第17話 ミリア

「ごめんね、急にこんなところに連れ出しちゃって」

「え、いや、はい、全然大丈夫です」


 町全体を見渡せる小高い丘の上にある小さな公園。滑り台やブランコがこじんまりと設置されているのは、きっと近くに住む若い住人達がここで小さい子どもを遊ばせる為のものだろう。

 突如目の前に現れた女性。年齢は14,5歳くらいだろうか? まだあどけなさが残る、かと言って子どもとも言えない大人と子供の狭間くらいの女性。


「警戒しちゃってるよね? でも安心して。別にあなたに危害をくわえるつもりはないから。ただお話したかっただけ」

「は、はい、ちょっと状況がうまくつかめないんですけど、そういうことなら、はい」


 あぁ~! あたしコミュ障だわ! うまいこと言葉を返せない! てかこの子も可愛いなぁ。マリアちゃんといい、なんで最近あたしの周りにはこんなかわいこちゃんばっか登場すんのよ!?

 そんなくだらないことを考えているあたしに、彼女はこう問いかけてきた。


「あなたこの世界どう思う?」

「え、あぁ、すごいゲームだと思いますよ。ゲームだなんて信じられないくらいリアルですし。あっ! もしかしてメル先生のお知り合いですか?」


 彼女は少しの沈黙の後ベンチに腰かけていた体を持ち上げて、スカートの皺をはたきながらこう言った。


「えぇ、そうね、あの子の知り合いよ。彼の言うところのゲームの…… ゲームマスターっていうのかな? そう、そんなかんじよ」

「えっ! すごいです! てかこんなゲームどうやって作ったんですか? あたしそういった知識全くないんで、想像もつきませんよ」


 こんな年端もいかない少女がメル先生とこのゲームを作ったなんて! やっぱ世界には天才っているもんだなぁ。メル先生のことあの子って呼んでるし! しかも彼女はゲームの中にまで現れている。メル先生はゲームに参加できないって言ってたのに。ということは彼女はメル先生より優れたゲームマスターってこと!?


「蒼ちゃん、って呼んでいいかな? 蒼ちゃんは楽しい人だね。私の事も全然怖がらずに話してくれる。私久しぶりに人とおしゃべりしたから実はすごく緊張してたのよ」

「えっ! そうなんですか? じ、実はあたしも結構な人見知りなんで、ミリアちゃん、でよかったかな? ミリアちゃんが現れた時すんごく緊張してたんだよ」


 彼女の柔らかな笑顔を見て、思わずタメ口になってしまった。でも彼女はそんなことには気にも留めず、あたしの話を笑顔で聞いてくれる。あぁ、なんていい子なんだろう。できることならうちに連れて帰りたいくらいだわ。


「それでね、蒼ちゃん、今日はあなたに言っておきたいことがあって来たの」

「え、なになに?」

「ん~っとね、きっとこのゲームをやってると色々と辛いこととか悲しいこととかあると思うの。でも私は蒼ちゃんならクリアできると思うの。だから諦めないでほしいの。私の勝手な我が儘なんだけどね」

「え、うん、あたしは精一杯やるつもりだよ。元はと言えばあの眼鏡を掛けちゃったあたしのせいってのもあるしね」


 あたしの言葉に眉間にしわを寄せ、怒っているのか、悲しんでいるのか、困惑しているのか、なんとも形容し難い表情を浮かべるミリアちゃん。


「違うの。あなたはなんにも悪くないの。誰が悪いって話でもないんだけどね。でもね、これだけは覚えておいて」


 彼女は大きく深呼吸をして言った。


「あなたはあなたの信じたことを信じて。全員が嘘を言ってるわけではないけれど、その言葉には打算があるの。あの子の言うことも全部信じちゃダメ。あなたはあなたの思うままに進めばいいの。それだけ言いたかったの」

「あ、は、はい?」


 彼女の真摯な言葉にあたしは思わず素っ頓狂な返事を返してしまった。

 でもあたしのその表情を見て、彼女は優しく微笑んでくれた。よく分からないままあたしも彼女に微笑み返した。きっと彼女みたいな美しい微笑みではなかったんだろうけど。


 最後に一つ、と言って彼女が口を開いた。


「蒼ちゃんの扉を思ったところに出現できるようにしておいたから、次からは自分の行きたいところで扉を開くことができるわ。ゲームを頑張ってくれてる蒼ちゃんへゲームマスターからのご褒美ね」

「うぉぉ! ミリアちゃんありがとう! ねぇねぇ、ミリアちゃん時間がある時うちに遊びに来てよ。あたし料理は結構自信あるから色々ご馳走作るからね」


 こんな美少女がうちにご飯食べに来たら最高だぜ! なんてよこしまな考えでこんな提案をしたのだが、どうやらあたしの発言が彼女の琴線に触れたらしい。


「うん、ありがとね、うん、絶対行くからね。現実世界でいつか会おうね……」


 何故かミリアちゃんが泣き出してしまった。え、え、え、あたしなにかまずいこと言っちゃった?

