第18話 十二光玉虹彩
俺の名前は緑川とどり。物心ついた時に自分の名前に違和感を覚えた。
とどりってなんだよ? なんで俺の親はこんな名前を付けた? 親に聞いてもくだらねえ返答が返ってくるだけだった。みどりかわのどりと名前のとどりのどりを掛けてみたっていう頭の悪すぎる返答が。
俺は自分で改名できる年になったら絶対に名前を変えてやろうと思っていた。だけど俺は容姿だけは恵まれていた。街で歩いていた時スカウトに呼び止められ名前を聞かれた。俺の名前を聞いたスカウトは、俺のことを絶対売れるからうちに来てくれと懇願した。
「みどりかわとどり!? めっちゃいい! それ本名!? いいよ~、すごくいい! 絶対売れる! 『みどりかわとどり』ってなにそれ語呂で決めた感じ? ご両親センスあるね~! うん! 君は本名でいこう! ねっ! 頼むよ~」
そうして俳優緑川とどりは誕生した。
地元と東京を行き来する毎日。東京に腰を下ろすのはどうしても性に合わなかった。終わることを知らない喧噪。嘘と打算で構築された人間関係。俺を見れば無条件ですり寄ってくる女ども。
性欲がないって言えばウソになるが、なにも考えず、打算で股を開く女には全く興味がなかった。
そして俺はあの日、スポンサー企業の重役に東京のとあるクラブに呼ばれたあの日、あの大災害にあった。そしてそこから全てが狂いだした……
◇
ミリアちゃんと会った翌日。
現在の時刻は午前4時。まさか、そんなことはないだろうな、うん、さすがに彼女でもその辺りのTPOは弁えているだろうな、と思っていたのだが……
――ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポン……
「マ、マジか……」
――ガチャッ
「おはようございます。蒼様お迎えに上がりました。さぁ、参りましょう」
「えぇと、あのね、誉さん、さすがにね、早すぎると思うんだよね。いやだって今何時か知ってる? 午前4時だよ? まだ外暗いよね? さすがに早すぎるよね? もうちょっと明るくなってからでもよくない?」
「え? ですがわたくし午前2時には起床しておりますので」
いやそれはあなたの都合でしょ!? あたしはまだ寝てんの! 仕事も行かなくていいからできることなら午前10時くらいまで寝てたいの! おばあちゃんは昼過ぎまで寝てるしね! できることならおばあちゃんの隣で惰眠を貪りたいの!
頭の中でこんな考えが渦巻いていたけど、誉さんの表情はあたし何かおかしいこと言っちゃいました? みたいな顔をしているので、何も言えなくなってしまった。
「あの、今準備するんでそこのテーブルに座ってお茶でも飲んでてもらえます?」
「えぇ、承知しました。ん? よく見るとこの部屋かなり汚れていますね? 蒼様が準備をしている間、掃除を行ってもよろしいでしょうか?」
え? マジ? 誉さんにそんな小間使いみたいなことさせてもいいの? 後でメル先生に怒られないかな。まぁでも本人がやりたい感出してるし、まっ、いっか。
「誉さん、いいんですか? もしお願いできるなら是非やってほしいんですけど、メル先生に怒られたりしませんよね?」
「え? もちろんです。そんなことで我が主は怒ったりしません。では失礼して掃除を開始させていただきます」
彼女はそう言って掃除をし始めた。朝の4時から掃除機をかけて、部屋にあるものを外へ出し、まるで今は年末なのかと思えるほどの念入りな掃除を始めたのだ。
鼾をかいて寝ていたおばあちゃんは、体を引きずられてキッチンへと連れていかれた。引き摺られているにも関わらず全く起きる気配のないおばあちゃん。一体この人どうなってんの?
掃除は結局2時間ほど続き、あたしはその間にキッチンで立ちながらだけど、食事を摂ることができた。その後化粧をするために鏡の前来たのだが、なんだか左目がおかしい。
「え、な、なにこれ……」
最近視力が落ちてきていたのだが、もしかしてこれのせい?
