第26話 対姦淫者戦終了
――略奪の能力により緑川とどりの名前『みどりかわとどり』を略奪しました。
ブルースクリーンに現れた表示、名前を略奪? 分からない、全くもって分からない。だけれどその効果はすぐさま緑川とどりの異変として現れた。
「あ、あ、あ、あ、な、なに、した、お、お前、俺の、な、名前……」
――みどりかわとどりの名前を略奪したことにより、対象に自我の崩壊が確認されました。元緑川とどりは現在『ノーネーム』となりました。この世界での存在を抹消されます。
「お、俺は、俺の名前は、み、みど、あぁ、くそ、お、思い出せ、ない。俺の、た、大切な、俺だ、けの、名前…… うっ、ウグッ、」
ヤツはいまいち聞き取りにくい言葉を吐きながら突然その場で膝をつき、嘔吐した。しばらくの間もどし続けてそれが終わったかと思うと――
あたしの目の前にいた男は突然霧のように消え去った。それと同時に、先程までピクリともしなかったあたしの四肢が自由になっているのに気付く。
――十大戒律の徒『姦淫』の討伐に成功しました。これにより適合者『志岐谷蒼』が負った損傷は全てパージされます。第一種特定禁忌『姦淫』の獲得に成功しました。今後適合者志岐谷蒼は姦淫者に認定されます。
――第一種特定禁忌を解放したことにより消失者1名をサルベージすることが可能になりました。解放する場合はxxxxxを詠唱してください。
いつか見たような気がするブルースクリーンの文言があたしの視界に映し出される。なんだか今回の文字は前回より少し長いような気がするけど、消失者? サルベージ? なんのことだろう。
とにかくなんでかよく分からない内に、あたしたちは十大戒律の徒『姦淫』に勝利していたらしい。何がどうなっているのか、皆目見当もつかないのだけれど。
「蒼様! お見事です! 姦淫者の討伐成功です!」
「あ、なんか、そう、みたいですね、いまいち実感はないんですけど……」
「いえ、素晴らしい采配でした! しかしこの誉、蒼様のお役に立つことができず、お恥ずかしい限り。本当に申し訳ございませんでした」
深々と首を垂れる誉さん。いや、やめて、本当に。あたしだってなんであいつを倒せたのか分かってないんだから。
かくして長かった対姦淫者戦は終わりを告げ、あたしたちはおばあちゃんが待つ1K6畳のあたしのお城へ帰るのだった。
◇
「蒼ちゃん! よく帰った! 頑張ったのお! 本当に凄い子じゃ! おばあちゃんの誇りじゃ!」
「もお、おばあちゃん大げさだって。てか痛い、痛いから」
部屋に帰って早々、おばあちゃんに抱きつかれ頭をわちゃわちゃされる。ふと見たおばあちゃんの恰好は相も変わらずプ〇キュアのパジャマのままだ。もしかしておばあちゃん一日中この恰好でいるの!?
「蒼様本当に素晴らしい戦いぶりでした。誉は感服いたしました。今日はゆっくりと休息をお取りください。わたくしは主に報告して参りますので、この辺りで失礼させていただきます」
誉さんは深々とお辞儀をして部屋から立ち去っていった。
時計を見てみると時刻は午前11時を指していた。あたしは何時にここを出たんだっけ? 時間の感覚が曖昧になっている。扉の向こうにもう何日もいた気がしていたから。
「おばあちゃん、ちょっと外の空気吸ってくる」
「あぁ、気を付けて行ってくるんじゃよ」
「うん、分かった! あっ、もうお昼だし、なんかハンバーガーでも買ってくるよ」
「おぉ! わしらいすばあがあがいい! あとぽていとも!」
「オッケー! ちなみにポテトね」
靴を履き部屋の扉を開けた。外は快晴。ほんの少し肌寒くなってきた10月のお昼前、空気は澄んでて淀んだ場所にいたあたしの体を真っ新に浄化してくれているよう。
階段を降り、いざハンバーガー屋に参らん! と思った矢先、うちのアパート周辺を根城にするアイツに出会った。
「ンニャー。ゴロロロロ」
「あ、ニャーじゃん、久しぶりだな。相変わらずお前ぶちゃいくだなぁ」
顔がくちゃっとなったところもなんだか可愛い野良の猫。頭を撫でる前から既にゴロゴロと喉を鳴らしている。野良なのに人見知りもしないこいつはこのアパートのアイドルだ。
「そういえばお前名前なかったよなぁ」
なんでだろう。今思うとなんであたしはこの子にこんな名前をつけたのだろう。余りにも印象に残ってたから? ふと思いついたから? それとも……
「よしっ! お前の名前は今日からトドリだ!」
「ンニャー」
何故だか分からないけどあたしはその猫にトドリという名前を付けた。
◇
ハンバーガー屋で何時もの如く、出来上がりまでの長い長い悠久の時をイライラしながら待ち続け、ようやくお目当ての品を受け取ったあたしは、おばあちゃんの待つあたしの城へと帰還する。
おばあちゃんお気に入りのライスバーガー。今日は具につくねの入ってるやつにしてみた。気に入ってくれるといいんだけど。
アパートの目の前まで来てあたしはいつもと違う光景に気づいた。
「あれ? あんたがまだいるなんて珍しいね? いつもはすぐにどっか行っちゃうのに」
そこにはさっきあたしが名付けたあの野良の猫が座っていた。
こいつはいつも同じところにいない。いたと思うとすぐに姿を消してしまう。なので一日に2回も会うのは滅多にないことだったのだ。
「どうしたん? お前。あっ、もしかしてあたしのこと待ってた? ははっ、んなわけないかぁ」
ひとり笑いながら階段を昇る。冷めないうちにおばあちゃんにハンバーガー食べさせてあげよう、そんなことを考えながら部屋の扉を開く。
――ンニャー!
「えっ!? 嘘でしょ? なんであんたうちに入ってきてんの!?」
あたしがトドリと名付けた野良の猫は、まるでここは自分の家だと言わんがままにあたしの城へ飛び込んできた。
「わわっ! な、なんじゃこの猫は! あっ、ぶ、ぶちゃいくじゃのう。で、でもなんか癖になる顔をしておるのう」
「で、でしょ!? おばあちゃん! なんか不細工なのにかわいいのよ、この子!」
ついついおばあちゃんの言葉でこの子がうちに入ってきたことを許してしまった。
まぁいいか。少しだけなら。
だけどその後この猫はうちから全く出て行こうとしなかった。まぁ見てて癒されるからいいっちゃいいんだけど、大家さんにバレたらヤバい。
とりあえず今日のところは突然の来客を快く歓迎することに決めた。
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