第25話 みどりかわとどりを略奪しました

「え、か、体が、動か、ない……」

「貴様! 蒼様に何をした!?」


 緑川とどりに名前を呼ばれた瞬間あたしの体は動かなくなった。なにが起こったのか理解できない。とにかく首から下が麻痺でもしたかのように、指先すら動かすことができない。


「あぁ、わりいな。俺は相手の名前を認識することで相手の自由を奪えるんだよ。死ねと言えばそいつは死ぬ。だから今そいつは俺の掌の上だ。スーツの女。下手な真似するなよ? 少しでも怪しい動きを見せればそいつは殺す。わかったな?」

「くそっ、あ、蒼様、す、直ぐに打開策を考えますので暫しのご辛抱を!」

「ほ、誉さん、に、逃げて……」


 この状況はどうしようもできない。もう詰みだ。とにかく誉さんだけでもここから逃げてもらって次につなげるしかない。もしあたしがこの後こいつに殺されちゃったらゲームオーバーだ。


「ほ、誉さん、これはゲーム、なんだから、だ、大丈夫でしょ?」

「あ、蒼様、そ、それは……」


 あたしがこの世界はゲームといった言葉に反応したのか、緑川とどりの表情が変わった。


「おい、お前何を言ってる? これがゲームだと? ふっ、ふざけるなよ!?」


 先程までのヘラヘラ顔の優男の姿はすでにそこにはなかった。そこにいるのは真剣な表情をして、物凄い剣幕で怒鳴り散らす男。


「ど、どう、したっていうのよ? こ、ここはゲームの、世界、でしょ?」


 緑川とどりがあたしと同じようなゲームのプレイヤーなのか、それともゲーム内キャラなのかはよくわからないけど、もし前者なら命を懸けてやってるようなガチ勢プレイヤーなの? ゲームに真剣だからそこまで怒ってるの? 意味が分からない。


「おい! スーツ! こいつはもしかしてこの世界のことをなんにも知らないのか!? ならお前ら一体なにもんなんだ!? カダヴェルでもコンヴィクターでもねえってことなのか!? マジかよ、ますますお前のことが気になってきたぜ。お前は絶対俺のもんにしてやる!」


 怒りの表情から驚愕、そして歓喜の表情へ、目まぐるしく変化するヤツの顔。奴は何に興奮しているの? それに『俺のもんにする?』なんであたしがこいつの物にならなくちゃいけないのよ!? それだけは絶対嫌! 死んでも嫌!

 扉を閉められたことによって相変わらず部屋に充満するガス。誉さんの両手にはマシンガンが握られ続けているけど、この状況で銃火器なんてぶっ放したら、きっと建物ごと粉々になってしまう。くそっ、本当に手詰まりだ。


「おい、スーツ、俺の方へ来い。俺を通り越してそのまま部屋の奥へ行け。これは命令だ。もし他の行動をとったらその場でこいつは殺す。これは脅しじゃあない。いいか、行け」

「あ、蒼様……」

「お、お願い、従って……」


 突然のヤツからの要求。彼は誉さんとあたしを離そうとしている。マシンガンを軽々と持ち続ける誉さんの体術でも警戒しているのか? すぐに自分が危害を加えられない位置まで彼女を誘導するのが狙い?

 言われたとおり部屋の反対側へ移動する誉さん。反対側の壁に辿り着いてそのまま壁の向こう側を向いている。


「よし、そのまま向こうを見てろ。いいか!? こっちを振り向くんじゃねえぞ。振り向いたら即この女をヤるからな」


 そしてそのままあたしへ近づいてくる緑川とどり。相変わらず趣味の悪い服装だ。見ているだけで胃が靠れそう。

ヤツはあたしの前に立つとあたしの顔をまじまじとのぞき込む。都市ガスの臭いに混じってヤツの甘い香りが鼻孔を刺す。匂いと臭いが混じって最悪のフレグランスが完成する。


「おい、お前よく見るとけっこう可愛いじゃん、そのクソだせえ眼鏡はナシだけどよぉ。もうお前は俺のもんだ。観念しろ」


 ヤツはそう言うとあたしの顔に段々と顔を近づけてきた。な、なにするつもりなの!? ま、まさか、も、もしかして、いや、やだ、初めてをこんなヤツに奪われるのは嫌だ!