「蒼様掃除が完了いたしました。では参りましょうか」
「あ、お疲れ様です。なんかすみません、掃除なんてさせちゃって。じゃあ行きますか」
「えぇ、ん? 蒼様、ちょっと失礼」
彼女はそう言ってあたしの顔をまじまじとのぞき込んできた。その距離は約15センチ。
えぇ、なになに!? あたし可愛い子を愛でたい気持ちはあっても、そっちの趣味はないんですけどぉ! いや、でも、どうしてもっていうなら……
あたしは思わず目を瞑って唇を尖らせたのだが、どうやら彼女の目的は違ったようだ。
「あの、蒼様、なにをしておられるのですか? 目を開けてくださらないと困るのですが」
「え!? あ、あぁ、で、ですよね~、あはは……」
恥ずかしい勘違いに思わず赤面しつつ、再度目を開く。彼女はあたしの目の異変に気付いたのか、しばらく観察したかと思うと、こう切り出した。
「蒼様、今日のターゲット追跡は止めにしましょう」
「え!? いいんですか!? で、でもどうしてですか?」
「今から主の待つ医院へ向かいます。その眼を主に診てもらいましょう。わたくしでは正確な判断がつきませんので、主に診てもらうのが一番かと」
「え、もしかしてなんかヤバそうな病気かなんかですかね?」
えぇ~、嫌だよぉ。怖いよぉ。でも悪くなる前にちゃんと診てもらったほうがいいもんね。あぁ、よかった、勤め先が病院で。
そうしてあたしたちは一路徳倉ウィメンズクリニックへと足を運んだ。
◇
時刻は午前6時半、当然医院はまだ開いてない。
医院が開くのは午前9時だ。今からここで待つつもりなんだろうか? こんなことなら家で待っていたほうが良かった気がするのだけれど。
「蒼様、こちらです。こちらから入れますので」
誉さんは医院の裏口の鍵を持っているらしく、そこから入るという。確かそこはメル先生の仮眠スペースだと思ったのだが。なんだか嫌な予感がする。
「主、起きてください。主! 早く! 起きてください!」
「は? え? 誰? ほ、誉君? な、なんだ、や、止めろ、ゆ、ゆするな!」
ベッドで就寝中だった先生の両肩を思いきりゆすり、無理やり起こそうとする誉さん。上下に頭をゆすられて枕に頭をガンガン打ち付けられるメル先生。
なんなんだ、あたしは一体何を見せられているんだ?
その後しばらくメル先生に怒られる誉さんをボーっと眺めながら待っていた。
お説教が終わり、パジャマの上に白衣を羽織ったメル先生があたしを呼んだ。
「はぁ、誉君が失礼したね。彼女はあまり人の都合を気にしないのでね。本当に困ったものだ。まあそんなことは置いておいて、蒼君、目をよく見せてみたまえ」
「は、はい。もしかしてなんかヤバい病気とかですかね? 痛いのは嫌なんですけど」
「いや、あぁ、そうか、これは……」
あたしの目をほんの少しだけ診ただけで、先生はなにかに気づいた様子だった。いつもあまり感情が顔に出ない先生なのに、やたら神妙な面持ち。
暫く考え込んだと思うと、先生のベッドの横にあった引き出しから、なにかを取り出した。よく見てみると目薬のようだ。でも、なんか黒い…… 怪しげな黒い液体が入ってる……
「とりあえずこれを1日3回朝昼晩点眼しておきなさい。そして普段は左目に眼帯をしておくように。しばらくすれば症状も収まるだろう」
「は、はい! ありがとうございます!」
目薬と一緒に手渡された眼帯を受け取り、一旦あたしだけ家に戻ることになった。誉さんは先生となにやら話があるらしい。早速眼帯をつけてはみたものの、やはり右目だけだと見えにくい。バランスがなんだかとりずらいような気もするし。まぁしゃーない! 先生は症状は収まるって言ってくれてるし、しばらくの不便は甘んじて受け入れよう。
◇
「誉君、何故もっと早く気がつかなかったのだね!? もうすでにふたつ消費していたではないか!
「も、申し訳ございません、我が主よ。完全にわたくしの失態です。今後は彼女があの権能を使用しないように常に目を光らせておきますので、どうかご安心を」
「はぁ、略奪者の権能がどのように発現するかは出てみんことにはわからんのだが、よりによって目に発現したか。まぁこれ以上力を行使しなければ問題ない。誉君頼んだぞ」
志岐谷蒼の左目に発現した異質で異色な虹彩。12の光の玉、
志岐谷蒼に発現した異形の瞳を徳倉メルは『
十大戒律『略奪』を継承したことにより授かった力。
これがなにを意味するのか、今はまだわからない。
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