第9話 対略奪者戦開始
「それでは蒼様、参りましょうか」
「え、あ、うん、ですね、行きますか、あっ、その前にっと」
おばあちゃんがうちに来た時に持ってきた神棚に手を合わせる。
神棚には
信心深いおばあちゃんに毎朝手を合わせろと言われていたのだ。
「オッケ! これでよしっと!」
1K6畳一間の私のお城で徐に眼鏡を装着する。この何の変哲もないアナログチックな眼鏡が新世代のVRゲーム機だという。
いまいち腑に落ちない点もあるのだけれどそんなことを言っていられる状況でもない。あたしは眼前に見える不気味な扉に手を掛けた。
「おぉ、こ、これが……」
「おっ!? さすがに誉さんもびっくりしちゃってるかんじです? あたしも初めて見た時はビックリしましたよ~」
「えっ? あ、いや、あぁ、そうですね」
うんうん、いくらメル先生のゲーム仲間といえ、この非現実空間を肌で感じれば今まで感じたことのない衝撃を受けてしまうのも致し方ないことでしょう。
ふと空を見上げると相変わらず青い月が出ている。ずっと見ていられるほど、とても美しくて心を奪われそうになる神秘的な青。
「それで、
「えぇ、あの、道路を挟んで真向かいにあるあのお店です」
木目製の可愛らしい看板には『gâteau du pillard』と書かれている。
あそこだ。あそこに行ったせいでこんな状況に陥ってしまったのだ。あそこにさえ訪れていなければ。
「なるほど。Pillardですか。わかりやすいですね」
「え? どういう意味なんですか?」
「え? いえ、そのまま略奪者ですが。あ、もしかしてフランス語は堪能ではありませんか?」
フランス語なんて分かんないわよ! なんで分かる前提で話してんのよ! なんか微妙にドヤった顔でこっち見てるし!
何故だかマウントを取られたような気がして軽く地団駄を踏んだ後、再び店の中の様子を探る。
「あれ? なんか前と様子が違うような。えっ!? あ、あれってもしかして」
店内を覗き見るとショーケースの奥に前では見られなかった光景が広がっていた。
そうだ、ショーケースの奥に人が立っている。
「あ、あれって
そこに立っているのは恐らく偸子だ。道路を挟んで店まで数十メートルはあるのに何故だか分かる。パティシエの着るコック服を着てショーケースの前で棒立ちになっている。ん? あれはなに? 彼女の背後に光る大きな輪っかのようなものが見える。
「あれが今回のターゲットのようですね。とりあえず直接攻撃が効くかどうか試してみます」
「え? ちょ、直接攻撃? 誉さんなに言ってるんですか!?」
「参ります」
彼女はそう言うとお店に向かって一直線に走り出した。彼女の両手にはいつの間にか物々しい機関銃のような銃火器が握られていた。
あっという間にお店の前で仁王立ちした彼女は、2丁の銃火器を重さを全く感じさせない動きで、なんの躊躇もなくぶっ放した。
――ドドドドドドドッ!!
排出された物凄い数の薬莢と、辺りに充満する煙で前が見えなくなる。
「ちょ、ちょっと! 誉さん! いきなりなにやってるんですか!」
「え? いえ、これで倒せれば楽かなと」
遅れて誉さんに駆け寄ったあたしは周りに立ち込める煙に思わずむせそうになる。
煙は徐々に晴れていき視界はクリアになっていく。銃弾が放たれた先は……
「え、なんにも壊れてない…… どうして?」
「やはり銃火器類は効かないようですね。次の手を考えます」
誉さんがそう答えた直後、あたしの視界は青色に染まった。
――攻撃は遮断されました。対象が略奪フェーズに移行します。発動まで12秒です。ご注意ください
は? なにそれ? どういうこと? またカウントダウンが始まるの?
しかし視界には前みたいに数字の表示はない。
「蒼様、ターゲットの背中にある光の輪が徐々に光を消失していっています。なにかあるかもしれません。ご注意を」
「え、いや、ご注意って言われても!」
でも確かに偸子をよく見ると背中に浮かんでる大きな光の輪っかが徐々に光を減らしていっているような気がする。なんかヤバい気がする。根拠なんてなんにもないけど、あの光が全部消えたらなにかが起こるような嫌な予感。
そしてついに完全に輪っかから光が失われたその時……
――対象が略奪モードに移行しました。ご注意ください
視界への表示と共に脳内に響き渡る女性の声。その瞬間。
「ミスりました。銃火器を奪われました」
「は?な、なんで?」
ショーケースの奥に立つ偸子の両手には、誉さんが持っていたはずのマシンガン2丁。偸子は
「蒼様まずいです。一旦退避します」
「え、え、え、た、退避?」
「早く! 走りますよ! とりあえず一旦扉の向こうへ!」
――ドッドッドッドッドッドッドッドッ!!
こちらに向けて発射された銃弾の雨。
やばいやばいやばいやばい! え、これってもし喰らったらどうなっちゃうの? まさか死んじゃったりはしないよね? こんだけリアルなんだもん、もしかして痛みとかもあるとか?
嫌だ嫌だ嫌だ! 痛いのは嫌!
とにかく無我夢中で扉まで走る。片手でマシンガンを撃っているからか、照準が定まっていないみたいで、銃弾は四方八方へ飛散している。でも、万が一あんなのが一発でも当たったら……
ドアノブを回しながらふと偸子の方を向いた。その時丁度彼女の構えたマシンガンの銃口があたしの顔面を捉えていた。
あ、死ぬ。そう思った瞬間だった。
――オブリヴィオン
あたしの目の前まで来ていた銃弾が一瞬にして消失した。なにが起こったのか理解できない。でも確かに銃弾はあたしの目の前まで来ていた。弾丸がスローモーションで見えたから。死ぬ瞬間って本当に周りがスローになるんだ、なんてあの一瞬で考えちゃったくらい。
「大丈夫ですか? お怪我は御座いませんか? さぁ、早く退避しましょう」
「は、はい!」
命からがら6畳一間のあたしのお城へ逃げ帰る。
息を切らしながら眼鏡をテーブルの上に置き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。ていうかあれなんだったの? あんなのどうすればいいの? あんなの倒せるとは思えないんだけど。
「蒼様お疲れさまでした。相手の攻撃パターンの一端が見れましたね。上々です。相手の分析と対応策を検討し次第再度突入しましょう」
え、マジ? なんでそんなに冷静なの? 今殺されそうになったんだよ!?
彼女の顔を見ると汗ひとつかいていない。息も全く切らしていないどころか衣服の乱れも、髪型も全く崩れていない。どうなってんの? この人。
「とりあえず分かったことがありましたのでお話します」
「え!? 本当ですか!?」
彼女は淡々と情報分析を開始した。
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