第13話 マリア

 ――針が一本進みました。


 それは女性の声。とてもとても落ち着いた声。よく言えば聞くものの心に、静寂を与える心地の良い音色。悪く言えば抑揚のない、心に不安をもたらすおそれを抱く声。


「あぁ、こちらでも確認した。接触を試みたいけど、あのふたりが近くにいて中々手間取ってる。しばらくは様子を見るつもり。また何かあったら連絡する」

「えぇ、待ってるわ。ようやく物語が動き出した。ここで焦っても仕方ないものね」

「だな。じゃあ切るぞ」

「えぇ、気を付けて……」


 通話はそこで終了した。女性と女性の通話。ひとりは遠く離れた大国に。ひとりは大海に浮かぶ小さな小さな島国に。

 島国で状況を注視する女性は常に機を伺っている。彼女に接触するその時を。



    ◇



「やぁ、蒼君、お疲れ様。よくやったね。1体目を撃破だ。あと9体よろしく頼むよ。君がこのゲームをクリアしてくれないと、私の人生を掛けた次世代VRゲームが全て台無しになってしまうからね」

「はぁ、まぁぼちぼち頑張ります」


 略奪者撃破の翌日、徳倉ウィメンズクリニックでメル先生との立ち話。

 先生はあたしがこのゲームをプレイしている間は、医院に勤務しなくてもいいって言ったけど、あたしとしてはそれはどうなのってかんじで、ついつい医院まで来てしまった。


「まぁ先輩のせいだとは言え、君に必要のない負担を負わせてしまったのは紛れもない事実だしね。医院のことは考えなくても大丈夫だから、君はあのゲームに尽力してくれたまえ」

「でもいいんですか? お仕事もしないでお給料をいただいちゃっても」

「あぁ、もちろんだとも。君に今課せられた使命はあのゲームをクリアすることだ。それと比べればこの医院の受付など取るに足らないよ。なんなら私が受付をしようじゃないか」

「え、いや、先生が受付したら誰が患者さん診るんですか」

「はははっ、蒼君は面白いことを言うね。うちにはもうひとり医者がいるじゃないか。我が父が」

「え、先生の御父上、もうご高齢じゃないですか。いい加減隠居させてあげたほうがいいんじゃないですか?」

「何を言っている蒼君! 人間働かなくなったら終わりだぞ。私は彼の人生を華々しく彩って上げる為に働かせてあげているんだよ」

「は、はぁ……」


 そんな他愛のない会話をして、あたしは医院を後にした。


「はぁ、いいのかなぁ、働かなくても。まぁ先生がいいっていうんだからいいんだろうけど。あっ! おばあちゃんにハンバーガーでも買ってってあげるか」


 徳倉ウィメンズクリニックからの帰り道、ハンバーガーショップに立ち寄り、おばあちゃんへの手土産を探す。おばあちゃんのお気に入りは確かライスバーガーだったよね? 

 注文を済ませ番号札を受け取り、商品が来るのを待つ。


「う~ん、やっぱおっそ。ここのお店美味しいんだけどなぁ。出来上がるの遅いんだよね~」


 ――ですよね~


「えっ!?」


 突然相槌を打たれて反応に困ってしまった。声の出どころ、あたしの隣に座っている人物をちらりと横目で見ると、そこには金髪碧眼のなんとも形容し難い、まるで絵画から飛び出してきたかのような見た目麗しい女性が鎮座していた。


