第20話 阿鼻叫喚
「よぉ! どうした!? ここは気に入ったか? ガキにはちょいと敷居が高かったか?」
「うるさいわね、男子禁制のここに、なんであんたがいるのよ!?」
「あぁ!? ここは俺様が作ったんだから俺様はいいんだよ!」
高級そうなソファーに座り、えらそうに足を組む緑川とどり。近くにいた女の子に酒を取りに行かせて、テーブルに置いてあったフルーツを無造作に掴む。
「なぁ、お前も特別なコンヴィクターなんだろ? どうだ? 俺と取引しねえか?」
突然の提案。一体なにが目的? もちろんこちらに有益なら一考する余地はあると思うけど、こいつって討伐する対象なんだよね? どうしたらいいの? あたしには判断がつかない。
「蒼様、ソイツの戯言に耳を貸してはなりません。今回の討伐対象はヤツで間違いないでしょう。許可さえいただければわたくしがすぐにでも排除してみせます」
「おいおい! スーツのねえちゃん! なに物騒なこと言ってんだよ。こっちは丸腰だぜ? そんなやべえもんはテーブルに置いときなって」
緑川とどりの発言であたしは誉さんの見る。すでに両手にはマシンガンが2丁、いつでも発射できると言わんばかりに、銃口が緑川とどりに向けられていた。
「ほ、誉さん! と、とりあえず話を聞きましょう。争わずにこの場を収められればそれに越したことはないですし」
誉さんはため息をつきながらも、あたしの提案を受け入れてくれた。
「なぁ、お前らはここのことをどれくらいまで正確に理解している?」
突然投げかけられた質問に一瞬意図が読めなかった。ここってゲームでしょ? それ以上も以下もないと思うのだけれど。
「あなたは何を知ったのですか? 誰の入れ知恵ですか? 前回接触した時はこのような暴挙にでるような男には見えなかったのですが」
あたしが言葉を出す前に誉さんが緑川とどりの意図を探る。誰の入れ知恵? どういうこと? 彼をこうさせた誰かがいるってこと?
「あぁ!? 何を知ったかねぇ…… まぁあらかたここが何故こうなったかを聞いた。そしてどうすれば俺がここから解放されるかも聞いた。とにかく俺はここから早く解放されたい。それには『略奪』の認定を受けたお前の協力が必要だ。どうだ? 俺と手を組まないか?」
ここから解放? こいつの言動もゲーム内のイベントかなにかなの? そしてあたしの協力? 言ってる意味がよく分からない、こいつはゲーム内であたしの仲間になる人物ってことなの?
「蒼様! こいつに耳を貸してはなりません! 討伐の許可を! ご判断をお願いします!」
「え、え、ちょ、ちょっと待ってください。あ、あたしにはそんな……」
あたしはどうしたらいいの? あたしの選択でこの先の展開が大きく変わっていく。そう思うとあたしは迂闊に判断ができなくなっていた。どちらの言葉を優先すべきなのか。
「はぁ、もういいわ、おまえ。ここまで譲歩して決断できねえなんてな。おまえはこの先、生き残ることなんてできやしねえわ。ってことでおまえはここで死ね。本当の意味でな」
緑川とどりはそう言ってソファから立ち上がり、踵を返し何処かへ立ち去ろうとした。
「蒼様! 早くご指示を!」
「え、そ、そんなこと言われても……」
あたしは躊躇し続けた。きっとここであたしは失敗したのだろう。この時誉さんに許可を出して、あいつを撃っていれば…… あたしの優柔不断がその後に起こる惨劇を招いたのだ。
◇
「ねぇ、あなたとどり様のなんなの?」
突然あたしたちの隣に座っていた女性に声を掛けられた。
「え、べ、別にただちょっと前に知り合っただけですけど……」
「嘘よ! あんたとどり様の寵愛を独り占めしようとして、あんな演技をしたんでしょうがぁ!」
彼女に先程までの笑顔はなかった。突如変貌したかのように鬼の形相であたしをにらみつける。まるで今にも飛び掛かってきそうな程に。
「え、ど、どうしたんですか!? あたしあいつなんてなんとも思ってないですから!」
「あぁ!? あいつぅ!? とどり様に向かってあいつぅ!? あんたマジで殺してやろうかぁ!」
彼女の目は血走っていた。そしていつの間にか彼女の右手にはナイフが。
「蒼様! お下がりください! その女は危険です! 排除いたします!」
「えっ!? ま、待って……」
あたしの静止は誉さんには届かず、下着姿の女性はマシンガンの餌食になった。衝撃で後方に吹き飛ばされる下着姿の女性。
「蒼様に対して殺意を向ける者は全て排除対象です。ここにいる蒼様に敵対する全てはわたくしが排除いたします」
フロアにいた無数の女性が一斉にあたしを睨みつける。
一体皆どうしたっていうの? さっきまで楽しそうに踊ってたじゃん。なんで急にあたしのことを睨むの? 女性たちの突然の豹変に理解が追い付かない。なにが起こってるの? あたしが何をしたっていうの? 止めてよ、そんな目であたしを見ないで!
