第4話 略奪者の生成に移行します
「うわっ、なにこれ? どうなってんの? なんで唐突に街があんの? 意味わかんないんですけど」
「だ、だよねぇ、あたしも意味わかんないわ」
予想どおりの反応だ。そりゃそうだろう。部屋の中に突如現れた謎の扉を開いたらそこには謎の街が広がっていたんだから。
「ね、ねぇ! 通りの向こうにあるあの店って、新東京で超有名なケーキ屋さんじゃない!?」
彼女はあたしがさっき訪れたケーキ屋さん目がけて走り出した。2車線ある道路を周りも気にせず横切って。
「ちょ、ちょっといきなり走り出して危ないじゃん! 車が来たらどうすんのよ!」
「え? だって車なんて通ってないじゃん! 大丈夫だって!」
あたしの心配をよそに、彼女は色とりどりのケーキが並ぶショーケースを眺めている。
「やっぱこの店新東京で有名なお店だよ。私テレビでこの店の特集やってるの見たことあるもん! ここのケーキってめちゃくちゃ高いのに、すぐに売り切れちゃうんだよ!」
へ、へぇ、そうなのか、知らなかった。あたしは全くテレビを見ないので、そういう流行りものには疎いのだ。
「ちょ、ちょっと! ご自由にお取りくださいだって! マ、マジかよ~。え~、どれにしよっかな~」
「え、や、やめときなよ! こんなの怪しすぎるじゃん! 勝手に取ったらまずいって!」
「はぁ!? ご自由にどうぞって書いてあるんだから大丈夫よ。それにイートインのテーブルもあるじゃん。そこで食べてこうよ!」
彼女はトレイを手に持ち、色とりどりのケーキ群から好きなものを見繕っていく。あたしは何故だかどうしても取る気になれず、お店に設置されていたウォーターサーバーから水だけを拝借した。
「あんたそんなことだと損するよ? せっかくタダで高級なケーキが食べれるチャンスなのに。そんなんだから男も逃がしちゃうんだよ~」
カチーン!
いやマジでこいつ嫌いだ。てめえが盗ったんだろうが!
いや、まぁ別にあたしのものではなかったのだけれども……
イートイン用のテーブルに座り、5つほど見繕ったケーキを彼女が一気に平らげてしばらく経った。
「ふ~、食べた食べた~。もう当分ケーキはいいかな~。あ~、なんか目が疲れてきた。これあんたに返すわ。あんたつけときなよ」
「え、あぁ、うん」
彼女から手渡された眼鏡は彼女の体温が残っていた。生暖かい眼鏡。なんだか嫌だ。でもポケットのないパジャマ姿だったあたしは仕方なくその眼鏡を装着した。
――error
え、なにこれ、エラー?
――当該行為により
視界のブルースクリーン上に突如表示された文字。略奪? 一体なんのこと?
理解の追い付かない事態に追い打ちをかけるかのように、ショーケースの上段に置いてあった招き猫の目が……
――突然光りだした。
「ちょ、ちょっと!
「へ? な、なに? どうしたの?
