第11話 あたしの失敗

「え、なに、なに!? なんにも聞こえない……」

「…………」


 誉さんが何かを喋っている、らしい。でも聞こえない。口元が動いているので多分喋っている。

 ブルースクリーンの音声が聞こえた後、ぱったりとあたしの世界から音が消えた。

 あたしの部屋へなんとか戻り、誉さんがホワイトボードに何かを書いている。


 ――恐らくですが、聴覚を奪われたのだと思います。


ホワイトボードに掛かれた文字。聴覚? 奪われた? どういうことなの? いや、確かになにも聞こえない。つまり…… そういうことか。

 おばあちゃんが誉さんに何か言っている。おばあちゃんの表情はいつもの可愛らしい顔からは想像もつかない程、鬼の形相になっていた。多分誉さんを責めているんだろう。誉さんは全然悪くない。あたしが勝手にケーキを食べたのが悪いのに。

 耳が聞こえないと自分の声も聞こえない。声を出してるつもりでも、きちんと発音できているのか不安になる。


 ――おばあちゃんやめて! 全部あたしが悪いの! 誉さんは悪くない!


 とりあえずホワイトボードにそう書き、おばあちゃんに見せる。

 それを見たおばあちゃんの表情は次第に落ち着きを取り戻していくように見える。

 それにしてもこれ治るの? もし仮にアイツを倒しても、このままだったらどうしよう…… いや、でもゲームなんだからアイツを倒せば治る、と信じよう。信じるしかない。


 誉さんがホワイトボードに何か書いている。なにかこの現状を打開するいい妙案が浮かんだのだろうか?


 ――多分店に入るとなんかしらの暗示がかかるのだと思います。次同じ状況に陥ればまた五感のどれかを奪われる危険があります。何としても次のチャレンジで決めないと。


 あたしにホワイトボードを見せた後、誉さんの書く手は止まってしまった。だよね、そんなにいきなりいい手が思いつくわけないよね。はぁ、どうしたものか……


 あたしはない頭を振り絞って考えた。頭から煙が出そうなくらい考えた。


 仮定1、店全体が略奪者で店を全部壊さなくてはいけない。

 これだったら詰む。銃火器も効かないんじゃあの店を短時間で壊すなんて無理だ。そもそも銃火器で傷ひとつつけれなかったんだ。これだとどうしようもない。

 仮定2、本体は偸子で、彼女を倒せばクリア。

 多分あたしは店に入ったら暗示にかかってケーキを食べてしまう。あたしがケーキを食べてる12秒のカウントダウン中に誉さんに銃火器で偸子を近距離攻撃してもらう。店全体には銃火器が効かなくても至近距離で打ち込めばなんとかなるかも。でも偸子にも攻撃が効かなかったら詰むし反撃してくるかもしれない。

 仮定3、招き猫が本体の場合

 今思い出したんだけど、招き猫は店を正面から見て右奥の場所に配置されていた。もしかしたら銃火器に当たらない箇所だったかもしれない。もしあの置物が本体なら、あたしがケーキを食べている間に誉さんにアイツを壊してもらう。


 うーん、できることなら仮定3であってほしい。とりあえず仮定1だとどうしようもないよね。よっぽどデカい爆弾なんかあれば壊せるかもしれないけど、あのマシンガンみたいなので傷ひとつついていなかったんだ。望みは薄いだろうな。


 決めた! もう仮定3の招き猫が本体というのに賭けて再度アタックだ!


 ――誉さん、招き猫を叩きましょう。


 あたしはホワイトボードでさっきのあたしが建てた仮設を説明した。それを多分黙って聞いている誉さん。少し考えた後、彼女はホワイトボードを手に取り、何か書き始めた。


 ――先程五感が取られると書きましたが、これは間違いかもしれません。もしかしたら蒼様の体の一部が奪われる可能性があります。


 え? 嘘でしょ? てことはなに? 心臓とか盗られちゃったらどうなるの? 脳みそとかって可能性もあるってこと?

 音が聞こえないにも関わらず、実際のこの空間にも重い重い沈黙が流れているのが肌で分かる。

 おばあちゃんをふと見るととても悲しそうな、でも怒りに震えているようななんとも形容し難い表情をしている。おばあちゃん、ゲームなんだよ? なんでそんな表情してるの?

 誉さんは意を決した表情を浮かべホワイトボードを手に取った。


 ――覚悟はいいですか? 次がラストチャンスですよ?


 誉さんのホワイトボードの文字への返答に文字はいらなかった。

 あたしの覚悟はもうできてる。怖くないと言えばウソになるけど、何故だか気分が高揚している自分がいる。あたしは迷わず……


「はい!」


 こうして3度目の正直、対略奪者再戦が開始された。



    ◇



 眼鏡を装着し扉を開ける。くぐればもうすでに見慣れた感もある街がそこにある。

 誉さんとは事前に入念に打ち合わせをした。

 店に入ってあたしが暗示にかからなければそれでよし。ふたりで招き猫をぶっ壊す。もしあたしが暗示に掛かってケーキを食べだし、カウントダウンが始まったら12秒の間になんとか誉さんに招き猫を破壊してもらう。

 すでに誉さんの両手には何処から出したのかわからないマシンガンが2丁。

 あたしたちは互いに目配せして小さく頷く。

 ミッションスタートだ。


 店に足を一歩踏み入れる。できるだけショーケースのほうは見ないように気をつけて…… いたはずだった。なのに、ふと偸子のほうを見てしまった。ずっとどこを見ているのか分からない虚ろな視線だったはずなのに、彼女はあたしを見ていた。そして彼女の視線がふと下を向いた。あたしはそれに釣られてしまった。え? 視線を誘導されたの? しまった!

 思わずショーケースの中のケーキを見てしまい、その瞬間どんなケーキがあるのか考えてしまった。

 フルーツタルト、カヌレ、チョコレートケーキ、ピスタチオのムース、ホワイトチョコでコーティングされたバウムクーヘン……

 ダメだ、盗っちゃダメ! でも体が、心が、頭が、言うことを聞かない!


 招き猫に向かって至近距離でマシンガンを構えている誉さんと目が合った。彼女が悲しそうな表情で首を横に振っている。ダメです、蒼様って言ってるのが聞こえないのに分かる。でも、ごめん、抗えない!

 バウムクーヘンを思わず手で鷲掴みにしてしまった。


 ――略奪行為と認定されました。対象が略奪フェーズに移行します。発動まで12秒です。ご注意ください


 偸子の後ろの光が徐々に消えていく。あたしは無我夢中でバウムクーヘンを貪った。その間誉さんは招き猫へマシンガンの集中砲火を浴びせている、でも物凄い轟音であろうその空間は完全な静寂に包まれていた。

 刻一刻と光を失っていく大きな輪。この光が完全に消失した時、あたしの何かが奪われる。一体なにが奪われるんだろう。視覚? 嗅覚? 味覚? それとも……


 ――心臓?


 物凄い硝煙で招き猫がどうなったのか見えない。お願い! 壊れてて! 

 次第に薄れていく煙。あと少しで完全に光が消失する輪っか。

 ようやく姿を現した招き猫は……


 ――う、う、嘘でしょ……


 傷ひとつない。

 無傷だった。


 ――対象が略奪モードに移行しました。ご注意ください


 視界への表示と共に脳内に響き渡る女性の声。その瞬間。


 胸の奥が……


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