第10話 美味しそうなケーキ

 ――えぇと、まずターゲットの能力ですが……


 あたしが勤める徳倉ウィメンズクリニックの医院長徳倉メル氏が連れてきた助っ人誉さんは、どこから取り出したのかわからないホワイトボードで状況説明を始めた。


「ヤツは十中八九相手の所持している物品を奪います。この行為のトリガーはヤツを攻撃することだと考えられます。私がヤツに物理攻撃を仕掛けた直後、蒼様のブルースクリーンに反応があったことからも間違いないと思います」

「えぇと、ということは棒とかで偸子とうこをえいやぁって叩いたりしても意味ないってこと?」

「そうですね、そういうことになります」


 え、じゃどうすんのよ? これ詰んでない? 相手にダメージを与えられないのなら倒せないじゃないの……


「それと分かったことがもうひとつ。蒼様の視界には12秒と表示されていたのですよね? それは多分ヤツの背中に浮かんでいた光の輪がリンクしているかと思います。あの光の輪には上下左右に光の柱のようなものがあるのを確認しました。多分あの光の輪は時計を表しているのでしょう」

「な、なるほど。あたし全然気がつきませんでした。そんな柱なんかありましたっけ?」

「えぇ、ありました」


 全く覚えてないです。てかよくあんな状況でそこまで状況を注視してたよね。この人凄いな。そりゃ先生とゲーム開発してるくらいだからできる人なんだろうな。


「う~ん、むにゃむにゃ…… うるさいのう。人が気持ちよく寝とるというのに」

「あっ、おばあちゃんおはよう」


 あたしたちの会話でおばあちゃんが起きてしまった。

 むにゃむにゃ言いながら布団から出たおばあちゃんの姿を見てあたしは唖然とした。

 何故ならおばあちゃんはあたしが子どもの頃に着ていたプ〇キュアのパジャマを着ていたのだ。


「お、おばあちゃんまだそのパジャマ着てたの? 一体何年着てるのよ!?」

「ン? あぁこれかい? これ蒼ちゃんが着てたパジャマのおさがりじゃよ。最近の衣服は丈夫じゃなぁ。まだあと10年くらいは着れそうじゃの」

「い、いや、いい加減新しいの買おうよ。てかそんなの着てたら完全に幼児だよ」

「そうかの? これ気に入ってたんじゃけどのぅ。こいつ魔法を使うヤツなんじゃろ?」

「いや、そうだけれども……」

「コホン……」


 夫婦めおと漫才ならぬ祖母孫漫才を繰り広げていると、誉さんの咳払いが漫才の強制終了を迫ってきた。


くれない様ご無沙汰しております。今回志岐谷蒼様のサポートをさせていただいております。お孫様には傷ひとつつけさせはいたしませんので、どうかご安心を」

「おぉ、久しぶりじゃの。誉。ふぅん、あやつ、お前を寄越すとはあながち前に言っとったことも嘘ではないようじゃの。そうかそうか、を寄越すか」

「え、なに? 一桁って?」

「あっ! いや、こっちの話じゃ。要は誉はできるヤツじゃってことじゃ」

「ふ~ん、そうなんだ」

「蒼様、先程の続きをさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい、お願います」


 それから彼女はあの短時間で気づいたことを事細かく説明してくれた。

 こちらが攻撃して略奪フェーズに移行するまでに12秒の猶予があること。12秒が経過するとこちらの使用していた武器を奪われること。武器を使用していない場合何を奪われるのかは不明なこと。そして……


 ――あの招き猫が怪しいです


「招き猫ですか? まぁ確かにあんなにお洒落なケーキ屋さんに招き猫はちょっと不釣り合いかなぁとは思ってましたけど」

「いえ、そうではなく、あの招き猫はずっと目が光っていましたよね」

「え、そうでしたっけ? ごめんなさい、そこまで気が回らなかったです」

「そうですか、いいでしょう。それともうひとつ、あの招き猫はずっとこちらを見ていました」


 は!? え、でもあれ招き猫だよね? 置物だよね? 招き猫がこっちをずっと見てる? そんなこと有り得るの? あ、でもここはゲームの世界なのか、あるっちゃある話なのか?


