第23話 こ、こんなとこ全然平気だし!

「分かったな、蒼ちゃん。ちゃんと私の言ったことを守るんじゃぞ」

「え、あの、言ってる意味がよくわかんないんですけど、欲しいと思うなってどういうことですか?」

「言葉そのままの意味じゃ。うーん、まぁいいかのう。よく聞くんじゃ蒼ちゃん、今蒼ちゃんの左目には略奪者の力が宿っとる。それはほしいと思ったものを奪う力じゃ。もんの凄い力じゃが使い過ぎると、力を使ったものへ代償が降り注ぐ。その代償が何かは私にも分からん。とにかくよくないことが起こるのだけは確かなんじゃ。だから蒼ちゃん、私との約束を守ってくれ。どうかお願いじゃ」


 あ、あたしの目にそんな力が宿ってるなんて。いや、確かにここ最近ずっと目の調子が悪かったのだけれど、それとも関係があるの? でも目の異常はゲームから出た後も続いてるんだけど。これは一体……


 あたしは八塩さんに分かりましたと伝えた。だってそういう他なかったから。でも、もしこの力を使わざるを得ない状況になったら、きっとあたしは使うだろう。もちろん私利私欲の為なんかに使うつもりは毛頭ないけど、どうにもならなくなった、手詰まりになったその時はきっと躊躇はしないだろう。


「まぁよい。それじゃ緑川とどりのところまで案内するかの。もし誉の攻撃が効かんかった場合はすぐさま逃げるんじゃぞ? もしその時誉を置いていくことになっても躊躇するんじゃない。こいつはゲーム内ではNPCとしてここにおる。じゃから…… 頼んだぞ」

「わ、分かりました……」


 いくら誉さんがNPCとしてここに居るからと言って、そんな、置いていくなんて真似はしたくないのだけれど。

 あたしたちはその後八塩さんに案内され、とある建物へと足を運んだ。



    ◇



「えっ? ここですか? ここにあいつが潜伏していると?」

「そうじゃ、あいつは此処におる。入っていくのを確認しとったから間違いない。それに此処から出て行った様子もないしの。ではくれぐれも用心していくんじゃぞ」

「は、はい!」


 そういって八塩さんは何処かへ立ち去っていった。はぁ、八塩さんが一緒についてきてくれれば万事問題解決のような気もするのだけれど、彼女の都合もあるのだろう。無理強いはできない。しかし……


「本当にここ入るんですか? あたしこういうとこ入ったことないんですけど」

「心配いりません蒼様。わたくしも初めてでございます」

「で、ですよねぇ……」


 あたしたちの前に聳える建造物。そう、それは――


 ――ラブホテルだ


 はぁ、あたしこんなとこまだ入ったことないのに、初めて入る相手が女性で、しかも誉さんだとは。ま、まぁ、別にこんなとこ来たかったわけじゃないしぃ、どうでもいいんですけどぉ。


「蒼様? 如何なされましたか? 準備がよろしければそろそろ突入しようと思うのですか」

「あっ! あ、はい、大丈夫です。あはは……」


 何をあたしは照れているんだ! 別にこんなとこ入るのなんてなんてことないし!

 全体的に薄暗い照明で、どこをどういったら建物の中へ入れるのかよく分からない作りなんだけど、ずんずん進んでいく誉さんの後を付いていくと、どうやらロビーらしきところへ辿り着くことができた。


「うわっ、なんか変な甘い匂いがしませんか? こういうところってこういうものなんですか?」

「申し訳ありません、わたくしもこういった場所が普段どのような匂いをしているのかは存じておりませんが、この匂いは…… 恐らく違うかと」


 建物内に充満する甘い香り。その匂いを嗅ぐと、まるでクラブハデスでお酒を飲んだ時のような、心地良い高揚感と体から力が抜けていくような安息感を感じた。


「これもヤツの力のひとつなのかもしれません。蒼様できるだけこの香りを吸わないようにご注意願います」

「え、いや、それ息するなってことと一緒ですよ!? あ~、マスク持ってこればよかった」


 そんな後悔をしたところでもう手遅れ、とにかく今はヤツの居場所を探すのが先決だ。あたしたちはどうやら通常どおり稼働しているエレベーターで、2階からしらみつぶしに全ての部屋を調べていくことにした。



    ◇



「誉さん、いませんね。あいつ何処に隠れてるんだろ。あっ、でもさっきのは一体なんだったんですかね?」

「わたくしにも分かりかねます。確かにあれは異常な光景でした……」


 あたしたちはすべての階の部屋をしらみつぶしに調べていくべく、ひとつずつ部屋の扉を開けていった。

 最初に開けた部屋は無人だった。さすがにいきなり最初の部屋にはいないだろうなと思いながら扉を開けたのだけど、案の定誰もおらず、ホッと胸を撫で下ろしていた。その後なんでいなくて喜んでるんだよ! とひとりツッコミを入れたりしていたのだけれど、次に開けた扉の先には予想外の光景が広がっていた。

 その部屋には裸の女性がベッドの上で5人ほど横たわっていた。まさか死んでる!? と思い息を確認したけれどどうやら寝ているだけらしく、あたしたちはその部屋をあとにしたのだ。その後もそんな部に多数遭遇することとなった。

だけどヤツの姿はなく、とうとう最上階まで来てしまった。


「誉さんなんかあれよあれよという間にここまで来ちゃいましたね。この階に居るんでしょうかね?」

「八塩様がこのビルからは出ていないとおっしゃっていたので、まず間違いないでしょう。蒼様、どうぞお気を付けください」

「了解っ!」


 ゆっくりと一部屋ずつ扉を開いていく。ここまでくるとほとんどの部屋で裸の女性がベッドで横たわっている。部屋の中は特に甘ったるい匂いが充満していて、思わずむせそうになる。なんだろう、ついさっきまでそこで男と女が情事に耽っていたような、そんな淫靡さを感じた。いや、あたしそういったことしたことないから只の憶測だけれども……


 ひとつ、またひとつ、扉を開いていく。いない、まだいない。あいつは何処に潜んでいるの? いい加減早く現れなさいよね!

 そんなこんなでとうとう最後の扉。なんつー確率なの? こんなことってある? まぁ只一番奥の部屋がここだったってだけなんだけど。


「ほ、誉さん、いよいよ最後の部屋ですよ? 準備はオッケーですか? あたし心臓がバクバクでもう破裂しそうなんですけど」

「蒼様落ち着いてください。深呼吸をして。ヤツの排除はわたくしがいたしますので、蒼様はどうぞ、わたくしの後ろに隠れていてください」

「は、はい! お願いします!」


 超絶他力本願なあたしは全力で誉さんにお願いする。

 さぁ、いよいよ扉を開ける。よ~っし、待ってろ緑川とどり、今度こそ討伐してやるんだから!

 ゆっくりと扉を引く。段々と部屋の中の様子が露わになる。

 そして扉は完全に開かれた。部屋の中には――


 ――誰もいなかった

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