第19話 クラブハデス
「蒼様大丈夫ですか? 左目が見えなくて不便かとは思いますが、わたくしが全力でサポートいたしますので、どうかご安心を」
「はい! ありがとうございます! じゃあいっちょ行っちゃいますか!」
次の日あたしたちは再び謎街へ向かう為、1K6畳一間のあたしのお城に集まった。
現在の時刻は午前10時、どうやら誉さんはあたしに多少の気づかいをしてくれるようになったみたいだ。おかげで今日の朝はゆっくり、ゆったりの贅沢な朝を過ごすことができた。
おばあちゃんといえば相も変わらず、おへそを出して寝息を立てている。おばあちゃんときたら夜は午後7時には寝ちゃうのに、よくもまあこんなにも寝ていられるものだ。逆に感心する。ていうかおばあちゃん帰んなくていいのかな?
そういえば向こうへバッグとか持ってったほうがいいのかな? なんか必要なアイテムとかあったらそれに入れたり~とか、さすがにこのゲームにそこまでの機能はないか~。
あっ! そういえばこの前当たったバッグってどうしたっけ?
ふと気になって辺りを探してみたのだけれど何処にもない。送られてきた状態のままその辺に置いておいたのに……
もしかしておばあちゃん粗大ごみと間違えてゴミに出したりしてないよね!?
カァカァ寝息を立てるおばあちゃん。帰ってきたら聞いてみよう。
「では眼鏡の装着をお願いいたします」
「了解でっす!」
アナログチックな不思議な眼鏡、もとい次世代型VRゲーム機を装着し、あたしたちの目の前に扉が出現した。
◇
「む? おかしいですね。扉の出現位置が前回と変わっています。これは一体……」
「あ、あ~、えぇっと、な、なんでですかね~、あはは……」
やべ~! 扉の出現ポイント自由に変えられるようになった言い訳を考えるの忘れてた! ミリアちゃんと会ったことは内緒にしといってって言われてたしなぁ。まあいいや! あたしもわかんないってことにしとこう。
「なんでかわかんないですけど、とりあえず探索開始しましょう!」
「え、あぁ、そうですね。参りましょう」
今回出現ポイントに選んだのは前回緑川とどりと出会った風俗店が立ち並ぶ繁華街。現時点での情報源はあいつしかいないし、本当は話したくもないけどあいつから色々と聞きだすのが最善だろう。
前回あいつがいた地点まで来てみたけどそこにあいつの姿はなかった。うーん、どうしたものか。闇雲に探しても見つかる気がしないし、時たますれ違う人達は誉さんによれば全員カダヴェルだという。
しばらく繁華街をぶらついていると、物凄く際どい下着みたいな恰好をしたお姉さんとメイド服を華麗に着こなした若い女性たちに出くわした。
「こんにちは~! 女の子ふたりでお散歩ですかぁ? あっ! ふたりとも可愛い~! えっと~、ここの近くにぃ、男子禁制のぉ、女の子だけ入れるバーがあるんでぇ、よかったら来て下さぁぁい!」
「えっ、えっ、えっ、あ、はい、え、あはは……」
突然メイド服の女の子に話しかけられテンパってしまった。あたしには愛想笑いで返すのが限界なのだ。はぁ、でもメイド服可愛かったなぁ。いいなぁ、あたしも一回着てみたいなぁ、なんつて。
「蒼様今の女は確実にカダヴェルだったのですが、あそこまで違和感なくこちらへ接触してくるのは少し怪しいですね。ヤツの言ったバーというところへ潜入してみましょう」
「え、でもあたし未成年だし、バーなんて入ったら怒られちゃうと思うんですけど」
「ここはゲームの中です。未成年でも問題ありません」
あ、そっか。ここはゲームの中なんだった。あまりにもリアル過ぎて現実とごっちゃになっちゃうや。
「あ、あの、じゃあお言葉に甘えて行ってみちゃおっかな~、なんて……」
「え~! やったぁ! 来て来てぇ! ふたりとも絶対楽しいと思うからさぁ! よぉぉっし! 2名様ごあんな~い!!」
あたしたちはメイド服の女の子に案内され、とあるビルの地下にあるバーへと向かった。
◇
「ここここ~! ここだよぉ! 地下の階段を降りてくと~、あたしよりも~っと可愛い女の子が立ってるからぁ、その子に声かけてあげてね~! じゃあね~!」
「あ、は、はい、ありがと」
え、今の女の子もかなり可愛かったんですけど!? あの子よりもっと可愛い子がいるの? あぁん、目の保養になっちゃう~! 可愛いは正義なんだよね~。
「蒼様? 如何されました? 顔が惚けれおられますが? なにか不調な箇所が御座いますか?」
あ、はい、すみません、頭がちょっと不調かもしれません。はい……
誉さんにツッコミの自覚のないツッコミを入れられ我に返るあたし。うん! 油断は禁物、いくらこの先に可愛い女の子が待ってるからと言って、敵の罠かもしれない。気を引き締めていかなくちゃ!
