第3話 ブルースクリーン
「え、え、な、なにこれ、超青いんですけど。って、あれ? これなんか見たことあるような……」
あたしは考えた。
なんかこの画面どっかで見たことが有る。
うーん、どこだったかなぁ。あたしはあたしの賢い脳みそで一生懸命考えた。
「あっ! あれだ! そうだ! これあれだ!」
何故だか突然ピンときた。思い出した。
――これブルースクリーンだ!
そうだ。これブルースクリーンだ。PCに不具合があると画面にでてくるアレ。あたしがPCを使っていると何故か頻繁にブルースクリーンが発生する。別段おかしな使い方をしているわけでもないのに、何故だか頻発するのだ。
いつもYo〇Tu〇eを見ていたり、wo〇dを使っていると突然なりやがる。そして復帰させるのにいつも手間取るのだ。
にっくきブルースクリーンだが、こんなところで日頃のエラー画面が役に立つとは。
「うん? なになに? 問題が検出されました……」
――問題が検出されました。あなたの脳の損傷を防ぐ為xxxxxxxをシャットダウンします。この問題は次の事象によって発生しているようです。
→xxxxxxx
あなたの脳はあなたの脳が処理できない問題に遭遇しました。20秒後に再起動を行います。
ふ~ん、って、はぁぁぁ!?
あ、あなたの脳の損傷を防ぐ、って、こ、これってヤバいんじゃないの?
しかも再起動のカウントダウンが始まってるっぽい。この数字がゼロになったらどうなるの? 今表示されている数字は20秒。え、は、早くここから出ないとまずいんじゃ……
段々とカウントダウンされていく数字。18、17、16……
急いで扉までの数十メートルを駆ける。足元をよくよく見れば家用のスリッパだった。走ってる途中で片方のスリッパが脱げても、とにかく気にせず扉まで一目散。
こんなとこに一生閉じ込められたら洒落にならない。9、8、7……
「あ~、マジでヤバい!でもあともうちょっと! もうちょっとで扉にタッチだ!」
――4、3、2、1……
――ガチャッ!
「はぁはぁはぁはぁ…… し、死ぬかと思ったぁ。こんなに必死に走ったの初めてだわ」
なんとか寸でのところで部屋に滑り込み、余りの緊張で腰が抜けてしまった。
ぶるぶるっ……
「あ、やべ、おしっこ漏れるかと思った、てかちょっと出たかも」
極度の緊張から一気に脱力して、思わず大人のレディにあるまじき失態を犯しそうになる。
「と、とりあえずトイレだ……」
トイレに入って一旦落ち着くと、眼鏡のブルースクリーンが消えているのに気付いた。それになにやらごく小さい電子音みたいなのが聞こえる。再起動しているのか?
しばらくすると突然視界に青い視界と共に、新たな文字が浮かび上がった。
――ユーザー登録完了。志岐谷蒼…… 適合者。
「え、なんか勝手にユーザー登録されたんですけど? てか適合者ってなんぞ?」
なにやら訳の分からないままユーザー登録されてしまったが、まぁ考えても仕方ない。とりあえず眼鏡を外してテーブルの上へ置く。
一旦整理してみよう。
おばあちゃんから送られてくた、いつもの有難いあたしの生命線である食材の詰まった郵便物、だと思いきや、さつまいもに偽造された新聞紙にくるまれた謎の眼鏡が梱包されていた。
そいつを装着してみたら謎の扉が出現した。そんでもってその扉を開いたら謎の街がそこにはあった。
「う~ん、整理したところでなにも分からん。こりゃおばあちゃんに電話して聞いたほうが早いわ」
善は急げ、おばあちゃんに電話しようとスマホを手に取ったその時……
――ピンポーン ピンポーン ピンポーン
は? 誰だ? こんな朝早くに…… あっ
日曜日の朝7時、こんな時間にうちにやってくるのはあいつしかいない。
「ねぇ! なんですぐに出ないのよ!」
「ちょっと! なんで何回もチャイム鳴らしてんのにすぐに出ないのよ!」
「えぇ、だってトイレ入ってたし、しゃーないじゃん」
彼女は勝手に部屋へ入り無造作に冷蔵庫を開ける。そしてミネラルウォーターを乱暴に取り出した。
「はぁ、二日酔いにはやっぱ水だわぁ」
「つーか勝手に冷蔵庫開けないでっていっつも言ってるよね?」