「殺す。とどり様の寵愛を独り占めするヤツは殺す。とどり様は私だけのもの。寵愛を受けるのは私だけ……」
「はぁ!? なに言ってんのよ!? とどり様を愛するのは私ひとりで十分なのよ!」
フロア内で女たちが言い争いを始めた。なんなの? これは一体…… あたしは何を見せられてるの? 言い争いはやがて骨肉の争いに発展し、爪と歯でお互いを傷つけあう。
「蒼様! お下がりください! 奴らは錯乱状態です! ここで一掃します!」
「えっ!? 待って! お願い待って! 誉さ……」
あたしが言葉を言い終える前にコスプレ姿の女とメイド服の女があたしに向かって飛び掛かってくる。あのメイド服の女の子はあたしたちを店に案内してくれた子だ。
あんなに可愛かった顔が今ではこめかみに血管が浮かび上がり、力を入れ過ぎたのか歯ぐきからは血が流れ、先程までの顔の面影もない。
どうしてこうなっちゃったの? あたしが緑川とどりの提案を無下にしたから?
あたしに襲い掛かってくる女性たちを誉さんがマシンガンで吹き飛ばす。ゲームなのに血は噴き出し、臓物が散乱する。
突然の惨劇に呆然としていると、すぐにフロア全体からのあたしたちへの突き刺すような視線を感じた。つい先ほどまで若い女たちの嬌声と重低音のBGMに包まれていたのに、今は一切の音がない。その代わりの殺意の視線。
だがその静寂も長くは続かなかった。突然堰を切ったかのようにあたしたちへ襲い掛かってくる女達。襲い掛かってくると同時に誉さんのマシンガンが轟音と共に女たちを薙ぎ払っていく。
銃撃を受け泣き叫ぶ者、怒号を放ちながらただ闇雲にこちらへ向かってくる者。吹き飛ばされた肉の塊を掻きわけるように鬼の形相をした女性達が次々と襲い掛かってくるその様はまさに地獄そのものだった。
「蒼様! わたくしが全て薙ぎ払いますのでどうかしばしのご辛抱を!」
押し寄せる人の波は次々と誉さんの銃撃によって打ち消されていく。だけども終わらない肉の波。激しい憎悪と殺意の波。
なんなのこれ? ゲームにこんなリアルなんて求めてないよ? こんなんあたしの想像してたゲームじゃないよ。嫌だよ。殺すとか、殺されるとか、そんなん求めてないよ。
――そんなことするならみんなここから出てってよぉ!
あたしは目を瞑って、両手で頭を押さえながら叫んだ。
しばらくあたしは頭を抱えて色々考えていた。なにがいけなかったの? あたしが選択を誤ったの? そんな妄想に囚われてしばらくして、気づく静寂。
「え、え、え、な、なにが起こったの!?」
辺りを見渡すと誰もいない。押し寄せてきていた女の子達も、自我が崩壊したのか、自分で自分の顔を爪でひっかく女の子も……
そして誉さんの姿さえこの場にいなかった。
なにが起きたのか理解できずひとりソファーで呆然とするあたし。
先程までの喧噪から解放されたフロアは、七色の光だけが華々しく辺りを照らしていた。
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