第8話 10年前の大災害
「えっと、あとはぁ、にんじんのマリネと4種チーズのピッツァ、あとオリーブのオイル漬けお願いします」
――かしこまりました
店員さんに注文をお願いし、テーブルに置かれているお水の入ったピッチャーで3人分の水を注ぐ。先生はワインだけ。おばあちゃんはなんでもいいというので、厚切りベーコンのピッツァを注文した。
「蒼君、今回は色々と面倒を掛けてすまないね。先程も言ったが私が最大限フォローするから、わからないことがあれば何でも私に聞きなさい」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
しかしあのゲーム、正直言うともうやりたくない。あのゲーム余りにもリアルすぎた。臨場感とかが半端じゃなかった。あたしも多少ゲームくらいはしたことはあったけど、ゲームにあそこまでのリアルさは求めてはいないのだ。
「話は変わるが、そういえば今日はアレが起こった日だったね」
「そうじゃのう、もうあれから10年も経つのか。早いもんじゃのう」
――アレ
10年前の今日10月10日、旧東京都S区を中心に未曽有の大災害が起こった。
地震に伴う大規模な地盤崩落、誰が言いだしたかは知らないけど通称『レフトビハインド』この言葉には『取り残される』とか『置いてけぼりにされる』って意味があるらしい。
あの頃あたしはまだ子供で、住んでるところも離れてたからテレビで見るその惨状はまるで人ごとのよう、お話の中の出来事のように感じていた。
大災害発生時、被災地では超大規模な都市再開発事業が行われていて、幸いにも、なんて言ったら遺族の方々に失礼かもしれないけれど、人的被害はそこまで多くなかったらしい。
でも大災害があった場所は、何処からか漏れだした有害物質で汚染されていて、今でも隔離状態になっている。現在では汚染された地域を囲むように、高さ数十メートルの壁が建造されて中は見えなくなっている。
でも噂では地盤崩落の影響で、物凄い規模の大穴がそのままの状態で放置されたままらしい。
噂というのもその周辺一帯で原因不明の電磁パルスが発生していて、一切の電子機器を使用することができず、ドローンを使用した撮影も行えない、だから現状囲まれた塀の中がどうなっているのか分からないのだ。
「実はかく言う私もあの災害の後、この街へやってきたんだがね」
「えっ!? そうだったんですか? 初耳です」
「あぁ、君には話してなかったかもしれないね。私は元々あの災害のあったすぐ近くの病院に勤めていたのだよ。それから色々あってこの地で開業したというわけさ」
「そうだったんですか。先生も大変だったんですね」
「まぁ、ね……」
その後普通におしゃべりしながら美味しいイタリアンをご馳走になった。おばあちゃんは初めて食べたピッツァをうまいうまいと頬張りながら、もう一枚おかわりをしていた。
そうして白衣を着たイケメンと年寄のような話し方をする幼女と、何処にでもいそうな女の凸凹3人組のお食事会は、あっという間にお会計の時間になった。
「今日はありがとうございました! また明日からよろしくお願いします!」
「あぁ、明日は出勤日だったね。ゲームの詳細についてはまた明日話そう。それでは」
そうして本日のお食事会はお開きになったのだった。
◇
次の日――
現在の時刻は午前5時15分。カァカァと寝息を立てて寝ているおばあちゃんを横目に、勤め先へ向かう為早朝から準備をしていると……
――ピンポーン
え? 誰? こんな朝早くから。あっ! もしかして
ゲームの中に置いてけぼりにしてしまい、あの後どうなってしまったのか心配してたけど無事だったんだ!
あたしはのぞき窓も確認せずにドアを開けた。
「やぁ、朝早くから失礼」
ドアの前に立っていたのはメル先生だった。
「え、ど、どうしたんですか!? こんな朝早くに」
「いやね、今日は君は出勤しなくていい。そのことを伝えにね」
「え、どうしてですか? そもそもそれなら電話をしてくださればいいと思うですが」
「いや、君には今日あのゲームをプレイしてもらおうと思ってね。それでね、できることなら私が一緒についていきたいところなのだが、私は仕事があるんでね。代わりと言ってはなんなんだけど助っ人を連れてきたのだよ」
助っ人? どういうこと? というか確かこれってあたししかゲームをすることができないんじゃなかったっけ? いや、でも助っ人っていうくらいだ。ゲームしながらアドバイスとかくれるんだろう、そうだ、きっとそうに違いない。
「紹介しよう。誉くんだ」
先生の言葉で彼の後ろに隠れていた女性が顔を出した。
先生が言うまで先生以外の人の気配に全く気づかなかった。まぁあたしは忍者でもなんでもないので、人の気配が読めるわけではないのだけれど。
「蒼様、わたしく誉と申します。この度は我が主がご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした。主人に代わりましてお詫び申し上げます」
「いや、誉君、そういうのはいいから。もうちょっとフランクに話していい」
「承知しました」
深々と頭を下げる女性。身長はあたしと同じくらいか少し高いくらい。美しい黒髪は肩辺りで綺麗にまとめられて、朝の陽ざしがキラキラとその光沢を照らしている。服装は黒のシックなスーツ。女性のスーツはなんというか萌える。ザ・できる女性ってかんじ。
「えぇと、彼女も私のゲーム製作のメンバーのひとりなのだよ。それで彼女がNPCとして君と一緒にゲームに参加する。いわゆる拡張機能の一種と考えてくれていい。だからゲームの中では彼女を頼ってくれたまえ」
あれ? あたししかゲームに参加できないって言ってたのに彼女はできるの? てかNPCってゲーム内のキャラクターのことだよね? うーん、よくわかんないけど考えてもしょうがないよね。
「はい。分かりました。あそこに行くのはちょっと怖いけど、精いっぱい頑張ります!」
「うん、いいね。君ならきっとクリアできる。とりあえず今回のボスは……」
――略奪者だ
略奪者。あの時ブルースクリーンで出てきた単語だ。あたしの腐れ縁である
「あの、先生、そのボスってどんな容姿をしているんですか?」
「あぁ、それがだね、このゲームはボスが毎回ランダムで生成されるのだよ。だから私には今回の標的がどんなヤツなのかは分からないのだよ」
「え、そうなんですか、分かりました……」
先生使えねぇぇぇ! なんなのよランダムって! なんでそんなややこしい設定にしたのよ! こんなVRゲーム初心者のあたしに本当にこのゲームクリアできるの?
「大丈夫だ蒼君。なんとかなるさ、きっと」
「はぁ……」
「蒼様、わたくしにお任せください。この誉が見事任務を果たしてみせます」
「はぁ……」
何か心配になってきた。だがそんな弱気も虚しく、あの扉をくぐる時間が刻一刻と迫ってきていたのだった。
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