 あたしの願いは虚しくも砕かれ、ヤツの唇があたしの唇と重なった。


「んっ!?」

「ア、 アガッ!?」


 こ、この野郎舌入れやがった! 余りの衝撃と気色悪さに、思わず緑川とどりの舌を思いきり噛んでしまった。


 ――警告、セルフプロテクトの為、自動的に略奪の能力を実行しました。略奪の能力により、姦淫の能力は相殺されます。


 突然視界に広がるブルースクリーン。何が起こったの? 何かが起こったのだけは確かだけれど、それが何かまで把握できない。


「ア、アガッ、い、いてえ、て、てめえ、舌噛みやがったな。くそっ、女にこんなことされるの初めてだぞ」

「あ、あんたねぇ! お、乙女の、は、初めてを! ふっ、ふざけんな! 返せ! あたしの純情を返せ!」

「あぁ!? 知るかそんなもん! つーか、おまえ、なんで俺の能力が効いてないんだ!? どうなってる?」


 何言ってるの? この下種野郎は。能力が効かない? もうすでに体が動かないんですけど! あぁ! いつまでこうしてればいいのよ! なにか、なにか手はないの!?

 どうすればいい? とりあえずこいつに話しかけて時間を稼ぐ? でも時間を稼いでどうなるの? 決定打がない分なにをしてもどん詰まりな気がする。でも、やれることをやるしかない。


「ねぇ、なんであんたは女に優しくできないの? テレビで見たあんたはこんなんじゃなかったじゃない。もっと紳士で、スマートで、繊細な人だったんじゃないの!?」


 あぁ、こんなことしか言えない。そもそもこの人がテレビによく出てた頃あたしはまだ子どもで、テレビをそんなに見てなかったあたしはこいつのことをよく知らない。なんかドラマとか出てて、そんでもって歌とかも歌ってた芸能人、その程度の認識だ。

 だが何故だかあたしの言葉は彼の琴線に触れたのか、自分の生い立ちやこうなった元凶をたらたらと語りだした。


「お前に何が分かる、知った風な口を聞きやがって。俺だってなぁ、こんな風になりたくてなったわけじゃねえんだよ! あの日、大災害があったあの日、スポンサーのお偉いさんに呼ばれた時、断っておけばこんなことにはならなかった。あの日都内のクラブに呼び出された俺は、お偉いさんたちにあてがわれた女共に薬を盛られ、いい様に弄ばれた。寄ってたかってあいつらは朦朧としている俺を…… その時だ! あの大災害が起こったのは。崩れていく建物の中で俺は誓った。絶対こいつらに復讐するってな! 気づいたらこの街にいた。復讐の機会は巡ってきた。だから俺は俺の思うがままにやってやったんだ! それの何が悪い!?」


 こいつにはこいつなりに色々あったんだな。女を無理やり襲う男がいるように、男を自分の好きなように弄びたい女もこの世には存在する。こいつの置かれた境遇を少しは理解はしたけれど、それでもやっぱりこいつがやったことは許せない!

 あたしがこいつに反論しようと、言葉を選んでいたその時、緑川とどりは一呼吸置いてから言葉を続けた。


「そもそもの間違いが俺の名前なんだよ。俺の親が俺にこんな適当な名前を、こんなクソみたいな名前を付けたのがそもそもの始まりなんだよ! もっと普通の名前だったら、太郎でも次郎でもなんでもいい。俺はこんな奇を衒った名前なんて欲しくなかった」


 何故かあたしはこいつの今の話を聞いてぶち切れた。


「あんたいい加減にしとけよ! 聞いてればさァ! なによ、全部自分の名前のせいにして! そんなに自分の名前が嫌だったら改名でもなんでもすればいいでしょうが! それに自分の境遇を親のせいにすんなよ! あんたの親がどんなんか知らないけど、今のこの状況はあんたが引き起こしたんでしょうが!」

「うるせえ! てめえに何が分かる!? そんなに言うんなら俺の名前を変えてくれよ! 俺の名前をもらってくれよ!」


 なんなんだこいつは? マジで腹が立ってきた。大人の癖に言ってることが破綻してる。マジでムカついてきた。あたしは売り言葉に買い言葉で、ついこの言葉を口に出してしまった。


「わかったわよ! もらってやるわよ! あんなの名前を!!」


 その直後――


 ――略奪の能力により緑川とどりの名前『みどりかわとどり』を略奪しました。


 突然青く染まる視界はあたしが彼の名前を奪ったことを告げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る