第24話 メルヘンチック

「え、嘘でしょ? なんで誰もいないの?」

「どういうことでしょう。八塩やしお様の予測が外れたとは到底思えないのですが」


 最上階7階で唯一残された最後の部屋には誰もいなかった。極限の緊張感で臨んだその扉の向こうの光景に、安堵と落胆が入り混じった何とも言えない感情が押し寄せた。緊張の糸は切れ腰に入った力がガクッと抜ける。

 しかしどういうことなの? なんで緑川とどりがいない? どこから逃げたの? もしかして屋上?


 あっ、屋上……

 たしかこのホテルって屋上に……


「誉さん! そういえばロビーで見たんですけど、確かこのホテルって、屋上に一室だけ豪華なスイートルームがあったんじゃなかったですっけ?」

「え、あっ! そうでした、確かにロビーにあったこのホテルの見取り図に載っていましたね。わたくしとしたことがそんな些細な見落としをしてしまうとは。申し訳ございません、蒼様」

「いやいや、そんなこと気にしないでください。あたしも忘れてたので」


 エレベーターで行けるのが7階までだったから、完全にその上階の存在を失念していた。7階よりさらに上に上がるには、エレベーターのあるロビーから少し歩いたところに設置されている専用のエスカレーターで上がるらしい。

 あたしたちは一度は緩んだ緊張を再び心に強く持つ。いよいよ正念場、この先頬けてなんていられない。あたしたちはエスカレーターに身を任せ、ヤツの待つスイートルームへ向かった。



    ◇



「ここですかね、でもなんていうかこの建物、このホテルからはえらくコンセプトがはずれてるような気がするんですけど」


 エスカレーターを上った先、屋上へ続く扉を開くとそこには平屋の小屋があった。

今まで見てきたホテルは全体を通してシックなデザインになっていたのに、この小屋だけはえらくメルヘンチックな外観をしている。まるでどこかのテーマパークのようだ。


「恐らくホテルを建てた後に増改築で作られたのでしょう。確かに余りにもこのホテルのイメージとはかけ離れていますね」


 小屋の前でそんな感想を言い合っていると突然装着している眼鏡から久々に聞く音声が流れた。


 ――警告します。当該箇所に10大災厄『逸脱者』の存在を確認しました。ご注意ください。


「誉さん! 聞きましたか? 今ブルースクリーンが現れて、ここにヤツがいるって言ってます。やはりここでビンゴのようです!」

「申し訳ございません蒼様。わたくしには何も聞こえませんでしたが、蒼様がそうおっしゃるのならそうなのでしょう。では覚悟はよろしいでしょうか? 突入いたします」

「はい! あたしはいつでも大丈夫です! 行きましょう誉さん!」


 誉さんを先頭にあたしは彼女の後ろについて慎重にドアノブに手を掛ける。ふたりで目配せし、ドアノブをゆっくりと回し部屋の中を覗く。

 すると直ぐにある異変に気付いた。

「ほ、誉さん、なんか変な匂いしません? 今までの甘い匂いとは違う、なんか玉ねぎが腐ったような……」

「これは多分都市ガスの臭いですね。部屋の中に充満させてあるのでしょうか。蒼様、その扉は開いたままにしておいてください」

「え、わ、分かりました!」


 扉を全開にして先へ進む。開けてすぐ玄関があって、その先にさらに扉があった。恐らくこの扉の向こうがベッドルーム。そこにヤツがいるんだろう。

 その扉は部屋の中には似つかわしくない、えらく重厚な鉄の扉だった。

 緊張でのどが渇く。水分が無くなってカラカラになった喉を潤す為なのか、あたしは無意識に唾を飲み込んだ。ようやくヤツを討伐できる。長かった今回の騒動もようやく終わりだ。

 あたしたちは扉を開いた。その先にいた男――


 ――そう、緑川とどりがそこにいた。


「よぉ! 遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ。でもおまえらどうやってあの場所から逃げ出したんだ? あそこには銃火器を持たせた女どももいたはずなのによく生きて出れたな」


 扉の先のヤツを認識した時あたしたちの背にあった扉が突然閉まった。


「しまった! 閉じ込められた!」

「蒼様落ち着いてください。こいつを殺せばすぐに出られますので」


 緑川とどりはベッドに腰かけたまま余裕の笑みを浮かべていた。


「おいおい、殺すとか物騒なこと言うなよ。まぁ仲良くしようぜ。一旦はおまえらのこともういいやって思ったけどよお、あの修羅場を切り抜けたんだ。俄然お前らに興味が沸いたぜ。どうだ? もう1回聞くけどよお、俺の仲間になれよ? 悪いようにはしねえぞ」

「なにを戯れ言を。あのようにあなたを慕う女性達を道具のように使い捨てるような鬼畜の仲間になるはずがないでしょう」

「てめえに聞いてねえよ。俺はその後ろにいる子に聞いてるんだよ。なぁ、どうだ? 俺の仲間になるなら今前味わったことのないような快楽をお前に与えてやるぞ。それに我が儘だって言いたい放題だ。ここでは全てが許されるんだ。どうだ? その気になったか?」

「そんなこと言われて仲間になるわけないでしょ!? あんたはやっぱりどうにかしてる。ここで討伐しておかないと、きっと被害者はどんどん増えていく。女の子達があんな風になるのはもう見たくないの! だからあたしたちはあんたを倒す!」


 思いのたけをぶちまけた。やっぱりこいつは女の敵だ。少し容姿がいいからってそれで女の子達を手玉に取って、いいように使い捨てる。こんなヤツは絶対に許せない。


「はぁ、しょうがねえな。なにそんなに怒ってるのかわかんねえけどよ、俺は顔がいい、そんでそれが好きで股を開く女どもがいる。それだけのことじゃねえか。まあいいや。えっとよぉ、最後におねえちゃん、名前教えてくんねえ?」


 緑川とどりがあたしの名前を聞いた直後誉さんが何かに気づいたのか、こちらを振り向き何かを言おうとした。でもあたしはその時それに気づかず、聞かれたままにあたしはあたしの名前を答えてしまった。


 ――蒼様! 答えてはなりません!


「えっ? な、名前? あぁ、あたしは志岐谷蒼しきたにあおよ」


 その瞬間あたしの体はあたしでは無くなった。

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