「は~い、こっちですよ~。可愛い女の子がいっぱいで~す! 皆でワイワイ楽しんじゃいましょう!」
鋼鉄製の重そうな扉の前でメイド服の女の子が手でハートマークを作り、いわゆる萌え萌えきゅんのポーズを取る。思わず釣られてあたしもおんなじポーズをしてしまう。その時。
――警告します。当該箇所に10大戒律『姦淫』の存在を確認しました。ご注意ください
は!? ここにいるっていうの!? あたしたちのターゲットが。ていうか次の相手は姦淫? っていうのね。よく考えたらターゲットがなにかも分からずにここまで来てたわ。
「蒼様! ご注意願います。わたくしの後ろに下がっていてください」
「え、あ、はい! お願いします!」
メイド服の女の子に導かれ重そうな扉をくぐると、そこは煌びやかな七色の照明と、頭の中に直接響くような重低音の音楽が大音量で流れる、いわゆるクラブのような空間だった。
「は~い、楽しんでってねぇ。ドリンクは飲み放題だからぁ、カウンターのバニーちゃんに声かけてあげてぇ。そんじゃあね~! おっ楽しみ~!」
「あ、はい、ありがとね、メイドちゃん」
いやぁ、それにしても圧巻の光景だ。フロアには沢山の女の子が引きめき合って踊っている。コスプレしている子、スーツ姿の女性、着ぐるみを着ている子、下着姿の子、なんならほぼ全裸の子なんかも踊り狂っていた。
「あ、あの、あたしこういったアダルトなところは初めてきたんですけど、誉さん来たことあります?」
「え? わたくしですか? 知識としては存じていますが、この身で来るのは初めてですね。ここがジュ〇アナですか……」
いや、違うと思いますけど…… この人案外天然なのかな。
いかんいかん! つい気が緩んでしまった。ここには例のターゲットが潜んでいるみたいだし、気を緩めず、油断せずいこう!
無数の女性の甘い匂いをかきわけ、ソファーやテーブルの置いてあるスペースを目指す。とりあえずこの人込みではどうにも動きづらい。体の自由が利くある程度開けた場所を目指したのだ。
「ねぇねぇ、なんにも飲んでないの? お酒持ってきてあげるからさ。何飲む? ビール? ワイン? ブランデー? カクテルとかも色々あるからね~」
「えっ!? いやあたし未成年なんでお酒飲めないです」
「何言ってんの~! ここはハデスだからそんなの関係ないよ~。いいじゃん! 飲んじゃえ飲んじゃえ~!」
ん? ハデス? なんだそれ? ここのお店の名前? いやでもなぁ…… あ、でもここゲームの中だから別に飲んでも許されるのかな。実はお酒ってどんな味がするのか気になってたんだよね~。
「え、じゃあ甘いヤツお願いできます?」
「あいよ~! す~ぐ持ってくるからね~。ちょい待ち~!」
「蒼様! いけません! ここにターゲットがいる可能性が高いのですよ!」
「あ、いやぁ、あんまりしつこいしさぁ、とりあえずもらっておくだけもらっとこうかなぁって」
「な、ならいいのですが……」
しばらくして下着姿の女の子がお酒を持ってきてくれた。
「は~い、お待たせ~! 甘いミルクのお酒だから飲みやすいと思うよ~。さぁさぁ! 一気にいっちゃってぇ!」
「え、あ、あの、あとでいただくんで」
「え~! おねえさんあなたの飲んでるとこ見た~い! ほらぁ! み~せ~て~!」
あぁもう! こんなことになるなら頼まなければよかった。くっそ~、飲むしかなくなっちゃったじゃないの~。しゃーない! 覚悟を決めろ志岐谷蒼!
あたしはコップを手に取り恐る恐るそいつに口をつけた。
あ、甘っ! なにこれジュースみたい! あっ、美味しいかも!
「蒼様! 飲んではいけないといったではありませんか!」
「あ、ご、ごめんなさい、なんか押しに負けてしまって。でも全然大丈夫ですよ。これ甘いし、美味しいですし」
「はぁ…… とにかく! もうこれ以上飲むのはおやめください」
「え~! いいじゃ~ん! ねぇ、お嬢さ~ん! 飲んじゃいなよ~! 美味しいでしょ~? ほら、一気! 一気! 一気!」
え~、でも~。あぁ、でもこの下着姿の女の子めっちゃいい香りする~。はぁ、たまらん~。めっちゃ胸当ててくるし~。あたしにはないものをこうも惜しげもなく当てられると~。
「じゃあこの1杯だけね」
「やった~!」
両手を上げて喜ぶ下着姿の女の子。溜息をついて両肘をテーブルにつく誉さん。あたしはコップの中身を飲み干し、ぷはぁ~! はぁ、甘くておいしかったけど、なんだか頭がぽわ~っとする。これがアルコールの力ってヤツ?
ほんのりほわほわするあたしの横に座っていた下着姿の女の子は、じゃあね~っと言ってテーブルから去っていった。去り際にすぐ代わりの子がくるからね~っと言って。
しばらく座っていると、突然フロアで踊っていた女の子達の動きが止まった。
「え? なになに? どうしたの? なんで皆急に踊り止めちゃったの?」
「蒼様、警戒を怠らぬように」
はいと返事をしている最中、フロアに溢れかえっていた女の子達が突如中央に人がひとり通れる程度の道を作った。まるでモーセの海割りのように。
「よお! よく来てくれたな。お前らが来るのを待ってたぜ。どうよ!? 楽しんでくれてるか?」
「え!? あんたは……」
癇に障る甲高い声であたしたちを歓迎する男。
そこにはあのいけ好かない優男『緑川とどり』が立っていた。
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