第16話 BMP inc.
「話とは何かな? 私に答えられることならなんなりと質問をしてくれたまえ」
「えっとですねぇ……」
医院のお昼休みに先生に無理を言ってうちまで来てもらった。
メル先生には聞きたいことが山ほどある。
やはり一番最初に聞きたいのは、あの消失したサラリーマンのこと。彼は何かに気づいて絶望した後ゆっくりと姿を消していった。
次に緑川とどりのこと。実在した、すでに亡くなった俳優が、まるでまだ生きているかのようにあの街に存在していた。あいつは一体なんなのか。
そしてあいつが言っていたカダヴェルとコンヴィクターという単語。全くピンとこない単語だけど、あいつはあたしたちをコンヴィクターと言っていた。
そして最後にあの街のこと。いくら現代のゲームが著しい進歩を遂げているからと言って、あれは余りにもリアル過ぎる。あの街に立っていて、どうしてもあれが作りものとは思えないのだ。
そしてあたしの腐れ縁碓氷偸子がどうなったのかだ。
あのセカイでの別れから今日まで一度もあいつはうちに顔を出していない。
ちょっと前まであれだけ嫌がらせのようにうちに来ていたのに、一体彼女はどうなってしまったのか。
とりあえず今あたしが知っておかなければならない事はこんなとこくらいか。
「なるほど。蒼君も色々と想うところがあるようだね。いいだろう、私が答えられる範囲で質問に答えていくとしよう。まず最初の質問、というか3つ目まではほぼ同じ質問と言っていいね。そうだな、まずこのゲームに登場してくる人物には……」
―カダヴェルとコンヴィクターと呼ばれる2種類が存在する。
「そうだな、カダヴェルとコンヴィクターを説明する前に、まずこのゲームのコンセプトを話しておこう。このゲームはズバリ死者の世界だ。このゲームに登場してくるキャラクターは皆すでに死んでいるという設定だ」
え、なにその悪趣味な設定は。死者の世界? てことはやっぱりあのふたりはもう死んでるって前提で作られたキャラなの? でも緑川とどりって実在する人だよね? そんな人を登場させて倫理的に大丈夫なのかな。
「次にカダヴェルとコンヴィクターについて話そう。カダヴェルは死を認識した時、絶望と安堵でそのまま消失する個体だ。あの街に存在するほとんどがこれだ。次にコンヴィクターだが、これはあの街で死を認識して尚、消失せずにその場に留まることのできる存在。死を認識しても消失しないということは、この世界によほどの未練があるのか、はたまた絶対に成し遂げなくてはならない目的があるのか…… ともかく後者は死を自覚しているにも関わらずあの場所で活動を続けている、いわばイレギュラーな存在だ。蒼君、彼らに出会う時は十分に注意するといい」
なるほど。先生の説明でなんとなく納得できた。そういえばあのチャラ男のやつ、あたしたちのこともコンヴィクターと認識していたっぽい。彼らからはあたしたちもゲームのキャラクターだと思われてるってこと?
「次に君が懸念している街のリアルさだが、まぁそこは私達ゲームクリエイターの技術が優れていたという他ないね。まぁ私としてはうれしい懸念だ。そこまで君にリアルだと認識されたなんて、ゲーム開発者冥利に尽きるよ」
やっぱりあの街は先生が作った架空の空間なのか。う~ん、にしてもどうしても腑に落ちない。街の喧噪はもちろん周りのお店から漂ってくる美味しそうな匂いや、ごみ箱の鼻をつまみたくなるような嫌悪する匂い。全てが余りにもリアルすぎる。まぁこれ以上先生を疑っても仕方ないか。余り深く考えないようにしよう。
「最後に碓氷偸子のことだが、彼女は何処か外国にでも行ったのではないかな。多分ひとり旅だろう。そのうち戻ってくると思うよ。まあ君は彼女のことをあまりよく思っていなかったのではないかね? まあ嫌なことは忘れてゲームに集中してくれたまえ」
「そ、そうなんですか、旅行、ですか……」
「さぁ、もういいかな? 私は午後からの診察の準備があるので、そろそろ医院へ戻らせてもらいたいのだが」
「は、はい、もちろんです。お忙しい中お時間を作ってくださり有難うございました!」
「いや、君には色々と迷惑をかけているからね。また困ったことがあれば聞いてくれればいい。では失礼するよ」
そう言ってメル先生はあたしの部屋を後にした。ふ~、なんだか疲れた。一体向こうにどれくらいの間居たんだろう。あたしの体感では半日以上いた気がするんだけど、こっちに戻ってきたら丁度お昼になるかならないかくらいだった。なんだか時間の感覚がおかしくなってるのかな。
◇
――メフィスト氏ですよね?
