい合って会話していた。

 おばあちゃんが猫をあやすといった感じではまるでなく、普通に会話しているみたいに。


「お、おばあちゃん? 大丈夫? 何処か調子悪い?」

「えっ!? いや、これは、いや、違う、違うんじゃ蒼ちゃん、こいつが話しかけてくるもんじゃから答えとっただけなんじゃ」

「えっ、おばあちゃんニャーの言ってること分かるの!? なんちゃって。そんなわけないか」

「ん? 分かるぞ。蒼ちゃんは分からんのか?」

「え…… わ、分かるわけないじゃん。おばあちゃん冗談へたっぴ~」

「あ! 普通はわからんもんじゃったか、そうじゃそうじゃ、おばあちゃんの冗談じゃ」

「も~、でももしニャーとお話できたら楽しいだろうね~。お話してみたいなぁ、あいつら普段なに考えてるんだろう」

「蒼ちゃん猫と話したいのか? なら会話させてあげようかの」


 ――は?


 ま~たつまんない冗談言ってぇ、と言おうとする前におばあちゃんはあたしのおでこに人差し指をちょこんと当てた。まるで赤ちゃんのほっぺたに優しく触れるようにふんわりと。

 その瞬間あたしの意識はフカフカの揺りかごで眠りにつくかのようにゆっくりと落ちていった。



    ◇



 ――おいっ! 起きろ! おいってば!

 誰かが呼んでる気がする。はぁ、せっかく気持ちよく寝てるのに起こさないでよ。本当に心地良いフカフカの揺りかご。いつまでもここで夢見心地でいたい。


「おい! いい加減に起きろや! てめえひっかくぞ!」

「んも~、もうちょっと、もうちょっとだけ。あと5分だけ~」

「ふっざけんな! さっさと! 今すぐ! あと1秒で起きろ!」

「あ~! もう! うるさい! あと5分でいいって言ってるでしょ!?」


 余りにもしつこい起きろコールに辟易して目を開けるとそこには……


 ――ニャーがいた


「え、えぇぇぇ!? ね、猫が喋ってる!?」

「猫って言うな! 俺はトドリだ! はぁ、やっと起きやがったな」

「ど、ど、ど、どうなってんの!? なんで猫が喋ってるの……」

「だからトドリだって……」


 はっ!? そうか、ここは夢の中か。そうだ、そうに違いない。ならば全て納得いく。夢の中ならニャーが喋ってても不思議じゃない。う~ん、中々いい夢だ。せっかくだからこいつのお話に乗っかろう。


「はいはい、分かった分かった、んでトドリ、なに? あたしになにか用?」

「え、あ、あぁ、てかいきなり話聞く気になったんだな。変わり身が凄すぎて一瞬引いたぜ。う~ん、えぇとな、とりあえずあんたに感謝しときたいって思ってな」

「なによ? あたしあんたに感謝されるようなことした覚えないけど? あっ! たまに上げてるおやつのこととか? いいのよ、そんなの、あたしが好きであげてるだけなんだから」

「いや、違うって。あれだよ、あんたが俺の名前をもらってやるって言ってくれたことだよ。あれで俺は名前を奪われたけど、そのおかげでおかしくなってた、靄がかかってた俺の心がぱぁっと晴れた、正気に戻れた気がしたんだ。まぁそのおかげでこんな変なことになっちまったけど、とにかくあんたに感謝してるってことを伝えたかったんだ」

「あんた何言ってんのよ? まるで緑川とどりが言いそうなセリフ言って。あっ、でもあいつ性格悪いからこんな殊勝なこと言わないか。あはは」

「あんた失礼だな。てか俺だよ、俺は緑川とどりだ」


 ――は? は?


 突然ニャーがわけのわからないことを言い出した。

 あたしがトドリってつけたからこんなふうになっちゃったの? ニャーの体に魂が乗り移っちゃったとか!? あっ、でもここは夢の中だった。なんでもありなんだ。じゃあこいつに話を合わせとこう。そのほうが面白そうだし。


「ふ~ん、そんで猫の姿になったトドリ君はあたしに感謝したくてこうして出てきたってこと? そんなん感謝しなくてもいいから。あんたがやったことが許せなかっただけだし、なんでも名前のせいにして自暴自棄みたいになってたのがムカついただけだし」

「あんた優しいな。そういえばさ、俺自分の名前のことであんたに迷惑掛けちゃったけどさ、ひとつ思い出したんだよ。俺の母ちゃんがさ、俺が産まれた時にさ、窓際に10羽の鳥が止まってたんだと。それも一羽一羽違う鳥だったっていうんだ。それを見た母ちゃんが俺の名前を決めたんだって、酒飲んでて酔っぱらって話してくれたこと思い出したんだ」


10羽の鳥…… とどり……

あぁ、なるほどね。


「そうだ。とおの鳥で十鳥とどり。俺の名前にもちゃんと意味が在ったんだ。もっと早くそのことを思い出していたら…… 今更そんなこと思ってもしゃーないけどな」


 彼は今猫なのに、何故だろう、彼の気持ちが伝わってきた。


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