第22話 着物女子八塩さん

「あ~、娘っ子、名はなんと言う?」


 突然妖艶な女性に声を掛けられた。燃えるような紅い髪に、まるで極妻にでてくるような着物を着た女性。いやまぁこの辺りならこういった着物を着ているご婦人も普通にいるのかもしれない。田舎者のあたしはこんな大都会の事情には疎いのだ。


「おい! 娘っ子! 名を聞いとるのだが?」

「え、あ、はい、志岐谷蒼しきたにあおです。19歳の水瓶座です」

「星座は聞いとらんわ。志岐谷が姓で名が蒼じゃの。承知した。では蒼ちゃんと呼ぼうかの」

「あ、蒼ちゃん…… まぁ、はい、それで結構です。そ、それでさっき言ってた助けてくれるというのは、どういった意味なんでしょうか?」


 光沢のある黒の生地に金の煌びやかな牡丹の刺繍を施した艶やかな着物を華麗に着こなす女性。なんか彼女の意図はいまいち読めないけれど、下手なことを言って機嫌を損ねたらなんか小指でも詰められそうだ。ここは言葉遣いにも細心の注意を払わないとね。

 しっかし綺麗な女性だなぁ。背はスラっと高くてちょっと目つきはきつめだけど、ほりの深い整った端正な顔立ち。服装も相まって女優さんって言われたら信じちゃうくらい。


「なぁに、言葉の意味そのまんまじゃ。蒼ちゃんが探しとる相手『緑川とどり』の居場所を教えてやるということじゃ」

「えっ!? あいつの居場所が分かるんですか!? ぜ、是非教えてください! ていうかなんの手掛かりもなくて探すの諦めかけてたんですよ! ねっ? 誉さん!」

「あ、あぇ、そ、そうですね、はい、そのとおりです」


 ん? どうしたんだろう誉さん。なんだか歯切れが悪いような気がしたけど。

 でも彼女は着物の女性に対して警戒している様子もないし、きっと彼女はあたしたちを本当に助けてくれるつもりなんだろう。最初はちょっと、っていうかかなり怪しい~って思ったけど誉さんのお墨付きをいただいたんだ。よしっ! これでゲームクリアに少し近づいた!


「ほんで蒼ちゃん、わし、じゃなかった、私は緑川とどりがいるとこまでは案内するが、そこから先はどうするのか考えてはおるんか?」

「えっ、え~っと、それは……」


 やべっ、なんにも考えてないよ~。う~ん、確かにあいつに辿り着いてもどうやって倒せばいいの? 


「そこは問題ないかと。ヤツと対峙さえすればわたくしがヤツを排除いたしますので」

「本当ですか!? よしっ! これで勝つる、です!」


 そうだそうだ! 誉さんのマシンガンであいつをハチの巣にしてもらおう!


「もしヤツに誉の武器が効かんかったらどうするつもりなんじゃ? それ以外にもなにか対抗策があるんか?」

「えっ、いえ、それは、対抗策は~、はい、特にないです……」

「確かにそれもそうですね。それにヤツがどうやってあれほどの数の女性を操っていたのかもまだ不明です。わたくしは武器と消失しか扱うことができませんし」


 消失? なんのこと? あっ! 分かった! あたしの服についた血痕を消してくれたヤツのことだ! 

 あの必殺技で緑川とどりを消しちゃうことはできないのかな?


「まぁそうじゃの、他の人形は連れてきてはおらんのか?」

「え、あ、はい、わたくしだけ同行しております。あ、あの、ちょっと……」

「な、なんじゃ、おい、こらっ、服を引っ張るでない!」


 突然誉さんが着物の女性の裾を引っ張り、どこかへ連れて行ってしまった。

 なになに!? どういうことなの? あっ、もしかしてあのふたり知り合いだったとか? でもなんだろう、ふたりで秘密の会話か何か? うーん、気になります。



    ◇



「なんじゃ! 急に! あ、誉よ、ここではわしのことは八塩やしおと呼ぶように。そんでここに連れてきた理由を述べよ」

「述べよではありません。えぇと、八塩様、何故あなたがここにいるのです?」

「それは決まっとろうが。蒼ちゃんを助ける為じゃ。それ以外になにがあるっつーんじゃ」

「あなたがここに来ていることを主は知っているのですか?」

「あ? 知っとるわけなかろうが。あいつに言ったら止められるに決まっとるからの。我らがこの世界へ干渉するのは道理に外れるとか言っての。そんなこと言っとる場合ではないっつーのに! わしは蒼ちゃんが心配で堪らんのじゃ! ということで誉よ、あのクソったれにはわしのことは言うんじゃないぞ。分かったか?」

「え~、あ~、まぁ、はい、分かりました。ですが我々への干渉はできるだけ控えてくださいね。きっと主には主の考えがあるのだと思いますので」

「分かった分かった。蒼ちゃんに怪しまれたら嫌じゃからそろそろ戻るぞ」

「はぁ……」



    ◇



 しばらくしてふたりが戻ってきた。

 なにやら誉さんが溜息をついている。何かあったんだろうか? 


「すまんかったの蒼ちゃん、こいつが私のサインを欲しがっての。書いてやっとったんじゃ。なぁ誉よ、そうじゃな?」

「はっ!? あっ、はい、そのとおりです、蒼様」

「えっ!? もしかして本当に女優さんかなにかなんですか? あっ、すみません、あたしあなたのこと存じてなくって……」

「えっ? じょ、女優? あ~、うん、そうじゃの、そんなところじゃ」


 うわ~、なんかあたし失礼な態度取っちゃってたかなぁ。まぁしょうがないか。知らないのは本当だもんね。

 この後あたしは彼女から自己紹介を受けた。名は八塩さん。なんか変わった名前だけど芸名なのかな? 

 ふたりを待っている間あたしは考えていた。緑川とどりをどう討伐するのかを。もし誉さんのマシンガンが効かなかった場合、なんにも手がない、って思ってた。でも……


「あの! あたしさっきクラブハデスでなんだか不思議な力を使ったんです。あたしが皆どっかに行って! って願ったら本当にそのとおりになったんです。もしかしてまたおんなじことができるんじゃないかなって……」


 めちゃくちゃ曖昧で、なんて説明したらいいかわかんなかったけど、もしこれがゲーム内であたしに与えられたスキルとかだったのなら倒せるんじゃない?

 それにこの色々知ってそうな八塩さんならこのスキルについてもなにかアドバイスをくれるかもしれない。そんな淡い期待もしながらの提案だったのだが……


「絶対ダメじゃ! いいか!? あれはもう絶対使うな! いや、そもそもの話、どうやってあれが成ったかお前さん分かっておらんじゃろう。とにかく! いいか、これは私との約束じゃ。今から言うことをよく聞いておけ」


 彼女がその後続けた言葉。あたしにはそれが理解できなかった。あたしはあたしの目についてなにも知らなかった。そもそもこの時点であたしの目にそれほどまでに異変が起きているなんて、気づく由もなかった。


 ――ほしいと思うな。奪おうと思うな。私との約束じゃぞ、蒼ちゃん


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