一目散で扉へと走る。今回はちゃんと靴を履いてきた。少し遅れて偸子も追いついてきた。
「ちょっと! どうしたのよ!」
「いいから! とりあえずここを出るの! あんたが略奪とかいうのに認定されましたって表示されたのよ!」
「えっ、なにそれ、略奪ってなによ? どういうことよ」
「そんなんあたしに聞かれてもわかんないわよ! とりあえずここを出るわよ!」
急いでドアノブに手を掛けて、回そうとした。でも……
「え、嘘でしょ、ドアノブが回らない、なんで!?」
その瞬間、さっき見た光景が再びあたしの視界に広がっていた。
――ブルースクリーンだ
――深刻な問題が検出されました。碓氷偸子の脳の損傷を防ぐ為碓氷偸子のxxxxをシャットダウンします。この問題は次の事象によって発生しているようです。
→略奪行為
碓氷偸子の脳は碓氷偸子の脳が処理できない深刻な問題に遭遇しました。20秒後に再起動を行います。
さっきのブルースクリーンの文言とちょっと違う。一字一句覚えているわけじゃないけど、さっきは伏字でなんて書いてあるのか分からなかったところに、あいつの名前が表示されている。それに問題が起こった事象のところには、略奪行為って文字。
20秒から始まったカウントダウンは刻一刻と秒数を減らしていく。
15,14,13,12,11……
「くそっ、なんで開かないの!? さっきは普通に回ったのに!」
「ね、ねぇ、ど、どうしたのよ? なんでそんなに慌ててるのよ? そんなに慌てなくてもケーキは逃げないわよ。あんたも一緒に食べようよ」
こいつは何を言ってるんだ? やばいんだぞ! どうなるかわかんないんだぞ! そもそもこの状況をおかしいとは思わないのかよ! なんでそんなにこの非現実を受け入れてるんだよ!
こいつのこういうとこも嫌いだ。もっと危機感を持ってよ! 今大変なことになってるんだよ! お願いだから気づいて!
9、8、7、6……
確実にゼロに近づいていくカウントダウン。一体ゼロになったらどうなるんだろう。皆目見当もつかない。ただよくないことが起こる気がする。何故だろう、それだけは分かる。
「なんかごめんね。私やっぱ重いよね。うざいよね。まぁなんとなくわかってはいたんだぁ。あんたに嫌われてるかもって。でもさ、私はあんたのこと好きだったよ」
「は? と、突然何言ってんのよ! あんたらしくないでしょ! そんな殊勝なこと言うなんて!」
「ううん、実はさ、ついさっきから見えるんだ。真っ黒な影みたいなのが私の後ろにいるのが。それでさ、今私の肩に手を掛けてるんだよね、そいつ」
5、4、3、2……
「あーちゃん、ごめんね」
「なんだよ、それ…… いまさらあだ名で呼ぶなよ。あたしはまだあんたに直接あんたが嫌いって言ってないんだよ! 勝手に諦めんなよ!」
1、0……
――カウントダウンが終了しました。これより十大戒律の徒『略奪者』の生成に移行します
突然脳内に響き渡る女の声。
十大戒律? なんなのよそれ。これからなにが起こるっていうの?
呆然と突っ立っていたあたしの前にいた彼女、碓氷偸子が突如として宙に浮かぶ。
一体なにが起こっているのか、事態がまるで飲み込めない。
だがすぐに彼女に変化が現れた。
宙に浮いた彼女の高そうなブランドものの衣服が破け、裸体が露わになった。
彼女の豊満なバスト、貧乳なあたしをいつも揶揄ってきたむかつく巨乳が露わになって、さらに下半身の全ての衣服までもが取り払われた。
「ちょ、ちょっと、な、なんなのよ! なにがどうなってんのよ!」
意味も分からず彼女をただ茫然と眺める。すると次第に彼女に異変が起き始めた。
「え、あ、あれってパ、パティシエ?」
段々と服が再構築されていく。そして彼女に新たな衣服が現れた。
それはパティシエが着ている服、いわゆるコック服だった。
ドアノブに手を掛けたままのあたしは何故だかその時、ドアノブを握っている手に力を入れた。
「あっ! ドアノブが回る!」
あたしは咄嗟に扉を開き、1K6畳一間のあたしの城へと逃げ込んだ。
一体なにが起こったのか、理解が追い付かない。
ただあたしの腐れ縁の友人碓氷偸子はあちら側へ置いてけぼりにされてしまった。
なんだったの? 今起きた非現実、略奪ってなに?
部屋でひとり呆然となる。こんなことあたしひとりではどうすることもできない。この状況を打破するいい手が全く思いつかない。
今扉を再び開けるのは無理だ。体が拒絶している。
どうすればいいの? 彼女を助けないと。でも……
足りない頭で考えた。
これしかない。
――おばあちゃんにこの眼鏡のことを聞くしかない
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