 彼女がまさか泣くなんて思ってもいなかった。彼女の涙を見ていたら何故だかあたしも泣けてきた。


「ご、ごめんね。悲しい気分に、さ、させちゃったかな? で、でもあたしはあなたのこといつでも待ってるからね。一緒に美味しいごはん食べようね」

「う、うん、食べる、蒼ちゃんと一緒にご飯、食べる……」


 少し時間が経ってふたり共目から涙もすっかり無くなって、そろそろ戻ろうかと思っていた矢先、ミリアちゃんがあたしにお願いがあると言ってきた。


「あのね、実はね、今あの子と喧嘩してるんだ。だからあの子には蒼ちゃんが私と会ったこと内緒にしておいてほしいの。それとあなたのおばあちゃんにもおんなじように私と会ったことは言わないでほしい。いいかな?」

「え、あの子ってメル先生のことだよね? もちろんミリアちゃんがそう言うなら内緒にしとくよ。安心して」

「うん、よかった。それじゃまた会おうね。私楽しみにしてるから」


 ――うん! あたしも!


 そう彼女と約束をしてあたしはドアノブを回した。


    ◇



 ミリアと蒼の邂逅と時を同じくして……


「おい、お前が緑川とどり? へぇ、噂どおりのイケメンじゃん。服装のセンスはお察しだけど」

「はぁ!? なんだてめえはぁ!」

「まぁまぁ、そう怒んなよぉ。俺はさぁ、おめえに有用な情報を持ってきてやったんだよぉ」


 煌びやかな服装の緑川とどりとは対照的に、黒い地味なコートに身を包んだ地味な男性。彼は緑川とどりに肩を回しこう呟く。


 ――なぁ? ここから出られるとしたらどうする?


「はぁ!? てめえ、なに言ってんだ? そんなことが可能なら出るに決まってんだろうがぁ!」

「だよなぁ。出たいよなぁ。でもな、本当になぁ、あるんだよ、出る方法が」

「てめえ、なんか胡散臭いなぁ。てかそれが本当としてなんで俺にそれを教える? 意図を言えよ意図を」

「なんだよ、見た目に似合わず疑りぶけえなぁ。まぁ生前あんなことがあったんだもんなぁ。疑り深くなるのもしょうがねえか」

「あぁ!? てめえぶっ殺すぞ!」


 普段のおちゃらけた緑川とどりの姿はそこになかった。表情は真剣そのもの、いや、その表情は今にも相手に食って掛かりそうなほど緊迫していた。


「あぁ、わりぃわりぃ。俺の失言だったわ。おめえはあんとき嵌められただけだったもんなぁ。まぁいいや、それは置いといてだ。ここから出る方法を教えてやる。信じねえなら信じねえでいい。でもよ、どうしても出たいなら試すほかねえだろ?」


 しばしの沈黙を挟み、緑川とどりが口を開いた。


「言えよ、聞いてやるよ。その出る方法とやらをよ」

「おぉ! 話が分かるヤツでよかったよぉ! うんとよぉ、出る方法を話す前によぉ、頼みてえことあるんだよ」

「あぁ!? なんだよ、さっさと言えや」

「えぇとよ、こいつ、コイツを飲んでほしいんだよ」


 黒コートの男が掌に差し出したもの。それは……


 ――小さな黒いカプセル


「こいつを飲んでくれたら話す。飲まないってんならこの話はお終いだ。どうする? 無理強いはしねぇ。おめえが決めてくれればいい」


 明らかに怪しい、得体の知れない黒い何か。緑川とどりはしばらく考えた後、覚悟を決めた。

 黒のコートの男の掌の黒い何かを無造作に掴み取り、一思いに飲み込んだのだ。


「おぉ! 景気がいいじゃねえかよ! よしっ! 契約成立だ。ここから出る方法を教えてやるぜ」

「勿体ぶらずに早く言えや!」

「あぁ、勿体ぶるつもりなんかねえよ。その方法ってのはなぁ、この辺り風俗街だろ? キャバクラやらピンサロやらヘルスやら数えきれねえくらいあるじゃねえか。店には女がたくさんいる。いいか? 今からここから出る方法を教えてやる。耳をかっぽじってよく聞けよ?」


 ――お前の欲望のままに犯せ。そうすればお前の前に道は開かれる。


 悪魔の囁きが緑川とどりを突き動かす。彼の意思とは関係なく。

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