志岐谷蒼のアパートの階段を降りる徳倉メルに、ひとりの女性が話しかけた。
その女性は金髪碧眼、髪型はシンプルに三つ編み。まるで彫刻のように整った顔立ちに似合わず服装は作業着を着ていた。
「お初にお目に掛かります。メフィスト様。わたくし……」
「おい、その名前で呼ぶな。殺すぞ……」
一瞬でその場は凍りつく。先程までの優男風の徳倉メルはもうそこにはいなかった。
そこにいるのは冷たい目をした、針の山の天辺にでも立っているかのような危うい存在。
「大変失礼いたしました。徳倉メル様でよろしかったでしょうか? わたくし前任のミネルヴァ・ガーネットの後任としてこの地にやって参りました、マリア・ブルーアイズと申します。ご挨拶を兼ねてお声を掛けさせていただきました」
「ふんっ、お前がここに来ていることはとっくに知っているのだよ。志岐谷蒼に接触したこともな。こちらに危害を加えなければ私からなにかすることはないが、彼女の傍らには志岐谷紅がいることをよくよく考えた方がいい。下手なことをすれば貴様のような些細な存在は一瞬で消し飛ぶぞ」
「も、もちろん存じております。あなたの、そして彼女の恐ろしさも。ただわたくしたちの活動はこれまで通り容認してくださるとの認識でよろしかったのですよね?」
「あ? まぁお前たちとは持ちつ持たれつの関係だからな。私もあれを使用することはある。まあお前たちがこちらに害を為すことさえなければ私としては多少のことは目を瞑ろう」
「承知しました。ではなにかあればまたお声を掛けさせていただきます。それでは今後とも我々……」
――ブルームーンプロジェクト inc.と良き関係を……
「ふんっ、ところでミネルヴァは本国へ帰ったのかね?」
「はい、もうすでに」
「そうか、ヤツの誕生日は2月だったか。もう半年もないな」
「はい……」
「そういえばお前にはバディはいないのか? 確か前任のバディは……」「
「はい、死亡しました。私のバディはまだ決まっておりません。現在適任者を探しているところなですが、中々見つからず……」
「まぁいい。とにかく私の、いや、私達の邪魔はするな。いいな」
ふんっ、と女性に背を向けて医院への帰路を進める徳倉メル。彼の恫喝を受けながら汗ひとつかかずその場で
◇
「はぁ、なんか疲れた。おばあちゃんはまだ寝てるし。この人自分ちでもこんな生活送ってんのかな?」
もう正午も過ぎたというのにカァカァと寝息を立てているおばあちゃん。相も変わらずプ〇キュアのパジャマを着てへそを出して大の字になって。
「はぁ、でも暇だな。あっ! 誉さんはいないけど、せっかくだからもう一回謎街の探索でもしてみよっかな」
誉さんが帰り際、ひとりでは決して行かないようにって言ってたけど、ゆうてゲームだし。少しくらい探索するくらいいいよね? あの街が東京の実在する街なら東京探索もしてみたいし。
あたしは軽い気持ちでアナログチックなあの眼鏡に手を掛けた。
◇
「うわぁ、何度やってもこの扉出現は慣れないなぁ」
あたしはドアノブに手を掛けあちらとこちらの境界を無くす。そしていつもの如く最初の一歩を踏み出した。
――始めまして
「え? だ、誰? て、てかどうなってるの?」
扉を開けた先はいつもの閉店したケーキ屋の前ではなく、何故かとても景色のいい小高い丘の上だった。
「志岐谷蒼さん、でいいんだよね? ごめんね、突然こんなところに連れてきちゃって」
「え、あ、はい、全然、お構いなく」
展開についていけずしどろもどろになるあたし。そんなあたしのことは全く気にすることもなく彼女は話を続ける。
――私の名前は……
――ミリアよ
とても景色のいい、町全体を見渡せる場所で、あたしは初めて彼女と接触した。
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