第12話 対略奪者戦終了
熱い、灼ける、痛い……
感じたことのない痛みが、あたしの胸を激しく揺さぶる。
今までに味わったことのない感覚、胸にぽっかりと穴が空いたみたいってよく言うけど、実際になってみるとこんなにもつらいんだね。
多分あたしは盗られた。生きる為に必要な、あたしを構築する重要なピースを。
あたしはもうすぐ死ぬ。何故だか分かる。この状態では生きていてはいけないと本能があたしに叫んでいる。
傷ひとつついていない招き猫を横目に、どうしたらよかったのか考えた。1秒が何倍にも、何十倍にも思えるくらい時間の感覚は曖昧になっていく、麻痺していく。
誉さんを目をやると、両手に持っていたマシンガンを放り投げてあたしのほうへ駆け寄ってきている。ありがとう誉さん、でもあたしもうダメみたい。
こんな状況でも、彼女がなにかを叫んでいてもその声はあたしに届かない。耐えがたい灼けるような痛みと、呼吸が完全に遮断された絶望的なこの現状は一切の音を排した完全な静寂に包まれていた。
あともう少しすればあたしは死ぬ。どこで間違えたの? 眼鏡を掛けた時? ケーキ屋に入った時? ケーキを食べてしまった時? それとも……
――産まれてきてしまった時?
そんな感傷に耽っていたその時……
声が聞こえた。
――あーちゃん、扉へ走って! ソイツを抱えて……
音が完全に遮断された静寂の世界に久しぶりに聞こえた音。何処かで聞いたことのある声。誰だったっけ? 激しい胸の灼けるような痛みと、呼吸のできない苦しさでうまく考えがまとまらない。でも、分かった。やるだけやってみるよ。
あたしはソイツを両手で持ち上げて脇に抱えた。
そして脇目も降らず扉へ向かって走り出した。あたしの行動に呆気に取られていた誉さんもあたしの後ろから追いかけてくる。
車道を渡る。相変わらず胸の痛みと呼吸のできない苦しみに今にも倒れそうになりながら、扉まであと3メートル、2メートル、1メートル……
そして――
――ガチャッ
「アッ、アッ、アッ、アツイ、アツイ、ヤケル、キ、キエル、アタシガ、キエ、ル」
扉の向こうの1K6畳一間のあたしのお城に片足を踏み込んだ瞬間、声が聞こえた。
何処かで聞いたことのある声。子どもの頃から何度となく聞いた声。
はっきり言って嫌いだった、いつもあたしにマウントを取ってくるくせに、何故だかあたしに依存してくる厄介な存在。聞きたくないけど聞こえなくなると何処か寂しいあの声。
――
――略奪者の討伐に成功しました。これにより適合者『志岐谷蒼』が負った損傷は全てパージされます。第一種特定禁忌『略奪』の獲得に成功しました。今後適合者志岐谷蒼は略奪者に認定されました。
突如視界に現れたブルースクリーンに表示された文言。
――助かったの?
どうやらあたしたちは略奪者の討伐に成功したらしい。はぁ、終わった。なんとか終わった。諦めなくてよかった。あのムカつく声を信じてよかった……
ゆっくりと霧状になっていくソイツ。
――そう、招き猫。
どうやらソイツはこちら側へは来ることのできない存在だったらしい。ギリギリだった。あたしがゲームオーバーになるか、招き猫がゲームオーバーになるか、本当に瀬戸際だった。
かくしてあたしは無事五体満足で、こちら側へ帰ってくることができたのだった。
◇
「蒼ちゃん! 本当に良かった! 本当に無事でよかった!」
「ちょ、ちょっとぉ、おばあちゃん、く、苦しいって!」
おばあちゃんの起伏のない平坦な胸で、思いきり抱きかかえられて息ができない。でもさっきまでの息のできない絶望感とは全く違う、温かくてうれしくなる息苦しさ。
「蒼様、素晴らしいご判断でした。この誉感服いたしました。わたしくお恥ずかしながらもうダメかと思っておりました。本当に、本当にお見事でございました」
正座をして深々と頭を下げる誉さん。いや、あたしひとりじゃここまでできなかったです。あなたの助けがあったからなんとかクリアできたんです。
誉さんの体を引っ張り3人で抱き合う。あぁ、よかった、本当によかった! これでクリア! このゲームともお別れだ! さぁ、明日から日常に戻るのだ。ありがとう次世代VRゲーム、もうこのゲームをやることもないだろうけど、一生忘れないよ。それではまた逢う日まで! アディオス・アミーゴ!
Fin
「蒼様お疲れさまでした。1体目撃破お見事でした。あと9体になりましたね。今日は疲れたでしょう。また明日から頑張りましょうね」
――は? は?
――嘘でしょ? まだやんの? ねぇ嘘だと言ってよ誉さん。あたしのライフはもうゼロよ。
「大丈夫です蒼様。今回のような機転の利く蒼様ならあと9体など恐るるに足らずです。今後もわたくしがサポートいたしますので、どうか大船に乗ったつもりで」
「い、いや、でも、今回死にそうになったしね、いやもうね、あたしじゃ務まらないっていうかね」
「大丈夫です蒼様。大丈夫なのです」
いや、なにが大丈夫なんだよ! あ~、も~、マジかよ~。まだあんのか~。
断ろうにも断れない雰囲気の中、あたしの絶望のVRゲーム生活はまだまだ続きそうだったのである。
◇
テーブルに置いた眼鏡の向こう側が青い光を放っている。
そこにはなにか文字が映しだされているようだ。
――第一種特定禁忌を解放したことにより消失者1名をサルベージすることが可能になりました。解放する場合はxxxxxを詠唱してください。
眼鏡の向こう側の青い光は次第に消えていく。
眼鏡の存在をよそにじゃれ合う3人は、それに気づくことはなかった。
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