「あぁ? あんた本当にケチ臭いわね。水くらいいいじゃない。今度うちの水あげるから許してよ」
あたしはこの女が苦手だ。
この子はあたしの幼馴染。でも特段好きなわけじゃない。むしろ嫌いだ。何故だか知らないけど、一方的に依存されている。
あたしたちの田舎はここから1時間ほど離れた場所にあるのだけれど、あたしがこのアパートへ引っ越す時に、同じタイミングで下の階に引っ越してきやがった。
昔からそうだ。あたしがなにかするとこの女も同じことをしようとする。そしてそれがあたかも自分が先にやったかのように振舞う。常にあたしにマウントを取ってくるのだ。
あたしがそこまで遠くない田舎からこの地で一人暮らしを始めた理由のひとつが、こいつから離れる為だった。まさかついてくるとは思わなかったのだけれど……
「はぁ、飲み過ぎた~。短大の友達にコンパ誘われてさ~、相手は大手の製薬会社の社員だったわよ。けっこうイケメンぞろいでさぁ、やっちゃった~」
「はぁ!? あんたそういうことはもうやらないって言ってたじゃない! なんでそう簡単にシちゃうのよ!」
「は? そんなのあんたに関係ないじゃん! あたしが誰とやろうが! てか大手の会社の社員なんだからいいのよ。別に自分を安売りしたわけじゃないんだから。先行投資よ」
やっぱダメだこいつは。絶望的にあたしとは合わない。
でも優柔不断で自分の意見をなかなか言えないあたしは、ずぅっとこいつにいいように使われてきた。それはこれからも変わらないのかな……
「あっ! なにこれ、眼鏡? あんた目よかったじゃん。なに? 視力落ちたの?」
「え、あぁ、うん、なんかちょっとね~」
「ふ~ん、そうなんだ~」
彼女はそう言って何も言わずに眼鏡を掛けた。
「ちょ、ちょっと! 勝手に人の眼鏡掛けないでよ!」
「はぁ? いいじゃん、眼鏡くらい」
あたしはこいつのこういうところが嫌いだ。あたしの物は自分の物とでも思っているのだろうか? いつもそう、人のシャンプーは勝手に自分の部屋へ持ってくし、冷蔵庫に入ってる食品だって勝手に持っていく。
高校の頃いいなぁって思ってた男の子もこいつに取られた。まぁそれはあたしが勝手に思ってただけだから、まぁしょうがないっちゃあしょうがないんだけれど……
「ちょ、ちょっと! これどうなってんの!? なんか扉みたいなのが見えるんだけど!」
えっ!? こいつにも見えるの? あ、そか、別にあたしだけが特別ってわけでもないか。きっとこういうすんごい機能のついたスマートグラスなんだろう。そう思っておこう。
朝から色々なことが起こりすぎて、なんだか考えるのが物凄く苦痛だ。
ちなみに眼鏡を装着していないあたしには扉は当然ながら見えない。
「ね、ねぇ、この扉開いてみよっか!? めっちゃ気になることない?」
「え、や、やめときなよ。きっと碌なことにならないって」
扉の向こうは気になるけど、今向こう側へ行く気にはなれなかった。しかもこいつも一緒に行くってのはどうしても気が乗らない。
あたしは彼女の肩に手を掛けどうにか静止しようとした。
その時――
――あ、あたしにも見える……
彼女の体に触れた瞬間、眼鏡をしていないあたしにも扉が見えた。
どういうこと? 眼鏡をしている人に触れていれば眼鏡をしていない人にも扉が見えるってこと、だよね?
「え、もしかしてあんたにも見えるの!? よぉぉっし! 行ってみようよ! こんなん気になっちゃうじゃん! 突然目の前に扉があるんだよ! いつ行くの?今でしょ!」
いや、まぁ、あたしも扉が現れた時はテンションあがったけれども……
うーん、どうしよっかなぁ。さっきのブルースクリーンがなんだか気掛かりだけれど、こいつこうなったら聞かないからなぁ。しゃーない、行っとくか。
「いい? ちょっと行ったらすぐに戻るからね。わかった?」
「うん、分かった分かった。じゃ、早速開けちゃうよ~!」
――ガチャッ
扉を開くとやはりそこには街が広がっていた。
あたしたちは扉をくぐると薄暗く、やたらと寒いその街に立っていた。
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