第14話 辿り着けない駅

 最近のあたしはなんだかついている。

 雑誌で見かけた可愛いバック。めちゃくちゃ可愛い! と思って、超ほしいと思ってた。そしたら何故だか次の日、家の前に宅配便が置かれていた。

 その箱を開いたら超欲しかったそのバッグが入っていた。おばあちゃんにその話をしたらどうやらおばあちゃんがテレビのプレゼント企画に勝手に応募していたらしい。それが偶然当たったみたい。

 はぁ、あたしにもとうとうツキが回ってきたみたいだ!



    ◇



「さぁ、蒼様、昨日の激闘から1日経ちました。2体目のターゲットを探しにあの街へ参りましょう」

「あう、はい、あんま気乗りしないけど」


 現在の時刻は午前6時だ。


 つい30分前、仕事に行かなくていいからちょっと寝坊しちゃおうと目覚ましを切ったのに、猛烈な勢いの連続チャイムに無理やり起こされ、のぞき穴を見てみると、黒いスーツのあの女性の姿がそこにありました。そう誉さんの姿が。


「誉さん、行くのはいいんですけど、朝早すぎません? あたしまだ朝ご飯も食べてないんですけど」

「そうなんですか? あたしは午前2時には起床していたので」

「いや早すぎるでしょ!」


 あたしのツッコミにも我関せずといったかんじで、彼女はあたしに眼鏡の装着を促してきた。はいはい、分かってますよ。つけますよつけます。

 毎度の如く突然出現した扉を開き、あたしたちはその扉をくぐる。


「あ、やっぱ前回と同じところなんですね。あっ! あのケーキ屋シャッターが閉まってる!」

「そうみたいですね。看板も無くなってますし、きっと今後あの店が開くことはないでしょうね」

 

 ここに来るまでにひとつどうしても気になっていたことがあった。

 それはあたしの腐れ縁『碓氷偸子』だ。

 前日このゲームの最初の難関を突破して、その時は興奮して忘れていたけれど、あいつは、碓氷偸子はどうなったのか。あたしと一緒に扉をくぐり、あの世界に置いてけぼりにしてしまい、彼女は略奪者に認定されてしまった。

 あの後偸子の部屋へ行ってみたけれど、いくらチャイムを鳴らしても返事がなかった。一体どこへ行ったのか……

 まさかゲームの世界へ取り残されているのか……

 誉さんに聞いてもいい返事は返ってこなかった。


 ――大丈夫ですよ…… いまはそれより残りの9体に注視しましょう


 とりあえず誉さんの勢いに押され再び扉を開けてしまったけれど、胸のモヤモヤはとれないまま。いくら偸子のことが嫌いだったとはいえ、一生顔も見たくない、なんてほどではなかった。

 次にメル先生に会った時、彼女がどうなったか聞いてみよう、そう思い、今はターゲットに集中することに決めた。


 あたしたちはとりあえず周りを散策してみることにした。次のターゲットを探すにしても余りにも情報が無さすぎる。只闇雲に動き回ったところで、うまく事が進むとは思えないのだけれど。

 しばらく歩くと高級ブランド店が立ち並ぶエリアが見えてきた。田舎育ちのあたしにはまるで縁のなかったような場所。はぁ! 見ているだけで気分が上がる!


「あ、! あのブランドのキーケース欲しかったんですよね~。うわ~、めっちゃ可愛い! あ~、ほしいなぁ」


 ハイブランドのキーケースがショーウィンドウに煌びやかに飾られている。値札はついてないけど、確かこれって10万はした気がする。安月給のあたしにはとてもじゃないけど手が出ない。

 あ~、欲しい~、でも買えな~い。あ~でも~、欲し~!

 ひとりそんなことを考えながら店の前を通過した頃、ふと自分のズボンのポケットになにか違和感を感じた。え? なに? なんか入ってる?

 当然気になり手を入れてみると……


 ――え、これって、さっき見てたキーケース、だよね?


 なんで!? なにが起こったの!? 