「私が思うに、多分あの招き猫が今回の重要なファクターなのだと推測します。蒼様から聞いたお話では、確かご友人が略奪者に認定される前からあそこにいたとか?」

「はい、確かにあの店に入った時からあの招き猫はあそこにいました」


 ――なるほど。では参りましょうか。


 え? いきなりすぎない? なんの説明もなしですか? こ、困るんですけど……

 唐突な突撃2回目を宣言され、あたしたちは再びあの扉をくぐることになった。



    ◇



「蒼様準備はよろしいでしょうか?」

「いや、準備もなにも誉さんに言われるがまま扉をくぐったんですけど」


 特に説明もないまま再びケーキ屋の前に来てしまった。先程の銃撃がまるで嘘のように辺りには変化が全くない。


「説明不足で申し訳ありません。蒼様も薄々感づいているとは思いますが、ターゲットは攻撃しなければ、こちらに危害をくわえてくることはないかと思われます。なので今回は何もせず店の中まで行き、情報収集をメインに作戦を組み立てていこうと思っております」

「な、なるほど~。てかあたし全然分かってないですからね! 全部言ってください!」

「承知しました」


 ほんとあたしが察しいい女ってのを前提に話を進めてくのやめてほしい。どっちかっていうとあたしは鈍感なほうなんだから。


「では参りましょう」


 彼女の静かな号令と共にあたしたちは店へと突入する。

 確かに店の中へ入っても偸子にはなんの動きも見られない。話しかけられることもなければこちらを見ている様子もない。何処を見ているのか定かではない虚ろな瞳で立ちつくしているだけ。ただ、誉さんの言ったとおり、招き猫は確かにこちらを見ている。怪しく光るまなこでこちらの様子をじっくりと。


「ほ、誉さん、ここからどうするんですか? てかやっぱあの招き猫こっちをめっちゃ見てますね。にわかには信じられないんですけど、やっぱこれもゲームだからですかね?」

「え、えぇ、そうですね、ゲームですからね。そういうこともあるのだと思います」


 しばらくショーケースの中のケーキを見て回る。相変わらず色とりどりの美味しそうなケーキが棚一杯でどれも食べたくなる。モンブランショートケーキ、プリンにシュークリーム、あっ! この塩キャラメルのエクレアすっごく美味しそう! あぁ食べたい、食べたいなぁ。


「ねぇ、誉さん、ひとつくらい食べてもいいよね? ご自由にどうぞって書いてあるし」

「え、ちょっと待ってください! ダメですよ蒼様、碓氷偸子がケーキを食べてどうなったかご存じですよね!? ってちょっと!」


 何故だか分からないけどどうしようもなくケーキが食べたくなった。なんでだろ? 店に入る前まではこんなことこれっぽっちも思ってもなかったのに、ショーケースを見ていたらいつの間にか我慢ができなくなっていた。

 あたしはお客側から開くおかしなショーケースを開くと、塩キャラメルのエクレアをひとつ手に取っていた。


「いただきまーす!」

「蒼様!!」


 ――ぱくり……


 その瞬間、あたしの目の前はまたしても青色に染まった。

 そう、ブルースクリーンが再び現れたのだ。


 ――略奪行為と認定されました。対象が略奪フェーズに移行します。発動まで12秒です。ご注意ください


「蒼様! 気をしっかり! 碓氷偸子の光が減少し始めました! 早く! 一旦退避します! なにが起こるか検討もつきません! そんなもの食べてないで早く!」

「え、ちょっと待って、もうちょっとで食べ終えるから」


エクレアを食べ始めたらもう止まらなくなっていた。危険な状態なのは分かっているはずなのにどうしてもこれを食べ終えなくては……

 次第に光が消えていく偸子の後ろの大きな輪っか。ふと招き猫を見るとさっきまで怪しく光っていたふたつの眼から光が消えている。


「蒼様! もう時間がありません! もう光が4分の1しか残ってませんよ! 早く食べ終えてください!」

「うん、もぐもぐ、あと、ちょっと、もぐもぐ、うん、ラストひと口!」

「蒼様申し訳ありません! 限界です! 抱えさせていただきますよ! 退避します!」


 誉さんはそう言うとあたしを肩に担ぎ扉まで一目散に走り出した。でも……


 ――対象が略奪モードに移行しました。ご注意ください


 視界への表示と共に脳内に響き渡る女性の声。その瞬間。


 ――世界から音が消えた。

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