第6話 メル先生
「おい、お前蒼になにした?」
「あれ? 先輩、どうしたんです? こんなところで」
志岐谷蒼が住むアパートからほど近い場所に佇む一件の建物。
シックな白の外壁、風景と調和の取れた外構。
モダンながらもどこか懐かしさを漂わせるその建物……
「当医院へようこそ。今日は休診日です。こんなところで立ち話も何ですので、どうぞ、中へお入りください」
志岐谷蒼の祖母、
「おい! メフィスト! おまえどういうつもりだ!? 何故あれを蒼に渡した!? あれはお前に処分するよう言ったよな! なんで蒼が持っている!?」
「まぁまぁ先輩、落ち着いてください。立ち話もなんなんで、とりあえず中へ入りましょう。詳しい話はそれからということで」
彼は彼女を建物内へ導く。彼が経営する医院……
――徳倉ウィメンズクリニックへ
「えぇと、それで今回の来訪はどのような件で?」
「しらばっくれるんじゃない! お前わしの孫になにかしでかしただろうがぁ!」
「あぁ、まぁ、それはぁ、結論から言えば……」
――イエスです
「貴様なにかっこつけてポーズ決めとるんじゃ! イエスじゃない! なんでそんなことしでかしたんじゃ!?」
彼の名前は徳倉メル。まるでモデルのようなスタイル、流れるような長い黒髪、整った端正な顔立ちに神秘的なオッドアイの瞳。医者である彼は常に白衣に身を包み、常に洗練された立ち振る舞いをする。
そんな彼は志岐谷蒼の祖母の怒声を気にすることなく日曜日、誰もいない医院の待合室にあるテーブル上に置かれた炭酸水入りのペットボトルを手に取った。
「おい! 貴様はなに人のこと無視して水なんか飲んどるんじゃ!」
「いや、先輩、これ水じゃないですよ、炭酸水ですよ」
「あぁぁぁ!! そんなことはどうでもいいんじゃい!!」
ペットボトルに口をつけほんの少しだけの水分補給をしたあとメフィストと呼ばれた男は口を開いた。
「端的に言えば、以前先輩から送られてきた例の石、処分してくれと頼まれていたあの石、あれを彼女に渡しました」
「はぁぁ!? 貴様はなんつーことをしてくれとるんじゃあ!! よりにもよってあれを蒼に渡したのか!?」
「えぇ、そうです。まぁ石そのままではないですがね。私の工房で色々と加工して渡しましたよ」
「はぁ、あの石がどれだけ危険なものかお前に分からんわけはないじゃろうが。わしだっておまえを信用していたからこそ、アレの処分を頼んだというのに……」
あの石――
それはとても危険なモノ。いつからあったのか、どこから来たのか、人の手に余るその石を人はこう呼んだ。
――悲願石
「結論から言えばアレの処分は私にも不可能でした。そして丁度適合する人物が近くにいた。それだけのことです。もちろん今後のフォローは私が責任をもって果たしますよ。幸い彼女とは顔見知りですしね」
「はっ!? そうなのか? それは初耳じゃぞ。まぁいい、言質はとったからの。もしあの子に何かあれば…… お前さん、分かっとるな?」
「えぇ、もちろんです。あなたを敵に回すほど私は愚かではありませんよ」
「ふんっ、まぁええ。今日は帰るがまた連絡するからの。蒼が待っとるからな」
「えぇ、お気をつけて」
蒼の祖母紅はメフィストと呼んだ男に一瞥をくれると、蒼の待つアパートへと踵を返した。
◇
中々帰ってこないおばあちゃんが気になってアパートの外へ出てみた。
「あ、ニャーがいる。おい、ニャー、お前相変わらずぶちゃいくだな~」
このアパートの周辺を縄張りにしているのだろうか。そいつはいつもこの辺をぶらぶらしている。なんてゆーか顔がぶにゅっと潰れたみたいな風貌で、なんとも不細工なんだけど、何故かそこが可愛いやつなのだ。
そんななんともブサ可愛いヤツをなでなでしたりして愛でていたら、おばあちゃんが帰ってきた。
「おかえり! おばあちゃん! 迷子にならなかった?」
「だ~か~ら~! わしは子どもじゃないって言っとろうが!」
「えへへ、ごめんごめん、でもおばあちゃん方向音痴じゃん。だから心配だったんだよ」
「あぁ、そりゃすまんかったの、大丈夫だったぞい」
部屋へ戻り、6畳一間あたしのお城にポツンと置かれた小さいテーブルにお茶を置く。おばあちゃんは喉が渇いていたのか、そのお茶を一気に飲み干した。
「わっ! なんじゃこの変なお茶は」
「え、ルイボスティだよ。おばあちゃん苦手だった?」
「いや、そんなことないぞ。ただ麦茶だと思って飲んだからびっくりしただけじゃ」
そんな他愛のない会話を少しして、あたしも床に腰を下ろす。
「そんで、おばあちゃんどこになにしに行ってたの?」
「あ、あぁ、えぇと、ちょっと昔の知り合いのとこにの。えぇと、なんて言っとったかの、たしか
「えっ!? そこあたしの職場があるとこだよ!」
「ほぉ、奇遇じゃのう。そういえば蒼ちゃん今なんの仕事しとるんじゃっけ?」
「うんとねぇ、病院の受付だよ」
「そうなんか。蒼ちゃんも大きくなったのう。あんなにちいちゃかった蒼ちゃんがもう働いとるとわのう。ところでなんて病院で働いとるんじゃ?」
「え? えっとねぇ、徳倉ウィメンズクリニックってとこだよ」
「は!?」
「どうしたの? おばあちゃん。大丈夫?」
どうしたんだろ? おばあちゃん、あたしそんなにビックリさせるようなこと言ったかな? でもビックリした顔のおばあちゃんも可愛いな。
「う~んと、蒼ちゃん、その院長とも知り合いか?」
「え? そりゃもちろん知ってるよ。メル先生でしょ? あたしを雇ってくれた人だもん」
「は!?」
変なおばあちゃん。また物凄く驚いた顔してる。
ビックリしたおばあちゃんを眺めていると、突然おばあちゃんは立ち上がり、少し電話してくると言って部屋を出て行った。本当に忙しないいおばあちゃんだ。
◇
「あ~、蒼ちゃんすまんかったの。ちょっと今からここに人がくるでの。そんなに時間はかからんから少し待ってておくれ」
「え? 誰が来るの?」
「あ~、来たら分かるでの。蒼ちゃんも知っとるヤツじゃから」
「ふーん、分かった」
そんなこんなで待つこと約15分……
「やぁ、お休みのところ悪いね。蒼君」
「えっ!? メル先生! ど、どうしたんですか!?」
突然うちにあたしの雇い主徳倉ウィメンズクリニック院長徳倉メル先生がやってきた。
一体どういうこと? 全く理解が追い付かない。おばあちゃんの知り合いってもしかしてメル先生だったの?
慌ただしすぎる展開についていけないあたし、あたしの目の前でなにか小言を言い続けているおばあちゃん、それを軽く躱しているメル先生。
一体これからなにが起こるというのだろうか。
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