 急いでさっき通り過ぎたショーウィンドウの前に戻って見てみると、キーケースがない。意味が分からない。あたしは只欲しいと思っただけなのに。


「蒼様どうされました? えらくソワソワされているようですが」

「え、いやあ、あの~、その~、な、なんでもないです……」


 あ~、しまった~、思わず誉さんに隠してしまった。まぁいいか。別に盗んだものじゃないしね。ここゲームの中だし。頑張ってる自分へのご褒美として受け取っておこう。

 そんなハプニングに遭遇しながらも、煌びやかな街並みをふたりで歩いていく。多分1キロは歩いただろうか。かなり足が痛くなってきた。何処か休憩できるようなところがあるといいんだけど、前回の件がある。下手にお店に入って厄介事に巻き込まれてはたまらない。自販機でなにか飲み物を買おうと思ったけど何故だか全部売り切れだ。


「誉さ~ん、あたし疲れちゃいました~。一旦部屋に帰りません?」


 日頃ほとんど運動をしていない虚弱体質なあたしは、誉さんにナイス提言をしたのだが、彼女はあたしの言葉を聞いていないのか、何処かを凝視している様子だった。


「誉さん? どうしたんです? あの、疲れちゃったんですけど」

「しっ! 蒼様、ここから500メートルほど離れた交差点で人影が見えました。なにか次のターゲットに関する手掛かりが掴めるかもしれません。油断せず近づいてみましょう」


 え!? マジ? てか誉さんそんなに遠くの人影によく気がついたね。あたしには全く見えなかったんですけど。

 誉さんの提案通り慎重に人影が目視できる位置まで進む。目標までの距離は約20メートル。あっ! 確かに人がいる! あれは、男性だね。


「どうやら向こうもこちらに気づいたみたいです。相手は背広姿のサラリーマン風、年齢は20代後半、中肉中背、身長は172センチ、体重は62キロといったところでしょうか。丸腰ですがどう出てくるかわかりません。蒼様念の為わたくしの後ろへお下がりください」


 誉さんすごっ! なんでぱっと見でそんなに事細かに相手のことが分かるの!? いやすごい。語彙の少ないあたしにはすごいとしか言いようがない。


「あの~、ちょっと道に迷っちゃったみたいなんですけど~。最寄りの駅に行くのってどう行けばいいか教えてもらえないですかね~?」

「え、駅ですか? え~っと、あ~、ほ、誉さん、分かります?」


 道を聞かれた! 予想外の反応に思わず呆気に取られてしまった。なんだこの人は? いわゆるNPCみたいなかんじ?

 どう対応していいか分からず誉さんに丸投げしようと思ったのだが、ふと見た誉さんの表情はとても悲しそうな顔をしていた。

 どうしたんだろう。さすがの誉さんも駅の行き方なんてわかんないから、答えられずに凹んでるのかな。


「えぇと、今日はお仕事ですか? 今から会社に戻られるのですか?」

「えぇ、早く本社へ帰らないといけないんですけど、道に迷っちゃって。この辺詳しかったはずなんですけど、どうしても駅に辿り着けないんですよね」

「そうですか、そうですね。えぇ、とても大変な思いをされたのですね。いいでしょう、わたくしが本社までの帰り方をお教えします。少し耳をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「え? え、えぇ、もちろんです。よかった~、やっと帰れますよ」


 おっ! さっすが誉さん、ちゃんと駅までの道順知ってるんじゃん! でもわざわざ耳打ちするようにコソコソ話してるけど、そんなにあたしに聞かれたらまずいかんじなのかな?

 誉さんは彼の耳に口を近づけてなにやら話しかけている。それを聞いていた彼の表情は最初は明るい笑顔だったのが、次第に暗い表情になり、さらには完全な無表情になってしまった。一体どうしたっていうの? 誉さん彼に何を話しているの?

 彼への耳打ちが終わり、誉さんは最後にあたしにも聞こえる声で『お疲れさまでした』と言った。その直後……


「えぇ、なんだかおかしいとは薄々気づいてました。でも気づきたくなかった。見ないふりをしていたかった。そうですよね、おかしいですよね。ずっと歩き続けて駅に辿り着けないなんて。頭が割れそうです、気が狂いそうです。今でも全てが夢なんじゃないかと思っています。でも……」


 最後に彼が言った言葉。彼はその言葉を残してその場から消失した。


 ――僕は死んでたんですね。


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