「あ、ごめなさい。私も同じこと思てて、思わず相打ちうっちゃいまひタ」

「あ、あ、そう、相打ち、あ、あぁ、相槌ね」

「そーとも言いますネ~」


 年は同じくらいだろうか? 尊い…… とても、とても美しいその女性。どうやら日本語はそれほど堪能ではないらしい。


「わたくしアリカシエラからの留学生でェす。名はマリアいいまァす。お前さん名は何と申す?」

「え、あ、あたし? あたしは蒼よ。志岐谷蒼。苗字が志岐谷、名は蒼と申すよ」


 あ、変な日本語に釣られてあたしまでおかしくなってしまった。

 はぁ、でもなにこの可愛い子!? こんな浮世離れした子、現実で初めて見たんですけど! あたしが男だったら絶対ほっとかない! やべ、興奮してきた。


「おぉ! 蒼~! グッド名前! 私気に入ったよ~」

「え、そ、それはどうもです」


 その後は特に会話もなく沈黙があたしたちを遮った。

 数分経って……


 ――4番でお待ちのお客様~


「はーい」

「ハーイ」


 え? あ、あたしが4番なんですけど……

 同じく返事をした人物を探してみると、なんとあの見た目麗しい留学生ではありませんか。


 ――た、大変失礼しました。4番の番号札がふたつ出ていたみたいで。


「おぉ~! 蒼さんと株売ってしまいました~! こーゆーばやいシェアしまスゥ?」

「え、いやいや、しないからね。てかマリアちゃんいいよ、先に持ってっちゃって」

「ノー! そんなの悪いデェス! 私かいがいしく待ってマァス」


 かいがいしくって…… まぁいいか。こんなに可愛い子と一緒の空間に居られるだけでも若返りそうだしな。はぁ、でもこの子いい匂いする~。はぁ、なんかあたし変態みたいだなぁ。


 待つこと15分、商品がマリアちゃんの元へ受け渡され、無事ミッションクリア~!


「じゃあね、マリアちゃん、あたしの家あっちだから」

「あっ! 私もあっちでェす! 途中までご一緒しましょー!」


 そういうことで帰路に着く途中まで超絶美少女とご一緒することになった。


「ねぇ、マリアちゃんはこの国になにを学びに来てるの?」

「お~! それはですねェ、石についてですねェ。学びに来ました~」

「え、石? 石ってあの石? その辺に転がってる?」

「お~! 違いまァす! そんな路傍の石ではありませェん! 貴重な貴重な石コロでェす」


 貴重な石コロって…… 響きからして全然貴重に思えないんですけど。


「この国にはァ、願いの叶う石ころがァ、あると言われていまァす。そいつの研究にィ、来ましたァ」

「え、そんな石ころがあるの? 初めて聞いたんだけど。ふ~ん、なんかロマンチックな石ころがあったもんだねぇ」

「そうなのでェす。そんでその石ころが最近、この辺りで発見されたという情報が入ってきたのでェす! 私は石マニアでェす! だからこうして色々と調べているのでェす!」

「へぇ、そうなんだ。じゃあもしなにかその石ころについてなんか情報が入ったらマリアちゃんに教えてあげるよ」

「ほんとですかァ!? うれしいでェす! でわ連絡先交換しましょ~!」

「オッケ~! これあたしの番号ね。マリアのはっと、オッケー! 登録完了!」


 はうわあ! 超絶美少女の連絡先をゲットしてしまったぜ! いや、決してあたしは百合ではない。だがしかし! 可愛い女の子を愛でたいのは男も女も関係ないのだ! 人類共通! ただそれだけなのだ!

 かくしてあたしたちはハンバーガーショップからひたすら同じ帰路を進み、とうとう我が城へ到着した。


「オゥ! 私の家ここでェす!」

「え!? マジ? あたしもここよ?」


 なんとぉ! マリアはあたしのアパートの1階の住人だったのだぁ! そしてあたしは2階! まさかの超絶ご近所さんだったぁ! はぁ、全然知らなかった。こんな金髪碧眼超絶美少女がうちの1階に住んでいるとは! はぁ、これは夢が広がりんぐですわ。


 彼女の家の前で固い握手を交わし、あたしはあたしの帰るべき場所へと歩を進める。


「ただいま~。おばあちゃん、おみやげだよ~。おばあちゃんの好きなライスバーガー」

「お~! 蒼ちゃん途中で悪い虫がついたりせんかったか?」

「おばあちゃんったら~、そんなん大丈夫だって。ほらっ、あったかいうちに食べよ」

「はわ~! これ旨かったやつじゃな! じゃあいただくとしようなの~」


 ハンバーガーを見てごきげんになるおばあちゃん。はぁ、可愛いよぉ。癒されるぅ。

 よぉっし! 今日はなんか疲れたからやんないけど、明日からゲーム攻略頑張るかぁ!



    ◇



「あぁ、ミネルヴァ? ついさっきターゲットと接触した。なんか頭悪そうな子だったわ。これなら任務もすんなりいけそう。早いとこ終わらせて、あなたの誕生日にはそっちへ帰りたいわ」

「マリア? 慢心は毒よ。とにかく油断しないで。向こうにはあのふたりがいるのよ。ターゲットが無能でも後ろに控えているのは疑いようもなく強敵よ。できることならそのふたりもこちら側へ引き入れて。あなたは特にあの男と顔を合わせるのは嫌でしょうけど、我慢してね。私のことは気にしないで。とにかく任務が優先。それだけは忘れないで」

「あぁ、もちろん分かってる。でも、早く皆に会いたいよ」


 ――観測器の皆に

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