第15話 緑川とどりという男

「あ、あの、今のは一体、なんだったんですか!?」


 唐突に消失した背広姿の男性。なにが起こったって言うの? 彼は最後に僕は死んでたって言ってたけど、それって一体どういう意味なの?

 あたしの問いに誉さんはしばし何かを考えていたみたいだけど、結局教えてはくれなかった。後でメル先生から説明がある、その言葉だけを残して。


 はぁ、空気が重い。さっきのことがあってからなんだか話しづらい。彼女からは何も話してはくれないし、あたしからも何かを言う気にはなれなかった。ゲームなのに本当に人がそこから消えてしまったみたいだった。余りにもリアルすぎたのだ。目の前で実在する人間が死んでしまったかのような感覚。

 ひたすら無言で歩くふたり。でもいくら進めど特にこれといった収穫もなく、いい加減足は棒のようになってきた。次の路地を曲がって何もなければ今日は帰ろう、そう告げようと心に決めた、その時――


「蒼様、またここから400メートル程離れた場所に男性らしき人影が見えます。先程のような男性の可能性も御座いますが、ターゲットの可能性も十分御座います。どうかご注意願います」

「りょ、了解です!」


 緊張感が漂う中辺りは何時の間にか、飲み屋街になっていた。煌びやかなネオンがあちこちで輝き、キャバクラなんかの風俗店が所狭しと並んでいる。

 豪華絢爛、色とりどりの電光看板がひしめき合うネオン街とは対照的に、人の声は全く聞こえないアンバランスな街並み。本当の街ならきっと賑わう人の波と、道行く人々の喧噪でごった返していることだろう。

 件の男性との距離はおよそ100メートル。まだ相手はこちらには気づいていないみたいだ。あたしの肉眼でも分かるその男性は、余りにも特徴的だった。

 金髪にサングラス、物凄くド派手なアウターは、全身にモコモコしたファーがあしらわれた金色のプードルコートだ。


「え、あれ、ですか? す、すごいですね、いやあれダサくないです?」

「いえ、わたくしああいった服装には疎いのでよく分かりませんが、標的としては分かりやすくていいですね。狙撃も狙いやすいので」

「え、えぇ~……」


 予想外の答えが返ってきた。う、うん、確かに的にはよさそうですよね。

そんなやり取りをしている間に、どうやら相手にこちらの存在を気づかれてしまったようだ。

 段々とあたしたちに近づいてくるド派手な男。警戒する誉さん、その後ろに隠れる小心者のあたし。


「おい! おまえらじゃねえな!? か!? こんなとこでこっち側と出会えるなんてなぁ! しかも女じゃねえかよ!」

「え、あの人何言ってんの? カダ、なに? あとコンビ、なんたらって……」

「蒼様! 後ろにお下がりください。奴はターゲットの可能性が高いです!」


 金髪のチャラ男を前に、一瞬で場に緊張感が走る。こいつがターゲット? でもこんなヤツ誉さんなら一瞬でやっつけられると思うんだけど。


「おいおい、何そんなにビビッてんだよ!? 別にお前らを取って食おうなんて思ってねえしよ。まぁここんとこ女食ってなかったから別に今から犯ってやってもいいけどよぉ!」


 なにこいつ! 最悪! 最低! 誰がこんなチャラ男と致すもんですか! あたしの初めては白馬の王子様の為に取ってあるのよ!


「まぁいいや、だからよ、そんなに身構えんなって! 別にお前らになんかするつもりはねえからよお。せっかくこんなとこで自分以外のコンヴィクターに出会えたんだからよお。仲良くしてくれよなぁ!」

「あなたの顔は確かデータに残っていました。現在照会中。該当者を確定しました。彼の名前は緑川とどり。著名な俳優のようですね」

「あっ! 知ってます! その人って確かかなり有名な俳優さんでしたよね? なんか歌とかも歌ったりなんかして。まだあたしが子どもの頃すんごい流行ってた気がします。でもその人って確か……」


 ――亡くなってますよね?


 そうだ。俳優緑川とどりは10年前の大災害に巻き込まれて亡くなったはず。なんでこんなところにいるの?

 一体ここはなんなの? さっきのサラリーマンの明らかに常軌を逸した様子と、亡くなってるはずの俳優が跋扈するこの世界って一体…… ゲームにしては明らかに異質だ。


「おっ、やっぱ俺のこと知ってるんだな? まあ俺もそこそこ売れたからなぁ。しっかしこんなことになっちまうたぁ、人生何があるか分かんねえぜ」

「わたくしたちはそろそろ失礼させていただきます。敵対する意思のないというあなたの言葉を信じましょう。ですがもし背後から襲い掛かってくるのならこちらとしても容赦はいたしませんので悪しからず」

「はっ! 襲ってるんならとっくに襲ってるっつーの。まぁそっちの芋っぽい眼鏡掛けた子はあんまそそられねえけど、黒のスーツのあんたならいつでも遊んでやるからよ。ここの近くにいいホテルもあるしよ」

「では失礼します。蒼様参りましょう」

「え、は、はい!」


 てかあのチャラ男今めちゃくちゃ失礼なこと言ってなかった? 誰が芋っぽいよ! ていうかあんな男こっちから願い下げだっつーの!

 ともかく今回の謎街探索はここまでと相成った。収穫はあったのだろうか。この街で初めて出会い、唐突な別れを告げたサラリーマン風の男性、そしてテレビでしか見たことのなかった有名な、死んだはずの俳優。

 彼らがあたしのゲーム攻略になにか関係しているのだろうか。今のあたしには分からないことだらけ、とにかくここはメル先生に教えを乞うしかない。あたしはモヤモヤした心を押さえつけながら再び扉を開くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る